1:百合な攻略キャラになりまして
一応、知ってる方ばかりだと思いますが、念のため書いておきます。
百合とは女の子同士の恋愛的関係のことです。
※本編では出す予定はないです。
――――あの鷹が消えた瞬間、全て理解した。
――――…そう、ここは、ゲームの中だって。
夕暮れ時、茜色の日差しの中で、靡くシャンパンゴールドの頭髪が見えた。
そこに立っている人物がスッと腕を高く掲げる。そこを目指して飛んでくる鷹。
鷹が立っている人物の腕に留まった。
と、同時に消えた。
それを一部始終見ていた私の頭の中で、記憶が弾けて広がった。
この世界に生まれてくる前の、私が今の私でなかった頃の記憶。いわゆる前世と呼ばれる記憶だ。脳裏に広がる、映像、声、言葉、ゲームの画面、そしてかつての私自身の死。
記憶の全てを見終えた私は、ガクガクと震える足を鼓舞し、音を立てないようにその場から離れた。
夕日に照らされた、美しい横顔が脳裏から離れなかった。
慌てて帰ってきた寮の自室で、私は鏡と向き合っていた。
瞳から慎重にカラコンを外す。出てきたのは、紫の瞳。しかし、少し顔を動かし、瞳に当たる光の角度が変わると、色は緑へと変化した。
「……アレキサンドライト」
ゲームの中で、見たものと同じだ。
鏡の中にいるのは、黒い髪の色白な美少年。やや吊り上った大きな瞳に、小ぶりだがスッと通った鼻、薄い上品な唇。
何もかもが、ゲームと同じ。
「香波濠ハカナ、だよね…?」
前世、私が、死ぬ直前にプレイしていた乙女ゲーム。その攻略キャラに違いなかった。
その乙女ゲームとは「諷禽乱舞~禽の末裔~」という。
全寮制の私立天翼学園を舞台とした、禽 という異能を異能力者との恋愛模様を描いたゲームである。
「私にも出せるのかな…禽が」
攻略対象は全員が禽と呼ばれるモノを使役出来る。もちろんこの香波濠ハカナもだ。
そもそもここ、天翼学園自体が、そういう能力者の一族の子供を集め教育する為に設立されている。世間一般ではただの学園という事にされているが。
「……おいで」
私はゲーム内での香波濠ハカナを真似て、手のひらを上に向け、その手の上に使役する禽を創造した。
「キュ~」
「出来たよ。出来ちゃったよ!」
手のひらの上には小さな蝙蝠。つぶらな瞳がこちらを見上げてくる。
「案外、蝙蝠って可愛い!……って消えた」
そうだった。禽は、能力者の精神力と集中力で生み出されているのだった。いわば幻影だ。少し気が逸れたせいですぐ消えたり、コントロールが利かなくなる。
本物の香波濠ハカナなら、このくらいの乱れなど簡単に制御出来たのだろうが、今の中身は私だ。初めてこの能力を使用した私の精神力はこんなもんだろう。
香波濠ハカナとしての記憶もあるので、ある程度慣れれば、多分以前のように使いこなせる筈だ。
「……それより、あの鷹だ」
今日の放課後、中庭で一人読書をしていた。香波濠ハカナはそういう設定のツンツンした黒髪黒目(個別ルートに入るまではカラコンは外さないんだよ)の美少年という事になっている。
その時、たまたま羽ばたきの音に顔を上げたら、いたのだ。
あの鷹が。
鷹に引き寄せられるように、立ち上がり後を追っていた。そうしたら、人気のない学園の庭園で、見てしまった。
あの鷹と人との接触と、鷹が消えた瞬間を。
あれのせいで、香波濠ハカナの中にいた前世の私が目覚めてしまった。
あの時、前世の記憶を見ていた時間は、わずか数秒だろう。
それでも、私は叫びださないのが不思議なぐらい動揺していた。いや、叫び出せないくらいの動揺だった。
……結果を考えると、叫ばなくて本当によかったんだけど。
もし見つかっていたら、あの鷹の使役者に殺されていた。
禽の存在は一般には秘匿されている。それゆえ一般生徒が目撃した場合、しかるべき対処が取られるのだ。
そしてあの禽の能力は……人を殺す事が出来る。
禽の能力は人によって様々だ。基本は禽の実体化と飛行。それに加えて有能な能力者は禽の見た景色と音が頭の中へと流れ込む。だから、間諜めいた仕事を担い、この能力者の一族達は繁栄してきたのだ。
そして有能な能力者ともなると、間諜以外にも能力を持っている。
あの鷹なら物体を貫く能力だ。ゲーム内ではよく暗殺の仕事をしていたと思う。
「鷹の一族か……関わりたくないなぁ」
実体化する禽の種類は、血によって分かれる。鷹の出現する一族は鷹の一族、と呼ばれる。燕なら燕の一族。鴉なら鴉の一族だ。能力者同士で子をなした場合は、能力者として強い方の親の禽が実体化するケースが多い。
鷹の一族、鴉の一族、白鳥の一族、などたくさんの一族がいるが、これら全ての能力者一族を纏めて、禽の一族と呼ぶ。
その禽の一族の中で、断絶した一族があった。
「香波濠…カワホリ…こ、う、も、り」
香波濠とは蝙蝠の古語である。
十一年前、鷹と蝙蝠は互いに憎み合い殺し合い……蝙蝠の一族は断絶した。
そして、その唯一の生き残りが香波濠ハカナだ。
「まさか、一匹だけ駆除し損ねてたなんて知ったら……帝王はどうするかな」
帝王、とは鷹を使役する攻略キャラの学園内で囁かれている愛称である。といっても、一部の熱狂的な女子限定だが。
「やっぱさっくり殺されちゃうよあなぁ~」
十一年前、香波濠ハカナの名前は今とは違い、灰羽天花という名前だった。
私はブレザーを脱いで、ネクタイを外しワイシャツを脱ぎハンガーにかけた。現れたのは、胸元をつぶす為のベストだ。それを外して、ようやく大きくため息を吐いた。
「私が生き残れるルートって一つだけなんだよなぁ」
十一年前から、名前を変えた。性別も偽った。能力も気づかれないように使っている。
「……でも、百合ルートは無理だよ」
私、香波濠ハカナは、この乙女ゲームでの百合な攻略対象である。
断絶した蝙蝠の最後の一人として、偽りの姿で生きる男装少女。それが香波濠ハカナだ。
ルートによっては鷹の一族への復讐に走り殺され、他キャラの狂愛ルートでは巻き込まれて殺され、自身の百合ルートでも選択次第ではヒロインを庇って死亡。
さすが異能恋愛乙女ゲームである。
ヒロインが選択をちょっとミスするだけで、私はすぐ死ぬ。
「うん、回避だ。回避」
かといって、唯一生き残れる百合の純愛ルートはリアルでは無理だ。
「どうすっかな…」
考え込んでいたら欠伸が出たので、取りあえず私はパジャマに着替えて寝る事にした。
ヤンデレ+乙女ゲーム+男装+特殊能力
と、またもや好きな物を詰め込んでみました。
見切り発車ですが、ノリと勢いで書いていこうと思います!