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10:病院へ行ってきます






 翌朝、熱は下がり私はかなり元気になっていた。

 寮の食堂で朝食を終え、部屋に戻り、本日は休むと担任に連絡を入れた。

 担任はしきりに心配そうだったが、病院に行くので大丈夫だと告げる。……ズル休みなのでちょっと胸が痛む。

 しかし、背に腹は代えられない。

 私は寮を出る。寮の玄関で管理人さんに「病院に行ってきます」と告げ、体調を悪そうにする演技も欠かさない。

 そうして電車に乗ってやや離れた病院へと辿り着いた。この病院は、百舌鳥の友人が経営しているので、私の性別や蝙蝠一族の生き残りという事も承知している。

 月に一度、私はこの病院へ診察に行く。

 病弱な体質だから病院通いは欠かせない。しかし、いくら調べても私のひ弱さの原因は解らなかった。ただ、一つの推測としては近親婚の多かった蝙蝠一族の血が濃くなり過ぎたせいではないかと、医者は言っていた。

 受付を済ませると、個室の待合室へと通される。その個室の隅のドアからトイレへ入り、コンタクトとベストを外した。

 鏡の中でアレキサンドライトの瞳が、こちらを見ている。

 幼い頃、両親はよくこの瞳を褒めていた。蝙蝠の中でも最も、蝙蝠らしい瞳だと。

 蝙蝠の一族でも、両目ともアレキサンドライトの者は数少ない。そして、色を変える瞳といっても、大部分の者が、ほんのり色を変える程度であり、こんなにもはっきり色が変わる瞳は、蝙蝠一族の歴史上でも数人しかいない。始祖とされる初代長に、複数の禽を所有されたとされる数代前の長、そのどちらも両目がアレキサンドライトで、色変わりもはっきりしていたと言う。


「相変わらず、綺麗な目よねぇ~」


「…先生」


 洗面台で鏡を睨んでいると、トイレの入り口に医者が立っていた。


「さ、診察しましょ」


 東雲(シノノメ)伊澄(イズミ)。百舌鳥の友人である。

 百七十センチの長身にスラリとした足、巻いたレッドブラウンの髪。蠱惑的な唇に、悪戯な猫のようなまなざし。白衣を着ていなければとても医者に見えない。

 彼女は、もうずっとハカナがお世話になっている主治医だ。幼いハカナが一族を失い酷い感情鈍麻状態に陥った時、それを支えてくれたのがこの東雲先生だ。

 ちなみにゲーム内の百合の純愛ルートで、ハカナが死ぬと、小鳥以外で唯一その死を悼んでくれるのが彼女である。ゲーム内のハカナも、百舌鳥なんかじゃなくて、彼女へと親子の情を向ければよかったのに。






 診察が終わり会計を終えると、先生が待ち構えていて、先ほどの個室の待合室へと連れて行かれた。


「はい、じゃ、ここのソファに座って」


「自分で出来るんですが」


「いいじゃない、私の楽しみでもあるんだもん」


 先生は楽しそうにゴソゴソと、待合室に運び込んでいた荷物から靴と服を取り出し手渡してきた。

 パステルカラーのグリーンが可愛らしいパフスリーブのワンピースと、夏っぽい編み込みのサンダルだ。


「はい、これ着替えたら、私とデートしましょ!」


 実はこれから、私達は買い物へと出掛けるのだ。

 香波濠ハカナは男装キャラである。男の恰好はしていても、中身は女性だ。

 どうしたって、生活上、女性として必要な物が出てくる。

 それを購入するには男の姿では怪しいし、万が一、同じ学園の者に目撃でもしたら大変である。だから、年に数回、平日に休んで病院で変装をし、買い物をするのが定番であった。

