2:主人公はどこなんですか?
一晩寝たらすっきりした。
寝癖を直し、私はノートにこの世界について覚えている事を書き留めていく。
攻略対象の事、対象別に純愛ルートと狂愛ルートがある事、事故で入学が遅れたヒロインが登校してくるのが三日後の五月二十日である事。
「そうだ。こっちにもメモしよう」
私は脱いだ制服の中から生徒手帳を取り出し、イベントの起こる時期と場所だけをメモした。これならいつでも持ち歩けるし、単語だけのメモなら万が一誰に見られても安心だ。
「こんなもんか」
一息吐いたら、ケイタイが鳴った。この音は電話だ。といっても、一匹狼キャラだった香波濠ハカナに電話してくるのなんて、一人しかいない。
「もしもし」
「俺だ」
名乗りもせずに静かに告げる低い声。
百舌鳥の一族に属する彼は、香波濠ハカナの保護者であり後見人だ。
十一年前に露頭に迷う所だった香波濠ハカナを保護し、中学からはこの学園へと入学させた人物。
「桑枝さん、お久しぶりです」
「ああ」
百舌鳥桑枝。それがこの電話相手の名前。
「新しいクラスでは馴染めているか?」
「いいえ」
香波濠ハカナは秘密を抱えている。それゆえ、どうも他人に素っ気なく線を引いた状態で接する。特にこの天翼学園は、能力者やその事情を知る者が多い。馴染む所か、ひっそりと過ごすので精一杯なのだ。
「少しは馴染む様にしないと、かえって怪しまれるぞ」
「……はい」
「それと体調管理はしっかりとな。いくら同じ天翼学園とはいえ、中学とは違うんだ。出席日数が足らないと大変な事になるぞ」
「気を付けますよ。先生」
「ふん、解ってればいい。じゃあなハカナ」
一方的に電話は切れた。
私はしばし黙り込んでから、唸った。
やっぱないなと思う。
「ゲームのハカナはどうしてこんな奴に心酔しちゃったんだろうな」
百舌鳥桑枝は天翼学園で教師をしているキャラだ。
このキャラ、実は、禽の一族内でのとある派閥に属しており、鷹一族の弱体化を企んでいる。
十一年前に香波濠ハカナを助けたのは、秘密裏に使える駒が欲しかったからだ。実際、ゲームの中でハカナは百舌鳥のお願いと敵の排除などに尽力していた。
百舌鳥はハカナから特別な思いを寄せられているのを自覚し、それを利用しハカナを都合のいい駒として扱った。
特別な思い、と言っても恋愛的な意味ではない。ハカナが向けるのは保護してくれた大人への思慕。つまり親子の情だ。彼に協力するのも親に褒められたくて必至な子供の懸命さゆえだった。
ちなみにこのキャラ、ゲームでどの攻略対象のルートにも入らないと突如、学園内で殺戮を開始してバットエンドを起こしてくれる。主人公はもちろん、ハカナも巻き込まれて死にます。本当にやっかいな奴め。
「まぁ、私はお願いなんて聞いてあげないんだけどさ」
使えない駒だと捨てられたら、この学園から逃れられるし、鷹一族の前に突き出すと脅されたら奴の計画をバラすと脅し返そう。
やって参りました五月二十日!
私はドキドキしながら、教室でゲームの主人公が現れるのを待っていた。
しかし、朝のHRでは主人公は紹介されなかった。
休み時間も、帰りのHRも、放課後も、それらしき人物はどこにも、現れなかったのだ。
ゲームでは主人公は初日の放課後、学園内を迷子になり、帝王こと鷹宮寺颯天と遭遇する筈だった。私は奴に気付かれないように、屋上からそのイベントが起こる予定だった裏庭を見下ろしていたが、鷹宮寺しかそこにはいなかった。
おいおい、主人公どこにいっちゃったんだよ!?
これじゃ、ゲームの狂愛ルート回避どころか……ゲーム開始さえ出来ない。
ん? いや、これは何かのバグで日にちがズレているだけかもしれない。
そう思い直した私は、一週間ほど、屋上から裏庭を監視したり、学校内を捜索した。
しかし、主人公は現れなかった。
主人公が現れたら、ああしよう、こうしよう、と対策を考え込んでいただけに私は脱力した。
……もしかすると、もしかして。
この世界が乙女ゲームだなんて、私の妄想なんじゃないのか。前世の記憶なんて、私の妄想で、禽の一族の男達はヤンデレになどならず、私もすぐ死ぬなんて悲劇は起こらないのではないか。
自分の頭が心配になるが、その方が自身の身の安全は増す。
だが、現実は甘くなかった。
ゲームの主人公、春山小鳥が現れないまま十日が過ぎた。
その日の昼休み。
イベントが起こったのである。
サッカー部所属の攻略対象、鴉渡神徒が蹴ったボールがガラスを割り、近くを歩いていた生徒にガラスの破片が飛んだのだ。
それだけなら、偶然で済ませてもよかった。
「悪い、血が出てる……」
鴉渡神徒が綺麗な黒い瞳を痛ましげに伏せ、ガラスの破片で切った指先を……舐めた!
「い、いい、大丈夫だ!」
「良くない。保健室行くぞ」
ぐいっと鴉渡神徒に腕を掴まれる。尻もちをついていた生徒は立ち上がらされ、その上……抱き上げられた。
俗に言うお姫様だっこ。
私はもう、HPがゼロだった。
鴉渡神徒の腕の中で、顔を蒼白にすればいいのか、真っ赤にすればいいのか解らず混乱の極致だった。
そう、これはイベントだ。
本来なら、春山小鳥が体験する筈だったイベント。
それをたまたま近くを歩いていた生徒、いや、すっかり油断しまくっていた私が体験する羽目になっている。
この世界が乙女ゲームなんて私の妄想だと結論を出し、ルンルン気分で図書館に向かう途中、こんな目に合うだなんて!
主人公、今すぐこのお姫様抱っこと交代してあげるから、出てきてよ!!
と、思っていももう遅い。
鴉渡神徒は私を抱き上げたまま保健室へ直行。
つか、私、表向きは男子なんですけど。いいのか鴉渡神徒。明日から君にはとある疑惑が付きまとうんじゃないのかね。
「先生、いますか」
「はいよ~」
気の抜けた返答。ガラリと開く保健室のドア。
あ。
そうだった。
これからまたイベントがあるんだった。
キャラ紹介に
百舌鳥桑枝
鴉渡神徒
を追加しました。
それと、一話目を数行修正しました。