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27:鷹は蛍を見つめども



鷹宮寺の視点の話です。



 屋敷を出ると、周囲は薄暗い。

 俺は用意された帰りの車へと乗り込んだ。


『颯天よ、お前は禽の能力者としては次代の長間違いなしだ。しかし、お前は人を扱うのにその機微に疎すぎる』


 窓越しに流れる景色を見ながら、今日の一族会議での長との会話を思い返す。

 現在、鷹の次代の長候補は俺と、もう一人いる。年齢は奴の方が上だが、禽の能力は俺が上だ。

 強い者こそが長に相応しい。

 それが昔からの禽の一族の長に求められるモノだった筈だ。


『お前がこの先、そのままであっては……長にはなれぬぞ』


 その言葉に俺と競う次代の長候補である奴が、ニヤリとしたのを俺は見逃さなかった。貴様ごときになど、負けてやる気はさらさらない。

 人の機微になど、今まで関心を向けた事などない。

 鷹宮寺の名に惹かれてやってくる奴らの考える事など、皆同じだ。いかに鷹宮寺の名を利用しようか、恩恵を預かろうかと舌なめずりしている。

 同じ鷹の一族内だって、あまり変わらない。どこの家も自分の家から長を出し、一族の実権を握りたいのだ。

 どこもかしこも、力や富の奪い合い。

 それが人間だ。機微、などという繊細な言葉で飾った所でそれが本質だ。

 そういった面なら、幼い頃からずっと見ている。

 長は、俺に今更何を言いたいのだろうか。

 もっと周囲の人間の策略に注意しろ、と警告しているのだろうか。例えそういう事態になったとしたら、この禽の能力で始末してやればいい。俺より早く能力を発動出来る者は、禽の一族にはいない。俺より広い範囲で能力を持続出来る者もいない。能力もないただの人間なら、なおさら簡単に始末出来る。

 ふと、車は停車した。窓から見える景色が何やら騒がしい。


「何だ?」


「申し訳ありません。祭りの様です」


 運転している青葉が済まなそうに俺に頭を下げる。古くから鷹宮寺に仕えている青葉家特有の糸のように細い目が申し訳なさに、更に細くなっているように見えた。

道路は神輿が通るので通行止めになっており、Uターンをしようとする車でいっぱいだ。これでは当分、身動きは出来ないだろう。


「もういい。歩いて帰る」


「颯天様、お待ちください」


 青葉が何か言っていてるが、構わず車から降りて歩き出す。

 夏の夜のねっとりとした空気が体に纏わりつく。祭囃子や浮かれた雰囲気に、げんなりとしたが神社に向かって歩き出す。

――一度だけ、この祭りに来た事がある。

 あれは三歳ぐらいだろうか。母の手に引かれて、この祭りを見に来た。

 今歩いている神社の石畳を母と共に歩いた。

 俺と母はこっそりと鷹宮寺を抜け出し、祭りへと向かったのだ。そう、母以外誰も一緒にはいなかった。

 三歳といえば鷹の一族では次代長候補の教育を始める時期だ。俺の生活からは能力や精神力、集中力、体術、勉強など長として必要な物以外は遠ざけられた。

 俺には何の不満もなかった。むしろ毎日新しい知識に触れられ、自身の能力の向上を誇らしく感じていた。

 しかし、母にはそうは思えなかったのだろう。

 よく母は父に、俺にもっと子供らしい時間を与えて欲しいと訴えていた。しかしそれは父と祖父母によって黙殺された。

 今考えてみれば、母は禽の一族でも弱小一族出身であり、長を出した事もない家柄だった。禽の一族で一番、強さを重んじる鷹の教育方針に馴染めないのも仕方なかったのだろう。

 そんな日々の中、ふいに母が俺を夏祭りに誘った。

 俺としては別に行きたいとも思わなかったが、母がなぜだか必死に誘うので根負けた形で付き合う事になった。

 後で一緒に父と祖父母に叱られればいいと思っていたのだ。

 母が俺を連れて逃げようとしていた事も知らずに。

 俺は、ふいに、あの日見た蛍が見たくなり、通り抜ける筈だった石畳から外れ、神社の奥まった場所にある池へと歩き出した。







 池に着けば、何やら物騒な雰囲気になっていた。

 女一人に三人の男。

 女は怯え転んでいる。男達はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていた。


「――――何をしている」


 気づけば、俺は女を助けていた。

 女は礼を言っていたが、俺はただ目の前で気分の悪い物を見たくなかっただけだ。

 薄闇の中で、見えた白い素足に気が付いた。

 あの男達から逃げる時に下駄が脱げたのだろう。いつまでそうしているつもりだ。裸足のままで見苦しかったので、それを指摘してやったら今度は鼻緒が切れていると言いながら、直そうとする。しかし、なかなか直せず悪戦苦闘していた。

