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9:アイデンティティをください!!





 白鳥先輩にボコボコのボコ未遂事件から三日経った。

 あの日の夜、寮に帰ってからの一人反省会で、私はとある結論を出した。

 イベントに巻き込まれないようにするだけでは足りない、と。

 攻略対象には、とことん関わらない方針でいこう。

 ……と、思ってたんですけど。

 うん。忘れてた。

 私、病弱だから保健室の常連なんだよね。

 保健室には、梟首がいるんだよね。


「七度三分か。しばらく寝てから寮へ帰ってね~」


 朝からなんか食欲ないし、頭がボゥとするなと思ってたら、授業中に教師に顔色が悪いから保健室行きを命じられて現在に至る。

 本を片手に、梟首がちらりと体温計を一瞥して視線を本に戻す。

 後は勝手にしろ、という事らしい。

 保険医としてどうなんだその態度。ヘイヘイ、ここに熱を出した可哀想な生徒がいますよ~、などとちょっとイラッときたけど、こちらに興味がないのは ありがたい。興味なんて持たれて、イベントなんて起こしたくないし。

 大人しくベッドに入ろうかと思ったけれども、前回ひどい目にあったので、どうにも寝る気がしない。

 もし再び鶴織と遭遇したら気まずい。

 まぁ、主人公じゃないから積極的に向こうから関わっては来ないだろうけど。鶴織とハカナは、ゲーム内でも接点はないので、奴が時折サボりに来るここを上手くやり過ごせれば、後は安心だ。


「寝てても良くなる気しないので、帰ります」


「ダメだよ~寝てないと~」


 本を読みながらの気の抜けたような声に、イライラする。そもそもこのキャラの喋り、前世も苛立っていたんだった。いい年した大人の男キャラのくせに、 なんでそんなブリっ子みたいな口調なんだよ、とか思ってた。


「帰らせてください」


「ダメだって言ってるのに」


「前みたいに安眠妨害があったら嫌なので」


 そういや前回、病人が他の生徒に絡まれてるのに放置していたよね?

 と、いう当て擦りをしてみるものの、どこ吹く風だ。

 カチンと来た。


「わっ…何するのさ~」


「帰らせてください」


 本を取り上げると、やっと梟首がこちらを向いた。う、本を取り戻そうとじりじりと近づいて来る。

 ずいっと顔を寄せられ、いつもはよく見えないメガネの奥の瞳と目があった。

 綺麗な菫色だ。

 梟首が、いつものふざけた表情ではなく、真面目にこちらを見下ろしている。


「……本、返して?」


「…はい」


 謎の迫力に負けた。くそぅ。この知識欲の塊め。

 と、そこで本を返そうとした時、気が付いた。


「これ、この間借りた本だ」


「ん? 君もこれ、読んだんだ~」


 おもしろいよね~と梟首は本を取り戻しながら微笑む。そのフニャフニャした笑いに、またイラッとしてきた。ああ、なんか熱上がりそう。


「君も本、好きなんだ?」


「ええ、まぁ…」


 本は好きだ。前世の私もだが、この香波濠ハカナもそういうキャラである。ゲーム内では図書室での遭遇率が高いし、中庭でも本を読んでいる事が多い。


「じゃあ、ボクら似た者同士だね~」


「……」


 なんだろう釈然としない。こいつと一緒にされたくない。私は近くで誰かが熱を出していても本から視線を外さないとか、しないぞ。罪もない病人が変な男に絡まれてても熱心に読書もしない。……ヤンデレが関わっていなければだけど。


「じゃあ、本を返してくれたし帰ってもいいよ~」


 何だそれ。

 よく解らないけど、帰れるようだ。やったぞ私。

 この梟首のよく解らない自分ルールには、ゲーム攻略中もよく悩まされた。クリアして学んだのは、このキャラの選択肢では、迷った時は本に関する選択肢を選べ、が攻略の定石だ。

 私はこれ幸いに、保健室から出て行き一年B組の教室へと向かう。

 ああ、なんだか視界がグラグラしている。本格的に熱上がってきたな。


「調子、悪いのか?」


 教室に戻れば、珍しく誰かが話しかけてくれる、と思ったら鴉渡だった。

 あの保健室への連行以来、どうにも彼に気に掛けられていた。いやに体調について聞かれたりする。やっぱ保健室でよろけたのが、彼に病弱印象を深く植え付けてしまったみたいだ。

 しかし、そのせいで女子の間であの噂が、非常に信憑性を持ち始めてるのでちょっと、控えて欲しいものだ。


「…大丈夫だ」


「おいおい、どうしたー?」


 鴉渡に続いて、数人の男子生徒が近づいて来る。皆、ジャージを着ている。そうか、次の時間は体育だったか。


「香波濠の具合がさっきより悪そうだ」


「もう、帰るから」


 だから平気だと言おうと思ったら、鴉渡が私の席の脇に掛かっていた鞄を持った。何をする気なんだ?


