20:危険はいつもすぐそこに
海の日で学校は休みだったので、私は市内の図書館に来ていた。
ここの所、攻略対象との接触を避ける為、学園内の図書室には行けなかったので、ここ最近は学園から程ほどに近いこの図書館を利用している。
前世から本は好きだし、ぼっちだから昼休みの間暇なのでよく読む。
カウンターで借りた本を返却し、今日は何を借りようとうきうきと本棚の間を彷徨う。
う~ん。どれもおもしろそうだな。
私は伝記コーナーに立ち止まった。
最近はよく伝記を読んでいる。私は目についた赤い背表紙の革命家の本へと手を伸ばした。
「! すいません…っと」
ちょうど同じ本を取ろうとしていた他人の手とぶつかる。
慌てて謝ると、相手は「気にしないで~」とゆるい喋り口調で答えた。
スカイグレイの長髪にメガネ。今日は白衣を着ていない。無地の薄い青のシャツとジーンズ姿の梟首が立っていた。両手に十冊ぐらい本を抱えて、伝記をじっと見つめている。
思わず、げぇと零しそうになり飲み込む。
「…え、保健医がなんでここに?」
「違いますよ~」
あれ? 違う? もしかして人違い?
梟首にこんなに似た顔を兄弟や双子はいなかった筈だ。ゲーム内でも梟首は一人っ子だと明かされていた気がする。
「違いますって……梟首先生ですよね?」
「うん。ボクは梟首知多だよ~」
「やっぱり保健医じゃないですか」
何が違うんだ、と思い念押しするとフルフルと首を振られた。スカイグレイの長髪がその動きに合わせて揺れる。暑苦しいから切ったらどうだろうか。
「ボクは保健医じゃなくって、養護教諭なんだよね~」
どうだえっへん、などとつけたくなるくらい得意げな顔と言い方に、イラッときた。
その後も梟首は「医者じゃないの~」だの「ちなみにボクは養護教諭1種なんだよ~」だの色々喋り続けた。あまりにも長かったので、ほとんど聞き流したけれども。
「……つまり、保健医ではなく、保健室の先生って事でいいですか」
面倒になったので、やっと喋りがスローペースになった所で聞けば梟首は頷いた。最初からこの一言にまとめてくれればよかったのだ。
なんだか疲れたので、私はもう寮に帰りたくなってきた。
「これ、借りていかないの?」
梟首が目を輝かせながら、本棚の赤い背表紙を指さしている。
私と梟首が先程手を伸ばしかけていた本だった。
「どうぞ、先生が借りてください」
梟首の話で疲れた私は、もう文章量の多い伝記を読む気力がなかった。今日は詩集か、絵本でも借りて帰ろう。漫画でもいい。
「ありがとう。香波濠君」
絵本コーナーに移動しようと踵を返した私に、梟首はそう言った。
思わず、ギョッとして振り向いてしまう。
梟首は楽しそうに伝記を手に取りパラパラと流し見ていた。
「名前……知ってたんですか」
あれだけ本ばかり読んで、人に興味を示さなかったから、保健室常連でも顔さえ覚えられていないかと思っていた。
「んー? 記憶力は悪くないよ~」
梟首が本から顔を上げずに、頷いた。それから本を閉じ、また伝記コーナーから数冊手に取る。両手に抱え込んでいる本が十五冊くらいに増えた。
普段あれだけ学園の図書室を利用しておいて、休日にまで図書館で本を借りているのか。
まさに本の虫だな、と私は感心を通り過ぎて呆れつつ、その場を後にした。
私は図書館で、絵本と詩集を五冊借りて外に出た。
クーラーの効いていた図書館から出ると、夏のむわっとした蒸し暑い空気に圧倒される。
そのまままっすぐ学園内にある寮へと歩き出す。
まさかこんな休日にまで図書館で攻略対象と出会うとは思わなかった。ゲーム内で学園の図書室によく出没していたが、まさか市内の図書館にまで現れるとは思わなかった。奴の本好きを侮っていた。
幸い、特にイベントにも巻き込まれなかったし、梟首も誰かにヤンデレを発揮している様子はなかった。これなら梟首の狂愛ルートは、回避出来たと見ていいのかもしれない。