 通販で買えばいいのでは、と先生に提案した所、どこから足がつくか解らないと言われた。

 それに……先生が楽しいから嫌だと笑顔で却下された。


「うん、ぴったり! よく似合ってる。じゃあ、今日のウィッグはこのミルクティー色で、カラコンは……グレーにしましょうか」


 着替え終えると、ロングのウィッグを手にした先生が詰め寄ってくる。本当に楽しそうだな…せっかくの美女顔が残念な表情になってる。

 その後、メイクを施され鏡を見せられた。


「……先生、メイクアップアーティストになれるんじゃないですか」


 鏡の中に別人がいる。

 普段はキリリとした印象のハカナの顔が、ちょっとぽやんとした可愛らしいお嬢さん風になっている。口さえ開かなければ、天然っぽいとか思われそうだな。


「素材がいいから腕が鳴ったのよ♪ それじゃ、デートしましょ」


 そのまま、病院を休診にした先生の車に乗せられ学園から離れた街中へ連れて行かれる。

 それから先生と二人、買い物や食事をしたりとなんだかんだで満喫した。

 目的の下着屋で下着も購入したし、先生に「男装しているからってサボっちゃ将来後悔するわよ」と脅されスキンケア化粧品も購入した。

 すっかり夕方を過ぎ、再び病院で変装を解く。


「先生、今日も付き合って貰ってありがとうございます」


 男装姿に戻った私は儀礼的に先生に頭を下げる。これはいつものやり取りだ。


「いいのよ。こっちも楽しかったわ」


 先生がそう答えるのも、毎度の事。


「先生…これ」


 ソッと先生に封筒を差し出す。これは今日の食事代と変装道具に掛かったと思われる経費を大体であるが計算してみた金額である。


「百舌鳥に請求するから、ハカナちゃんは気にしないで?」


 やはり、笑いながら受け取ってはくれない。

 香波濠ハカナの記憶にある毎度のやり取りだ。

 しかし、私は知っている。東雲先生は、百舌鳥にこの経費を請求していないのを。

 あの百舌鳥がこんな費用を、たかが一手駒に割く筈がない。現に私の学費や生活費は、両親が残してくれた物で賄っている。戸籍上の本来の私は死亡しているので、どうやったのかは謎だが、その辺りは百舌鳥が手を回したらしい。


「ハカナちゃん……いつか、あなたが本当のあなた自身として生き行ける日が来るといいなって、私は思っているの」


 また受け取って貰えなかった、と落ち込んでいる私に、先生はそう囁き頭を撫でてくれた。

 四歳の頃に出会っているせいか、この人は、いつもハカナを子供扱いする。


「あと三年、天翼学園を卒業したら、きっと大丈夫よ。禽の一族の少ない土地に行けば」


 東雲先生には、妹がいた。

 禽の一族の男と恋に落ちた妹は、何の力も持たない普通の人間だからと、男の一族の反対に合い、殺された。男も彼女を庇い、共に死んだ。

 東雲先生は禽の一族を憎んでいた。そして、それを利用しようと百舌鳥は近づき、東雲先生に私という手駒を治療させたのだ。

 東雲先生が数年前に香波濠ハカナにそう話してくれた。

 最初は手駒として使えるうに治療するつもりだった。けれども家族を失った四歳の子供を見て、そんな計算は吹き飛んでいた。妹を失った痛手を埋めるように、先生はハカナを愛護し治療した。


「それまでは、百舌鳥が後見になるけれど……大丈夫。あなたを、捨て駒になんてさせないから」


 ゲームでは、あまり触れられなかったハカナと東雲先生の関係。

 多分、ゲーム内のハカナだったら、先生のこの言葉に反感を覚えていただろう。

 ゲーム内のハカナは、百舌鳥に捨て駒としてでも必要とされ、認められたかった。そして、鷹の一族への復讐の為なら命さえどうでも良かったのだ。春山小鳥に出会うまで、それが全てだった。

 東雲先生のハカナを思う言葉は全て、百舌鳥に認められたいハカナには否定としてしか響かなかったのだ。


「……東雲先生、ありがとう。でも、無理しないでね」


「ハカナちゃん…名前…」


 初めて、名前を呼ばれた先生は目を見開き、涙ぐんだ。

 四歳からずっと診てきた少女は、百舌鳥以外に心を開かず、最低限のやり取りしか話してくれなかった。それでもずっと東雲先生は、ハカナを見守り続けていた。その少女がやっと、先生を見たのである。

 ……まぁ、中身は私なんだけれども。

 その後しばらく先生に泣かれて、非常に照れ臭くて困った。

 寮に戻ると、管理人さんに遅かったのを心配される。私は病院が混んでいて検査が長引いたと誤魔化し、寮の自室へと戻った。






今回は攻略対象出てません。…明日は出ます。


キャラ紹介に


東雲(シノノメ)伊澄(イズミ)


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