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17:テスト後の解放感は脳内麻薬が出ている気がする

 


 晴れ渡る空! 白い雲! テスト最終日!

 なんていい響きだろう。

 私はうっとり、と教室の窓際の席から外を見上げていた。

 期末テストが終了した。帰りのHRが終わったばかりの教室で、私は未だその余韻に打ち震えていた。

 これでしばらくテスト勉強とはおさらばだ! フハハハ、私はこの試練に乗り越えてやった! やったぞ!

 まだ帰っていないクラスメートがいるので、表面上は無表情だったが、思いっきり浮かれていた。

 期末テストが終われば、あともう少しで夏休み。

 夏休み中には攻略対象の大部分は、家に帰るので、だいぶ私も安心して行動出来るのだ。

 早く来い来い夏休み!

 浮かれながら立ち上がり、鞄を持って教室を出る。


「なぁ、ちょお付き合ってくれへん?」


 廊下を出た途端、厄介な攻略対象に捕まりました。






 よく晴れた空の下、私と鶴織は屋上へ来ていた。

 どこかで蝉が鳴いている。緩やかな風が吹き、鶴織の赤錆色の髪が舞う。それを手でグシャッと掻き回し、鶴織が私を見た。


「まさかこんな近うにおるとは思わんかったわ。散々探し回ったんのに、女の子に名前で聞いたら一発だったわ」


 体育祭以降は何の接触もなかったから、とっくにこちらの事など忘れて、違う抱き枕が見つかったかと思ったが違ったようだ。

 ……というか、名前って?

 私、いつ鶴織に名前なんて名乗ったっけ。覚えがないような。

 体育祭で鴉渡が私を呼びに来た時に、名前を言っていた気がする。それを聞いて覚えていたのか。

 あ、そういえば!

 あの時の抱き寄せ+耳元囁きのダブルインパクトのせいで、そっちに気を取られて忘れてた!

 思い起こせば、鶴織は「香波濠ちゃん」と囁いていた。

 あんな簡単に名前を知られるなんて不覚。……というか、名前で探したら一発か。まぁ、こんな苗字そうそういないもんね。


「なぁ、この間言うた事覚えとる?」


 こちらを覗き込む、甘い顔立ち。

 私達の間を夏の湿った風が吹き抜ける。

 また、赤錆色の髪が舞い上がった。


「頼むわ。俺の抱き枕になってや」


 私は、一歩後退して、奴を睨んだ。


「気持ちが悪い。誰がそんな事するか」


 私の返答は男子生徒としてごく一般的な反応だ。

 しかし奴は笑みを深めた。とても、嬉しそうに。

 うっそりと細められた瞳は、笑みを形作っている筈なのに、なぜだか恐ろしいと感じた。これが俗に言う笑顔なのに、目が笑っていないという奴だろうか。

 やがて、その瞳から光が消え失せる。

 

「そうかぁ……それが、答えか。残念やなぁ」


 周囲の空気が変わった。

 これは、まさか。

 確かゲーム内でも、鶴織が主人公に再度抱き枕になれ、と迫るシーンがある。それを断ると、禽を使い、無理やりに添い寝させられるイベントがあった。

 しかし、あれは、鶴織ルートでも中盤だ。場所も屋上などではなかったし、今日のように鶴織がわざわざ声を掛けたのではなく、小鳥と鶴織が偶然、裏庭で出会い起こるイベントだった筈。

 

「ほんま、堪忍なぁ」


 鶴織が甘く囁く。

 ちっともそんな風に思っていないくせに。

 鶴織は禽を使う気だ。

 一時的な「抱き枕になれ」という命令なら、意思なき操り人形にはされないだろうが、それも奴の気分次第だ。奴が「一生俺の操り人形になれ」と命じたら、そこから先はもう生きながら死んでいるようなものだ。

 今すぐ奴の気を逸らさなければ。

 禽を創るのに必要なのは、集中力だ。だから、それに集中させる前に、気を逸らせればいい。

 取り敢えず、一発頬でも張るか。

 病弱な私でも集中力を拡散させるくらいは出来るだろう。

 大きく私は踏み込んだ。


「あ~~~! コー君ここにいたぁっ!」


 バァンと勢いよく屋上の扉が開き、一人の女子生徒が乱入してきた。

 熱気に満ちた屋上に甘ったるい香水の匂いが広がった。黄色の巻いた長い髪に、着崩した制服。鞄にジャラジャラとくっついているぬいぐるみやらストラップの大群。天翼学園には珍しいタイプの女子生徒だ。

 突如現れた女子は、鶴織に思いっきり抱き着いた。


「マユね、コー君の事探したんだからぁ」


 どうやら鶴織のお友達の一人らしい。さすがチャラ男キャラだ。

 女子生徒は鶴織に体を押し付けていた。夏なのに、熱くないのだろうか。


「あんなメールでマユの愛を試すなんて、コー君てば可愛いっ」


「いや、試してへんよ」


「またまたぁ、そんな風にマユに意地悪してぇ」


「人の話ちゃんと聞きや」


 何やら、二人にしか通じない会話を始めてしまった。完全に部外者だよね、これ。私、ここにいなくていいよね? むしろいない方がいいよね?

