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14:練習も命懸け!!






 ゲーム主人公が現れる筈だった日から、一か月が経過した。

 六月の行事、体育祭も終った六月二十日。

 すっかり体調を持ち直した私は、夜、寮の自室で気合を入れた。


「よしっ! やるか!」


 部屋の窓を開け、軽く自分の頬を叩いて気合を入れる。こういう香波濠ハカナらしくない行動をしても、寮の部屋は一人部屋なので安心だ。


「……おいで」


 スッと右手を伸ばして、集中する。

 頭の中に使役する禽をイメージした。

 私の禽……蝙蝠。

 よし。いい感じだ。右手の上には小さな黒い蝙蝠が姿を現した。

 

「行ってきて」


 開けた窓から、禽を飛び立たせる。

 今日は禽の使役の練習をするのだ。

 禽はその特殊能力以外にも潜入や偵察などによく使われている。これからゲームが進むにつれて、攻略対象のヤンデレ化、私に降りかかる死亡予定イベントなどを監視するのには持って来いだ。それにせっかく持っている能力を使いこなせないのはもったいない。

 今なら外は雨も降っておらず真っ暗だ。この暗さなら、私の蝙蝠も目立たないだろうし、生徒達も寮へ帰っているだろう。

 禽は寮の外へと飛行し周囲の木々を見下ろしている。

 今、私の頭の中には、禽の見ている風景が見える。風を切る音、近くを走る車の音、通行人の声や足音が聞こえている。

 それと同時に、今、私自身が立っている寮の自室での五感も感じていた。

 頭が混乱しそうだ。情報と情報が交じり合いそう。

 香波濠ハカナとして禽を使役してきた記憶はあるが、記憶として覚えているのと、実際やってみるのとでは随分違う。

 ふと、ゲームで、春山小鳥が禽を覚醒させたルートを思い出した。

 小鳥が覚醒した能力を使いこなせずに困っていた時、とある攻略対象がこう、アドバイスした。


『しっかり、集中しろ。映像を頭の中で、半分ずつに分けて考えろ。下から半分は、自分自身が見て感じている世界、上から半分は禽の感じている世界……』


 低く落ち着いた声で、告げられたアドバイスは混乱していた私の頭を落ち着かせていく。


『呼吸は乱すな。的を射る時のように、目の前の情報を見据えろ』


 前世の記憶にあったアドバイスに従っていると、だんだん慣れてきた。

 操作する禽を寮の上空で旋回させる。学園内の片隅にある男子寮、その付近にある部活棟を通り過ぎ、道場の上を通り過ぎようとした時だった。


「!!」


 ビュンッ、と何かが禽の脇を通過した。

 音が私自身の耳の脇から聞こえたようにリアルだ。私は集中が途切れそうになったが、どうにか踏ん張り、禽の維持に成功した。

 何かが飛んで来た方を見れば、道場があった。

 道場は剣道場と柔道場、それの奥に弓道場がある細長い作りになっている。

 その弓道場の射場で、こちらに向けて弓を引いている道着姿の人物を見つけた。

 シャンパンゴールドの髪に、セルリアンブルーの瞳の持ち主……鷹宮寺(ヨウグウジ)颯天(ハヤテ)がこちらを睨んでいる。

―――殺される。

 狙われているのは、禽だったのに、そう感じた。

 またビュン、と飛んでくる矢をどうにか避ける。

 射場に立っていた人物は、弓を置き、右腕を高く掲げた。

 そうして、その右腕に鷹が創造された。

 私は、慌てて飛行速度を上げる。放たれた鷹がすごいスピードで飛んで来る。

 追いつかれたら、危険だ。

 多分、まだこちらが禽だとは気付かれてはいない。鷹宮寺は蝙蝠が目障りだから追って来ているのだと思う。

 だが、このまま追いつかれれば、鷹の能力で貫かれる。

 禽はいわば、鳥の形をした幻影だ。物理的に傷つけられたとしても、消えるだけだ。しかし、無理やりに幻影を打ち消された場合、使役者の精神に大きな負担となる。その上、鷹に貫かれたら、この蝙蝠が禽だとバレてしまう。

 油断していた。夜なら見つからないだろうなんて、こんな時間に誰もいないだろうなんて、なんて甘い考え。

 私は、とんでもない大馬鹿だ!

