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13:体育祭ですよ




 六月十五日。晴天。

 ここ数日は、雨続きだったけれど本日空は晴れ渡りいい体育祭日和となった。


「よっし!! そのまま一気に追い抜けぇっ!!」


「鶴織く~ん! ガンバ!!」


「ちょ! 鶴織くん抜かさないでよ、坊主頭のくせにっ!!」

 

 校庭に様々な声援が響き渡る。

 1500m走の応援では、男子が追い上げしている野球部員を応援し、女子が現在一位の鶴織の応援と、真っ二つに分かれた。おいおい、自分のクラスを応援してあげてよ。

 追い上げている男子は、また二人抜いた。お、いいぞ。あと一人抜けば二位になる。意外に足の速いはんなりチャラ男を追い抜いてしまえ。

 しかし、鶴織は更にスピードを上げて、ゴールした。

 女子生徒の歓声が更に大きくなる。耳が、耳が痛いです。

 私はうるささに耐えきれず席を立ち、一年B組のスペースから離れた。

 そうだ、あともう少しで私の出る種目だ。

 その前にちょっとスニーカーの紐をしっかりと結び直そう。

 私はしゃがんでも邪魔にならない人の少なそうな校舎裏の水飲み場に移動した。

 誰もいない水飲み場の横で、私がしゃがんで靴ひもを結んでいると頭上から影が差す。

 ん? 急に雲でも出てきたのか?

 体育祭なのに雨なんか降らないだろうな、と思い空を確認しようとすれば、赤い目がこちらを見下ろしていた。


「見ィつけた」


 ハァハァと荒い息のまま、鶴織が傍らに立っていました。

 さっきゴールしたばっかりだった筈なんだが、なぜここにいるんだ。


「やっと、会えたわ」


 どうやら保健室での抱き枕事件から私を探していたらしい。

 しかし、なぜだ。私はゲームの主人公ではない。鶴織がわざわざ私に声を掛けた理由が解らない。

 いや、待てよ。つい最近、同じような事があったじゃないか。

 心当たりを思い出した私は立ち上がり、鶴織に訪ねた。


「何か、保健室に落と物があったのか?」


「はぁ?」


 きょとん、とされた。どうやら違うようだ。

 白鳥先輩と同じパターンで、落し物を届けに来てくれたのかと思ったのに。


「…用件は?」


 なんだか気まずくなって、鶴織から視線を逸らした。

 

「なぁ、頼みがあるんやけど」


 ゴクリ、と鶴織が喉を鳴らす。

 そして、なぜか私の両肩に手を置き、顔を覗き込んできた。


「俺の抱き枕になってくれへん?」


 どういう事だ。

 私はゲームの主人公じゃない。私では、鶴織の不眠は解消されない筈だ。確かに前回はイベントで強制的に抱き枕にされたが、この女好きが男を抱き枕になんぞする訳がない。


「断る」


「頼むわ。俺、君じゃないとよう眠れへんようになってしもうたん。責任、取ってや」


 鶴織が冗談っぽく笑って言う。

 が、その細められた猩々緋色の目が笑ってない。まるで獲物を狩ろうとでもしているかのような気迫を伺わせる。

 しかし、こんな時までなんだか婀娜っぽいんだが、さすがはんなりチャラ男。

 そもそも、君の抱き枕として優秀な人材は私ではない。この世界にいるのかどうかも解らないゲーム主人公だ。

 前回、鶴織がよく眠れたのはイベントだったからだ。主人公の代わりに私がイベントに巻き込まれたせいだ。多分、あれは誰が巻き込まれてもああなっただろう。


「えっと…」


 どう切り抜けようか。

 あれはイベントだったから、なんて言ったら頭のおかしい奴扱いされる。


「香波濠、ここにいたのか」


 どうしようか迷っていると、ふいに聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

 振り向けば、鴉渡が立っている。なんだか怒っているような雰囲気だ。どうしたんだろう。


「そろそろお前の出る種目始まるぞ」


 どうやら鴉渡は私を探しに駆り出されたらしい。開始時間前にはちゃんと校庭にいろ、とでも言いたいんだろうな、この不機嫌な雰囲気は。


「もうそんな時間か」


 気づけば肩に置かれていた鶴織の手は離れていた。これ幸いに、私は奴から離れて歩き出そうとする。


「じゃあ、そういう訳だから」


「ちょ、待ってや」


「悪いが、もう時間がない」


 鴉渡が鶴織の言葉を遮った。

 鶴織が鴉渡を見る。私を挟んで二人が睨み合った。

 しばらく二人は無言で対峙していたが、やがて鶴織が鴉渡から視線を外した。

 

「……わったわ」


 その一言に、緊張していた私は肩の力を抜いた。

 と、思ったら右腕を後ろに引っ張られる。


「っ!?」


「ほな後でな、香波濠(・・・)ちゃん」


 いきなり右の耳元を甘い囁きが襲った。

 うわあああ! 引き寄せられて耳元で囁かれた!

 鶴織の吐息が耳にこそばゆくて困るし、なんか背筋が落ち着かない。ヤバイ。顔、赤くなりそう。

 掴まれた右腕を引き離そうとすると、簡単に解放される。


「くくっ…じゃあな」


 鶴織はそのまま背を向けひらひらと手を振って去って行った。

 か、からかわれた。

 うぅ……はんなりチャラ男め。こちらの経験値が低いのを見越して、こんな悪質な悪戯を仕掛けてくるなんて!

 私が普通の女子だったらセクハラで訴えてやるのに!


「……大丈夫、か?」


 右耳を押さえて肩を震わせていると、鴉渡が気遣わしげにこちらを伺って来る。きっと彼からは、チャラ男に耳元で脅される貧弱少年、といった図に見えたのだろう。

 私は大丈夫、と答えて歩き出した。

 鴉渡と校庭へと到着すると、私の出る種目の参加者の集まりはまだ疎らだった。

 どうやら早めに私を呼びに来た鴉渡が、鶴織に絡まれているのを見かねて気を利かせてくれたらしい。

 助かった、と鴉渡に礼を言うと、照れたのかちょっと視線を彷徨わせて落ち着かない様子でクラスの席まで戻って行った。


「玉入れの参加者はこれで全員か?」


 先生が、集まった参加者を見回し聞く。

 どうやら全員集まったらしい。人数を確認した後、それぞれの組の籠へと移動する。

 体育でいつも見学している私にとって、体育祭で出られる競技はこれぐらいだ。クラスリレーでは体調が心配だし、何よりクラスの足を引っ張りそうで出る気がしなかった。

 せめてこれくらいは頑張ろう、と私は開始の放送と共に、懸命に玉を拾い投げ続けた。

 結果、玉入れの点数は私の所属する紅組の勝ちだった。

 ……まぁ、最終的には総合得点で白組に負けたんだけれども。







天翼学園の体育祭は六月です。

前期に体育祭、後期に文化祭と二大イベントを分けているのです。


やっと逆ハーらしくなってきたような…気がします。








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