25:祭囃子ってテンションが上がる
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ここ数日は、鶴織のせいで思考の迷宮へ迷い込む所だったけれども、私は一つの結論を出した。
鶴織は不眠気味な攻略対象だ。不眠といっても、さすがに全く寝ないというのは無理がある。たまたま私が膝枕をした日が、彼の不眠の限界だったのではないかというのが私の推測だ。つまり、電池が切れた状態だったのだ。それなら、誰の膝でだって眠れるだろう。私だって、眠れる。
今朝目覚めたら、ここ数日の謎の答えを思いついて私はすっきりした気分で寮の部屋の雑巾がけをしていた。うん、床がぴかぴかって気持ちいいね。
すると、勉強机の上に放置していたケイタイが鳴った。
慌てて手を洗って、出る。
「はい、もしもし」
どうせまた百舌鳥だろうと思いつつ出ると、やはり百舌鳥だった。
「今すぐ、東雲の病院へ行って来い」
「へ?」
「ちゃんと伝えたからな」
すぐ電話は切れてしまう。一体なんだったんだ。
取りあえず、まだ表面上は百舌鳥に従っているフリをしていた方が得策なので私は渋々雑巾を洗い、服を着替えて東雲医院へと向かった。
「ハカナちゃん。待ってたわよぉ」
「……先生」
百舌鳥の電話での呼び出し=奴の手伝いというイメージが強かったせいか、慌てて辿り着いた東雲医院では蘇芳色の浴衣姿の東雲先生が待っていて脱力した。
「はい、こっちの部屋に行きましょうね」
どうやら今日は東雲医院は休診日らしい。通常の待合室や受付には誰もいない。私達はいつも使用している個室の待合室へ移動する。
個室の待合室のテーブルの上には、浴衣が三着と巾着袋、簪などが拡げられていた。ソファにも帯が三本、床には下駄が一足ある。ソファの横には、大きな鞄があり、あの中にも何か入っていそうだった。
「はい、ハカナちゃんどれがいい?」
「……先生、一体何があるんですか」
「お祭りなんだから浴衣を着たハカナちゃんが見たいに決まってるでしょ」
「いや、いきなり呼び出されたんで緊急事態なのかと思いました」
「百舌鳥の奴、また説明を端折ったわね! まったく、自分が一声掛ければいつでもハカナちゃんが来ると思ってるんだから」
文句を言いつつ、東雲先生が浴衣をいくつか私の宛てて選んでくれる。私としてはあまりセンスがないのでお任せするしかない。ただ、あまり派手なのは嫌だけれど。
先生は三つあった浴衣の内から青紫の蝶々柄の浴衣と黄色の帯を選んでくれた。
「うん。いいわね」
浴衣の着方がよく解らないので先生に手伝って貰って、どうにか着替えが終わった。待合室にあるトイレの洗面所で鏡を見せて貰う。
帯の結びがリボンみたいになってて可愛い。
「よしっ。じゃあ、今日はこの紫のカラコンにしてね」
先生にいつもとは違う青いカラコンを渡され付け替えた。その後は、前回のようにウィッグの装着とメイクを施される。
またもや鏡の前に現れたのは、別人だった。
「今日は淡い緑のウィッグにしてみたわ。うん、これでよし」
長い髪のウィッグをまとめて最後に花の簪が差し込まれた。
東雲先生が、ぐるりと私の全身をチェックしにんまりする。
「ちょっと、ジッとしててね~」
「え?」
先生がケイタイをこちらに向けている。どうやら完成具合を気に入って、写真を残しておく事にしたみたいだ。
前、横、後ろ、斜めと写真が五枚を超えた所で私はさすがにもういいとストップを掛けた。
「ごめんなさいね。つい楽しくって」
「い、いえ」
ちょっとびっくりしたけど、先生が楽しそうだからいいかと私は苦笑した。
「さ、お祭りが始まるわ。行きましょ」
東雲先生に促されて、私は下駄を履いた。
車に乗って一時間半。東雲病院と天翼学園からやや離れた大きな神社の門前通りに私と東雲先生は到着した。
時刻はもう五時ちょっと過ぎだ。夏とはいえ薄暗くなり始めている。神社の鳥居から真っ直ぐ伸びた石畳の一本道の両側を所狭しと屋台がひしめいている。
「ハカナちゃん、あんず飴食べましょ!」
「わっ…待ってください」
先生がぐいぐいと私の腕を引っ張り、少し離れたあんず飴の屋台へと向かう。人込みの中をどうにか潜り抜け私達は目的の屋台へと辿り着く。
「あんず飴二つちょうだい」
「あいよ」
先生が屋台の親父さんからあんず飴を受け取り、片方を私にくれた。二人してそれを食べながら、人込みを掻き分け少しずつ神社へと向かう。
「神社に行く前に、ちょっとあっちの大通りに行かない?」
「何かあるんですか?」
「ちょうど今なら神輿が通るのよ」
そういえば、遠くから掛け声のような音がしている。私は先生に促されるがまま、神社へと続く一本道から大通りへと向かった。
ちょうどあんず飴を食べ終えると、神輿が見えてきた。
「ん~夏の風物詩だわ」
鉢巻に法被を着た男衆が汗を掻きながら、先頭を歩く誘導役の掛け声の音頭に合わせて神輿を上下させて進んでいる。神輿の後ろには笛や太鼓などを持った人々が行進していた。その周囲には人込みが左右に割れて神輿を鑑賞している。
祭囃子とざわめきの中、東雲先生が私に耳打ちした。
「ちょっと帯が崩れてきちゃったから、お手洗い行きましょ」
「あ、はい」
どうやら人込みを通った時に何かに引っかかって、帯が崩れ始めているらしい。慌てて神社にあるトイレへと駆け込む。
「背中はこっち向けててね」
「すいません…」
「気にしないの。私がハカナちゃんの浴衣姿見たかっただけなんだから」
トイレの洗面台の前で帯を直して貰った。鏡で背中を確認すると、綺麗にリボンのように結ばれた帯が見えた。
先生も帯とメイクを直すといい、私はトイレの外で待つ事にした。
神社内の隅にあるトイレの周辺には、誰もいなかった。
巾着の中からケイタイを出して見れば、時刻は六時。外が薄暗くなってきたのも納得の時刻だった。
「あ…電池切れた」
電池切れの警告が出て、ケイタイの画面が真っ黒になる。ケイタイを巾着に仕舞った時、肩を叩かれた。
東雲先生だ、そう思って振り返ると、見知らぬ数人の男がいた。
「ねぇ、君、一人ィ?」
なんだか、とても、嫌な予感だ。