 ジリジリと一歩、一歩、後退し私は二人に背を向けた。


「香波濠ちゃん! 待って」


 屋上の出口からあと一歩で、こちらに気付かれた。

 しかし、なに、その呼び方。よりにもよってちゃん付けって。…そんなにバレバレな男装だろうか。いや、でも、一応女子に告白されたりとかはしてるから男子に見えている筈だ。

 私はギクリ、と強張った体から息を吐き出し、なるべくクール毒舌少年らしい台詞を返した。


「その呼び方、止めろ」


「ええやん。似合うてるよ」


「……不快だ」


 振り返った私が嫌そうに眉を寄せるが、鶴織はヘラヘラとして聞き入れてくれない。奴の雰囲気からするに、どうやら男装が疑われている、もしくは鎌をかけられている、というより単純に私へ対する嫌がらせの一環のようだ。


「コー君! マユとの話がまだだよぉっ! ……そもそも、なんであんた、まだいるのよ」


 女子生徒が唇を尖らせる。そんなにジロリと睨まないで欲しい。私だって早くここを立ち去りたいんだ。


「すぐ終わらせるから。待ってや、行かんといて」


「いや、いい」



 私は、それだけ告げて屋上から出て行った。

 階段をやや早足で降りてゆく。早く帰って、テスト開けの自由を満喫したかった。

 が、誰かが私の腕を掴んだ。

 半袖から伸びた剥き出しの腕を掴む大きな手のひら、手のひらが汗で湿っていた。気持ち悪いと思うより、ただ、熱く感じた。


「…待ってって言うたやん」


 階段を降り切った所で、鶴織にまた捕まってしまった。


「お前の言う通りにする義理はない。手を離せ」


「嫌や。俺かて気ィ遣って、テスト終わるまでは我慢したんや」


 駄々っ子か、と突っ込みたくなったが飲み込んで、自分の腕を引く。しかし、やっぱり鶴織の方が力が強くて離れてくれない。


「……さっきの女子、放って置いていいのか」


 取り合えず、さっきの女子を盾に、離れて貰おう。


「別にええ。大した事やなかったし」


 手を離さないまま鶴織が吐き捨てた。

 いやいや、君に用はないだろうが、向こうは大事な用があったような雰囲気だった気がするんだが。…

 私の疑惑の視線をどう思ったか、急に鶴織が慌て出した。


「ご、誤解やから、さっきの子は、俺の彼女とかそんなやないしっ」


「そんな事一言も聞いてないぞ」


「い、いや、そうやけど……なんとなく、なぁ?」


「こちらに投げかけられても困る」


 何故だか焦る鶴織の様子に、先程までの私と奴の間にあった緊張感がなくなってしまった。炭酸の抜けたコーラのような雰囲気が辺りを漂う。

 しつこく鶴織は「一回だけ抱き枕試しただけや、やらしい事はしてへん」「勘違いされたんや」などと弁解を続けているし、私は私でなんだか脱力していた。

 いい加減に手を離して欲しい、と思っていると後ろの降りてきた階段から、誰かの足音がする。

 さっきの女子だ。

 規則的な足音で階段を下りて、そのまま私達二人に見向きもせずに歩いて行ってしまう。


「あれ、さっきの…」


 どうして鶴織を放置して通り過ぎてしまうのだろう。さっきまではあんなに熱心にベタベタしていたのに。


「あ~ええの。ええの」


 鶴織が大きな声で、ええの、と繰り返し胡散臭い笑みを浮かべた。

 こいつ、禽を使ったな。

 さっき通り過ぎた女子の目は虚ろで、自我がないように見えた。それに先程とは違い過ぎる態度。きっと、鶴織が女子をあしらうのが面倒になって禽で、先に帰れとでも命じたに違いない。

 女がウザったくなったら、いつもこんな手で切り抜けているのだろう。よかったな、禽が鶴で。いつか刺されるぞ。

 説教をしてやろうと思ったが留まる。それはゲーム主人公のポジションだった、危ない。その上、説教などしたら私が抱き枕になれば、鶴織の抱き枕として試される女子が減って、泣く女子も減って万事解決などと言われたら困る。

 ともかく、ここは、一刻も早くこいつから離れないと。


「いい加減、離せ」


「わっ」


 弁解に夢中で、私の腕を掴んでいたのを忘れてたらしい。あっさりと腕は解放された。

 私は、そそくさと彼から離れ早足で歩きだす。こっちまで禽で抱き枕になれ、など命じられたらたまったものではない。


「ちょ、待ってや」


「邪魔して悪かったって、彼女(・・)によろしくな」


 追ってこようとする奴に振り向き、言ってやった。途端、鶴織の顔が歪められる。


「だぁ! だから彼女じゃないんやっ」


 よっぽど、あの女子が彼女と思われるのが嫌なようだ。

 禽を創造させない為の、精神的揺さぶりとして放った言葉だったが、意外に効果が高かったようだ。

 何やら唸っていた鶴織は、今日は諦めたらしくもう追って来なかった。





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