18:スポーツドリンクのCMかと思いました
蝉の鳴く声をBGMに私は、ぼんやりとバスケをする同級生を見ていた。
体育館内の空気はじっとりと重たく、風の通りが悪い。
病弱な私は体育の時間は見学している。端に座ってクラスメート達が活発に動いているのを見るのは、結構、暇だ。
ピーッと電子音がして、タイマーが切れた。バスケの試合の勝敗が決まり、教師が皆を集めて整列させ、少し話をしてから授業が終わった。
まばらに生徒達が立ち上がり、体育館から脱出する。私ものろのろと立ち上がり、外へ出た。
外へ出ただけで、随分と涼しく感じられた。真夏の空気なのに。
喉乾いたな、と思っていると目の前にペットボトルが差し出された。
「飲んだ方がいい」
「あ、ありがとう」
鴉渡だった。なんて気が利くんだろう。近くの自販機で買って来てくれたみたいだ。攻略対象で唯一同じクラスだから、関わりたくないと結構警戒していたが、ヤンデレに目覚めさえしなければいい奴なのだ。
内心感動しながら受け取り飲んだ。冷えたスポーツドリンクが体に染み渡る。
鴉渡も自分の分をグッと呷っている。先程のバスケの試合で掻いた汗が、横顔から一筋のど仏へと流れていった。ペットボトルから口を離すと、首にかけたタオルで強引に顔や首元を拭った。白い体操着に反射した太陽の光が眩しい。
それに見惚れそうになって、私は慌てて自分の制服のポケットから財布を出し、スポーツドリンク代を鴉渡に押し付けた。
「? ああ」
最初、私の握った手にやや目を丸くした鴉渡だったが、理解したらしく受け取る為の手を差し出した。
しかし、硬貨は鴉渡の指の間をすり抜けて、地面へと落ちた。
「…悪い。ちょっとぼんやりしてた」
しゃがんで硬貨を拾う鴉渡に手伝ってやろうと私も屈み込む。十円玉を拾おうとした時、偶然、鴉渡と手が重なってしまった。
「……」
とても気まずい。
鴉渡もそうなのか、重ねてしまった手を私の手の上からすぐに退けてくれない。しょうがないので、こちらからそろりと手を引いた。
鴉渡はまだ手を十円玉の上に置いたままだ。
「あ、鴉渡…?」
君、をつけると毎度「呼び捨てでいい」と訂正されるので、呼び捨てで声を掛ける。
鴉渡は、瞬きを何度か繰り返して十円玉を拾い立ち上がった。
なんか様子が変だ。
まさか、熱中症にでもなったのだろうか。これはよくない。
「よし、すぐ保健室へ行こう」
「具合、悪いのか?」
ぼんやりとしていた鴉渡が急に、こちらを見る。どうやら意識は少しはっきりしてきた様子だ。
「具合が悪いのは鴉渡だろう。ほら、早く日陰に入ろう」
体育館と校舎を繋ぐ通路を急かす。
「俺は平気だが」
「過信はよくないぞ」
校舎内へ戻ると、廊下が涼しい。やっぱり日差しが遮られると違うね。
そのまま鴉渡を保健室へ連れて行ってやろうとしていると、急に鴉渡が立ち止まり言った。
「少し、用を思い出した」
「それより保健室に行った方がいいのでは?」
「大丈夫だ」
「本当に? さっきだってなんか様子が変だったぞ」
平気だと言う鴉渡に私はややしつこく聞いた。こういうのは自分が大丈夫、と思っていてもガクンと来る時は来るのだ。経験者だから知っている。
それに、私は鴉渡に二度も世話になっているのだ。貧血の時と熱を出し時の恩を今こそ返そうと思った。
「……さっきは少し考え事をしていただけだ」
鴉渡が目を伏せて言った。
どうやら本当に平気なようだ。
ちょっとしつこかったかな、と反省していると鴉渡が去って行った。
私はなんだかしょんぼりとした気分になり、トボトボと教室へと戻る。
次の授業の時間は英語だった。
「今回の平均点数は75点だ。まぁまぁだったが、皆気を抜かずにしっかりとな」
百舌鳥が淡々と告げ、テストの返却者の名を呼び、テストを返していく。私のテストの点数はちょうど平均の75点だった。前回も平均だった気がする。…
「……鴉渡は休みか?」
鴉渡の席は空席だった。
「まぁ、いい。それより教科書の148ページを開け」
鴉渡はサボりなどする奴ではない。
多分、さっき言っていた用事の件でいないのだろう。
……あの後、体調がガクンと崩れたなんて事はないだろうな。
ちょっと心配になったが、授業が終わり休み時間に現れた鴉渡に私はホッと安堵した。