 どこか、逃げなくては。

 隠れやすくて、あの鷹をやり過ごせて、本物の蝙蝠らしい逃げ場所を探さなくては。


「あそこだ!」


 私は、部活棟へと飛ぶ。鷹も追い掛け来る。

 部活棟の角を急カーブし、鷹の見ている前で、部活棟の雨どいのパイプの中へと身を潜らせた。すぐに禽の実体化を解除する。


「…っ、はぁ、はぁ…」


 危なかった。

 鷹はきっと、パイプを破壊するのに躊躇しているだろう。さすがに蝙蝠を見かけたから、という理由で部活棟の破壊はしないと信じたい。

 私の禽が小さいのも幸いした。

 わざと鷹の目の前で、雨どいのパイプに入ったのは、本物(・・)の蝙蝠らしさの演出だった。鷹の見えないところでひっそりと禽を消す、という手段もあったのだが、敢えてそれは避けた。

 少しでも疑惑を持たれたくなかったのだ。

 さっきの彼が見た蝙蝠は、本物 (・・) の蝙蝠であると思って貰わなければ、困る。決して、禽だとは疑われてはならない。

 そうなったら、命の危機だ。

 もし少しでも疑念を持ったら、鷹宮寺は丹念に、蝙蝠は誰が使役したのかを調べるだろう。全校生徒、学校関係者、近隣住民などを調べて、いずれ私に辿り着くかもしれない。


「こ、怖かった~っ」


 力が抜け、ペタン、と床に座り込む。

 おのれ、鷹宮寺颯天め。

 いくら蝙蝠が嫌いだからって、たまたま近くを飛んでいた蝙蝠に、矢を射って、禽で殺そうとしなくてもいいだろうに。…

 恐怖で震えている指を力強く握り込む。

 ゲーム内でも、こんな風に鷹に襲われるシーンがあった。

波濠ハカナが鷹宮寺颯天に殺されるシーンだ。

 

『薄汚い空飛ぶ鼠め……貴様らは、相変わらずやる事が低俗だな』


 あれは、蝙蝠の生き残りだとバレてしまったシーンだ。鷹宮寺の狂愛ルートでは、香波濠ハカナは鷹宮寺と小鳥の仲を邪魔し、それを利用して次代の長と呼び声の高い鷹宮寺を精神的に追い込もうと工作していた。最終的に工作は失敗し、蝙蝠の能力によって周囲の人間を惑わし二人の邪魔をしていた、と露見してしまう。

 病んでいた鷹宮寺は、小鳥との仲を引き裂こうしていた香波濠ハカナを禽で貫き殺した。

 場所は屋上。小春日和の明るい日で、雲が高かった。

 その日、波濠ハカナは体を鷹に貫かれ、屋上から転落する。貫かれた体が落ちてゆくのを見つめながら、鷹宮寺は微笑んだのだ。

 風があのキラキラとしたシャンパンゴールドの髪を舞い上げ、明るい日の下だというに光のないセルリアンブルーの瞳が、至極満足そうに細められた。

 

「…うう、夢に出てきたらどうしよう」


 あの鷹といい、今日の睨み上げてきた顔といい、ゲーム内の殺害シーンといい、そのどれも全てが私の恐怖を増幅する。まさに恐怖の大王ならぬ、恐怖の帝王だ。

 私はよっこらしょ、と立ち上がり部屋に備え付けられたミニキッチンの冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し開けた。

 ゴクゴクと一気にそれを呷る。

 プッハァ、と飲みきりペットボトルをグシャリと右手で潰す。

 

「今度から、禽の練習は学園外でしよう。そうしよう」


 ペットボトルをゴミ箱に放ると、私は涙目になりながら今日の教訓を前世の記憶をまとめたノートに大きく書き殴った。

 


 



やっと鷹宮寺出てきました。





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