「寮まで送ってく」


「そ、そんな必要は」


「送っていく」


 じっと覗き込まれて、念を押されるとなんだか反論しづらい。熱で弱っているせいだろうか。


「そうやってると、お前らって兄弟みてー」


 鴉渡と私を指さして、ゲラゲラとクラスメイトが笑う。何がそんなに面白いんだ。というか、人を指さしちゃダメだろう。


「…似てるか?」


 鴉渡が不思議そうに聞けば、周囲の数人の男子も深く頷いた。


「顔はまぁ、そこまでなんだけどよ、その髪と目の色がなー、パッと見兄弟っぽく見えんだよ」


「二人とも無口だしな~なんか雰囲気似てね?」


 本日二度目の似ている発言だ。

 私がムッとしたのを感じたのか、鴉渡は私を送ってくるとクラスの男子との会話を打ち切った。

 そのまますぐ教室を出て二人で寮まで歩いていると、ポツリと鴉渡が呟いた。


「……俺と、似ているのは嫌か」


「別に、そういう訳じゃない」


 キャラが被ってるから、嫌だなんて、言える訳がない。

 そのまま気まずい雰囲気のまま寮まで辿り着いた。学校に戻る鴉渡が一度こちらに背を向けてから、振り返った。


「指のケガ、どうなった」


「あれは大した事ない」


「見せてみろ」


 こちらに歩み寄った鴉渡に、右手を触れられる。熱が出ているせいか、鴉渡の手が冷たくて気持ちいい。


「絆創膏、してないのか」


 もう瘡蓋も出来ていたし、元々大したキズじゃない。あの時、大事になったのはガラスが割れて、 皆、ちょっと混乱していたせいだ。


「これなら跡は残らないな」


よかった、と鴉渡が吐息のように小さく零した。


「大げさだ」


「しっかり休めよ」


 そう言って鴉渡は去って行った。

 私はのろのろと寮の自室へと戻って、パジャマに着替える。解熱剤も飲んで、ベッドに横たわった。

 が、すぐに眠気は訪れない。

 胸の奥がモヤモヤとする。

 今日言われた「似ている」という言葉が引っ掛かる。

 そうなんだよ。私も前世、同じ事を思っていたんだ。

 香波濠ハカナの特徴、黒髪黒瞳は鴉渡に、読書好きは梟首に、そして、蝙蝠の能力の精神操作は鶴の能力と、少々似ている。まぁ、あちらは意思も感情のない操り人形にするんだけど、こっちの能力は元々あった感情を増幅させたり消し去ったりとかいう違いがあるんだけど。

 でも、やっぱりキャラとか被ってないか?

 私以外にもそう思うプレイヤーが多かったのか、ゲーム制作会社に似たような疑問の手紙やメールが何通か来ていたらしい。

 そしたらゲーム製作者の回答は「蝙蝠ですから(笑)」だった。

 多分、蝙蝠が自身を鳥や獣と偽った童話のイメージが関係しているのだろう。卑怯者で、鳥に会えば自身を鳥と偽り、獣に会えば自身を獣と偽る。そうしたイメージでキャラを造形した結果、他の攻略対象との共通点が多くなったのだと推測される。

 このキャラと他の攻略対象にはない独自性は、男装と目の色に、復讐設定だ。

 中二病要素多すぎだよ!? 中二的な何かをコンプリートしそうだよ!?

 しかも、復讐設定とか、実は他にも同じような動機のキャラいるし! 攻略対象じゃないけど。

 もう、アイデンティティが迷子だよ。

 誰か、キャラの独自性をください。

 前世も思ったが、香波濠ハカナが不憫になった。キャラの独自性は薄いし、基本ぼっちキャラだし、百合の純愛ルート以外に幸せになれないし、親子として信じたかった相手には裏切られるし、製作者には「蝙蝠だから(笑)」でなんか卑怯なイメージで作られるし。


「うぅ…絶対、生き抜いてやる」


 ヤンデレ達の狂愛ルートに巻き込まれず、百舌鳥の理不尽バッドエンドも回避して、百合純愛ルートにも行かずに、生き残ってやる。

 そうして無事、天翼学園を卒業したら、絶対、幸せになってやるんだ!

 その頃までには、出来るといいな。他の攻略対象とは違う、香波濠ハカナとしての個性が。

 そんな決意を固めていると、段々瞼が落ちて、完全な眠りへと落ちて行った。













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