 どうやらかなり愚図な性質な様だ。

 この様子ではかなり時間が掛かりそうだ。俺は仕方なしに、スーツのポケットからハンカチを出し、それを使って鼻緒を直してやる。


「…こんな事までありがとうございます」


 直した下駄を地面に放ると女は足を通した。どうやらちょうどいいらしい。

 さて、女は一応落ち着いた様だ。

 俺は池の方へと視線を向けた。


「そろそろ、時刻か」


 蛍が見えるのは六時半から七時半だった筈だ。

 そう思いながら待っていると、ふわりと青緑色の小さな光達が現れた。

 ああ、あの日見た光景と同じだ。

 見つめているとほぅとため息が聞こえた。


「綺麗…」


 助けてやった女が、蛍に見とれていた。

 薄闇に浮かび上がる顔がこちらへ向く。

 真っ直ぐな視線が俺の目を見返してきた。

 ちょっと生意気そうな目つきの女だ。先ほどの男達から逃げた時に走ったせいか、浴衣は着くずれ淡い緑色の髪はボサボサでひどい状態だ。

そのまま去って行こうとする女に、見苦しいと注意をするとそのまま歩き出そうとする。

だが、この女は返事もせずにそのままに行こうとしている。

――変な女だ。

 普通、女というのは自身の身なりを異様に気にする生き物ではなかったか?

 その上、この俺の目を真っ直ぐ見つめてくるなんて、あまりない反応だ。いつも周囲にいた女は血縁者以外、すぐ目を伏せたり、媚びるような上目使いで覗き込むのが常だ。それに俺に声を掛けられ、返事もしない女など初めて見た。

 それに、この女はとんでもない愚か者だ。

 ついさっき、人気のない場所で男達に追い詰められていたというのに、この薄闇の中、再び一人で去ろうとしている。

 仕方ない。一度助けているのだ。この俺が一度助けて、その後、またこの女が似たような目に合ったのなら鷹宮寺の一員として恥ずべき事だ。幸い俺は、その後の事も予見出来ぬ未熟者ではない。やると決めたら最後まで完璧に。それが鷹宮寺家の教えだ。

俺は女の後を歩き出す。


「!?」


 女が驚いた顔をして俺を見た。

 

「貴様は学習能力がないのか? こんな場所を一人で歩くなど、先ほどの二の舞だぞ」


「…っ」


 言ってやれば、女は反論しようがなく唇を噛みしめた。

 送ってやると言えば無言でついて来た。俺はそのまま神社の石畳を歩く。女は一定の距離を保ってついて来る。

 ふと遠目に、手を振って走り寄る人影が見えた。

 後ろの女の迎えだろう。

 これで、もう大丈夫だろう。

 俺は神社の裏側から外で出る為に向きを変えた。


「あ、ありがとう…」


 後ろからおずおずとした女の声がした。

 今日、この女に礼を言われるのは三度目だ。礼など一度で十分だが、この愚かで変な女は、なぜだか何かする度いちいち礼を言う。こちらが一回で感謝を理解していないとでも、思われているのだろうか。

 そのまま歩いていくと、神社の出口が見えて来た。

 神社の小さな鳥居のある裏口から、そっと背後を振り返る。

 母が俺を連れ逃げようとしたあの日と全く同じ、景色だ。

 母は弱い人だった。

 俺に鷹としての仕事をさせる事を拒み、俺にその辺にいるような平凡な子供の様な無邪気さを与えたいと思った。

 それだけの人だった。

 

「もう、二度と来ないだろう」


 思えば、おかしな夜だった。

 珍しく長に苦言を呈され、珍しく俺が蛍なんぞ見たいと思い、珍しく俺が気まぐれで親切をした。

 祭囃子と蛍、それに追われる女、という組み合わせが俺の調子を狂わせている。

 あの日、祭囃子に紛れて俺を連れ出した母は、協力者と池で落ち合う予定だった。しかし、協力者は現れず、池には父が俺達二人を待ち構えていた。逃げる母に追う父。結局俺は父を……鷹の一族を選んだ。

 捕まった母は後から現れた青葉家の者に拘束され、それ以来姿は見ていない。連れ去られながら母は俺に叫んでいた。


『あなたはそれでいいの!? 力だけしか知らないなんて…そんな、そんな世界で生きていくの!?』


 俺は無感動に母を見ていた。何を言っているんだ、としか思えなかった。鷹の一族の者が力を求め高めるのは当たり前だ。それ以外に、何が必要だと言うのだろう。

 母はやがて諦めたのか、口を噤み連れて行かれた。

 母は弱かったのだ。彼女が強ければ、父を倒し俺を連れ去り好きなように出来ただろう。それだけだ。俺に彼女の望む子供らしさを持たせたかったのならば、勝つしかなかった。


「人の心の機微など、力でねじ伏せてやろう」


 俺には彼女の望む子供らしさなど、持ったない子供だった。

 それは鷹の一族だからだ。

 もし、あの日、幼子らしく母を選んだとしても、事態は変わらなかっただろう。

 もし、人並みにこの記憶に懐かしさや後悔など感じ取れたとしても、何の役に立つ。

 今必要なのは、強さだ。

 誰もが俺を長と認める、絶対的な強さだ。

 

 






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