……いや、やっぱり、まだ油断ならない気がする。
これから主人公が現れる可能性だってあるし、梟首が誰かに惚れてヤンデレと化す可能性だってゼロではない。ゲームの期間は一年の五月の二十日から二年のクリスマスまでだが、卒業までは気を緩めずにいよう。
よし、これからは隣の市の図書館に行くようにしよう。確か、隣の市なら近隣の市町民は貸し出しをしていた筈だ。
それにしても、やっぱり暑いな。
真昼の日差しがジリジリと肌を焼く。こんな事なら日傘でも持って来ればよかった。私はジーンズのポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。
あともう少しだ。
そう思い顔を上げると、またもや、げぇと叫びだしそうになった。
が、今度は何も言わず唇を噛み締めた。
そろりと取り出したハンカチをポケットに戻す。そのまま何でもない顔をして、歩き出す。
表情は変に固くなっていないだろうか。
動きがギクシャクと不自然になっていないだろうか。
私は、それが心配でたまらなった。
――――来た。
向こう側から走ってくる鷹宮寺に、私の緊張は高まる。
鷹宮寺は深い緑のランニングウェアを着ていた。多分、部活の為に自主的に走り込みをして体力をつけているのだろう。暑いのに熱心な事だ。
走る足に合わせて揺れるシャンパンゴールドの髪が、キラキラと光る。セルリアンブルーの瞳はまっすぐと前を見ている。
私は視線を伏せ歩き続けた。
すれ違う瞬間は、息を詰めていた。
鷹宮寺と距離が離れてから、私は早足で寮の自室へと戻った。
「あ、焦ったぁ~」
いくら鷹宮寺がこちらの顔を知らないからといっても、どうしても恐怖してしまう。一度、禽の使役中に殺意を向けられたせいか、その恐怖を思い出しどうも竦み上がってしまう。
「……これなら、あのルートみたいにはならないな」
私は安堵する。
鷹宮寺の純愛ルートでの香波濠ハカナは、鷹の一族への復讐として、鷹宮寺を殺そうとするが失敗し、自身が蝙蝠の唯一の生き残りの女子であると露見する。死を覚悟したハカナだったが、小鳥と知り合った事により優しさを知った鷹宮寺はハカナを殺しはせず、自身の権限でその身の安全を保障したのだった。
そこまでなら、いい話で済んだ。
その後、ハカナは命の恩人の鷹宮寺に心酔し、鷹宮寺と小鳥の仲を応援するのだ。その為に百舌鳥と敵対する。そして、かつての手駒だったハカナの裏切りに激昂した百舌鳥に残虐に殺されるのだ。純愛ルートなのに、あのシーンだけホラーゲームのようなスチルで前世の私は「甘い気分でゲームがしたかったのに」とちょっと落ち込んだ。
「あんな怖い人に心酔して命張るとか……ないわぁ」
そもそもゲーム内のハカナは命の恩人に心酔し過ぎじゃないだろうか。私なら助けて貰ったのには感謝はすれど、あそこまで盲目的に尽くせはしない。
まぁ、純愛ルートの鷹宮寺は主人公のお蔭でだいぶ人が丸くなっていた。そうでなかったら、蝙蝠の生き残りなど見つけて五秒で殺しにかかっているのではないだろうか。
今の鷹宮寺はあれだけ顔が良くても、性格は冷徹で他人の痛みが解らないし、人に謝る事さえきちんと出来ないキャラなのだ。
奴の性格が変わらない限り、ゲーム内のハカナだって心酔しなかったろう。
いや、待てよ。ゲーム内のハカナは、冷淡な態度の百舌鳥に心酔していたくらいだから、ああいうのでもいい人に見えるのだろう。だったら、ああいう冷たい感じで偉そうな男でもよかったのか?
……うん。深く考えるのは止めよう。
思考を停止した私はエアコンの電源を入れ、いそいそと借りてきたばかりの本を開いた。
ハカナ自身があまり前世で
この梟首のキャラが好みでなかったせいか
なかなかこの二人の絡みは
梟首がマイペースでハカナがイラッとしているという
パターンになりがちです・・・
用語解説のゲームについてを少し直しました。
(ゲーム内の期間の追加・逆ハールートについて)




