11: 鶴の見つめる先には
鶴織視点の話です。
……やっぱり、また眠れへん。
医者に貰おうた薬は夢見が悪くてかなわんし、よう眠れるCDなんぞ、効果なかったし、酒なんぞ酔われへん。
朝日に照らされた寮の自分の部屋で、俺はうんざりとしながら制服に着替え、学校へ向こうた。
二時限目の休み時間、俺はあの子を探しに、今日も保健室の扉を開く。
「あの子、おらへん?」
「今日は来てないね~」
梟のトコの保健医が本を読みつつ答えた。信用ならんから、片っ端からベッドのカーテンを開けてみる。
「つ、鶴織くん…?」
キャッとベッドに寝とった女の子が顔を赤うした。どうやらこの子は俺の事、知っとるみたいや。思わせぶりな上目づかいでこちらを見上げとる。
この子を抱き締めたら、寝れるやろか?
「…なぁ、ちょっとええ?」
「え…きゃあぁっ」
俺が上から彼女を抱き締めると、えらい甲高い悲鳴を上げて、女の子が更に顔を真っ赤にしとる。
腕にすっぽりと収まる身体。開かれたブラウスから覗く鎖骨。長い茶色の髪。甘い、苺みたいな匂い。見上げてくる弱弱しい潤んだ瞳。温かく柔らかい肢体。
けれども、そのどれもが上っ滑りしたみたいに、俺の腕の中に馴染まへん。
……ちゃう。
この感触やない。これじゃ眠れへん。
「やっぱ、駄目や」
「……えっ」
身を起こし、俺は保健室から出て教室へと歩き出す。後ろからなんや叫んどるが、知らん。
昼休みになると、俺はまたあの子を探しに保健室へ行ったんやけど、いいひん。そのまま俺は、あの短い黒い髪と、凛とした瞳を探して、学園内を彷徨うた。
せやけど、どこにもあの子はいいひん。
食堂にも、談話室にも、図書室にも、屋上や中庭にも、いいひん。
しんどくなってきて、自分の教室近くの廊下の壁に寄り掛かる。
……あ、白鳥のトコの優等生が歩いて来とる。
キョロキョロして教室の表示を確認しとる。一年のクラスに用でもあるんやろか。
お、コッチに気付きおった。
「君は……確か、鶴織哭羽君だったか」
「まぁそうですわ。センパイはなんて言いはります?」
さすが白鳥一族の上位三位の家の子とでも言うべきやろか、話した事もあらへんのに俺の顔と名前知っとった。
「白鳥鵠だ。君は確か一年だったね」
「そうやけど、何です?」
「一年B組だったら、呼んでほしい生徒がいるんだが…」
「俺、D組ですわ」
「そうか…では、自分で呼ぶ事にする。すまなかったな」
白鳥のトコの優等生は、そわそわと落ち着かん。女子でも呼び出すんやろか。
そのまま目で追っとると、すぐ目の前の一年B組の教室のドアを開けた。何やら、入り口近くの席におった男子に話し掛けとる。男子は立ち上がって白鳥の優等生と向き合おうた。
あれ? あの男子は鴉のトコの奴や。
確か同じ一年でサッカー部の鴉渡や。口数の少ない奴で、白鳥のトコの優等生とは親しいなんて話は聞いた事あらへん。
……なんや?
学園内でわざわざ、禽の一族同士が接触を持つなんて、何かあるんか。
俺は思わず、耳を欹てる。
「……そうか、彼は今日は休みなのか」
白鳥のトコの優等生が、がっかりしたみたいな顔で言うとる。途中から聞いとるからよう解らんが、さっき言うとった呼び出して欲しい生徒について話とるらしい。
「ああ。用があるなら伝えて置く」
鴉渡が素っ気なく言うた。中学ん時、同じクラスになったけど、相変わらず、ぶっきらぼうな奴や。変わらへん。
「彼に、渡したい物があったのだが…」
「では、俺が代わりに渡して置く」
あいつ、先輩なんやからせめてもうちょい、丁寧に喋れへんのやろか。そんなんで、ようサッカー部なんか体育会系でやってられてるなぁ。
「いや、いい。これは僕が自分で彼に手渡すから」
きっぱりと白鳥の優等生が断わると、なぜか鴉渡の纏う空気が悪うなった。なんや、喧嘩でも売るん?
「……そうか」
せやけど、鴉渡は頷いて教室へ戻り、白鳥のトコの優等生も去って行った。
どうやら目的の生徒はおらんかったようや。
ぼんやりと去って行く後ろ姿を見とると、チャイムが鳴った。
あかん、俺も教室も戻らんと。次は現国の授業やった。
あの子探すのは、明日にでも再開しよ。ダメやったら明後日も、その次だってある。
―――今度会ったら、絶対、逃さへん。
早う、あの子に会いたい。あの黒い髪、華奢な背中、白い手首、俺の腕の中にすっぽりと馴染む体、その全部を抱き締めて、離さへん。
そうしてあの凛とした瞳に見つめられたら、
そうしたら、やっと、俺は…ぐっすり眠れる筈なんや。
ハカナが休んでいた日、
学園ではこういう事があったのでした。