沈む者 消える者
氷雨は目の前の閻魔を見て冷笑を浮かべる。
「さっきは驚いた。まさかお前の能力を写し取ることができないなんてな」
「お前が写し取ることができるのは、人に対してのみであろう」
「そうか。ならば俺は今、絶体絶命の危機にあるってことか。地獄の支配者、どんな極悪人も敵わない閻魔と戦っているのだからな」
閻魔は黙っている。
氷雨は己の不利を認めながらも、喉の奥でクク、と笑う。
「おもしろい。久しぶりに面白い戦いができそうだ。俺をここまで愉しませたのはお前が初めてだ」
閻魔はわずかに目を細めた。
「お前も、神から得たモノに満足していないのか」
「そうでもない」
そう呟いて氷雨は走り出した。
太刀を振り上げて襲い掛かる。
しかしやはり指だけで止められてしまう。
だが、氷雨はなおも笑みを浮かべながら言った。
「この太刀は、神から得た太刀だ。実体のないモノを斬る刀。これで、お前の『存在』を斬り捨ててやろう」
「愚かな」
刀を左から右へ。
閻魔はそこから消える。
しかし氷雨はすぐに気配を感じ取った。
閻魔が現れたところを狙う。
指で受けられる。
「どうした。何故避けてばかりいる。俺を地獄へ誘うのだろう。ならば、やってみるがいい」
閻魔は左手を突き出す。
氷雨がそれを避ける。
耳を掠めてわずかに切れる。
「あのイズミという男と同じ技か」
「違う」
「ほお。どう違うというのだ」
閻魔は左手で空を切る。
ヒュ、と音を立てて風が刃となって迫ってくる。
氷雨は愉しそうに笑うと太刀を正面に構えた。
その刃に触れた風は、そこから二つに両断されて氷雨の両脇へと流れる。
氷雨は笑みを絶やさない。
「カマイタチといったところか」
閻魔は左手を上げる。
「大人しく地獄へ堕ちろ」
「ああ。いいぜ。だが、まだだ。まだ俺は愉しんでいない。お前との戦いは心底愉しめそうだ。こんなことは二度とないだろう。だから、俺が満足するまで、満足しきるまで、俺は地獄には堕ちない」
氷雨は閻魔に襲い掛かった。
先ほどよりも速さが増している。
ギリギリで避けた閻魔の目尻が切られる。
しかし血は流れなかった。
「閻魔に血など存在しないか。それが唯一残念なことだ。だが、閻魔といえども傷は残るようだな」
氷雨は閻魔の顔のあちこちにある傷を見て笑った。
「その黒い服で全く見えないが、体中に傷があるのだろう?なぁ、閻魔よ」
彼は突如、閻魔の目の前に現れる。
消えたことさえ確認できなかった。
影をも凌ぐ俊足か。
「お前は何故そんなに傷を受けている」
閻魔はカマイタチを繰り出す。
だが、氷雨は先ほどの俊足であっという間に閻魔の後ろを取った。
刃先を彼の背に突き立てながら、ニヤリと笑う。
「お前は何故そのような傷がある」
閻魔は低い声で言う。
「愚問だな。これは、当然の報いだ」
氷雨は目を細めた。
「なるほど。悪人に罰を与える地獄の管理人も、元は悪人だったということか。お前は元々、人だったのだな」
「左様。我は元はお前達と同じ人間。そして罪を犯し、終わることのない罰を受け続けている」
氷雨は鼻で笑った。
「最強を誇る地獄の支配者も聞いて呆れる」
「最強などどうでもよい。ただ、罪を犯せば罰を受ける。それが秩序だ」
「だからお前は」
氷雨は笑った。
「甘い奴なんだ」
そして刀をそのまま前へ突き出す。
閻魔は素早く避けて左手を振るう。
風の刃は勢いよく氷雨へ襲い掛かる。
氷雨は右手を開く。
カマイタチはその手の中に吸い込まれてしまった。
閻魔は目を細めた。
「それも、神から得た技か」
「いいや、違う。俺は戦うことが愉しいのだ。そして、もっと戦いたいと思うがゆえに、俺は何でもできるようになる。それが例え指一本で鉄を粉々にしてしまうことでも、右手で相手を吸い取ることさえも。俺が思うだけで、俺はなんでもできるようになるのだ」
「その思いの強さゆえに、そこまで進化し続けるか」
「ああそうだ。俺はもはや人ではない。俺は人の域を超えたのだ!俺は人ではない。閻魔だ。お前のような甘い奴など滅んでしまえ。そして俺が閻魔になってやる。人に罰を与える喜びを、俺は知っている。お前の後を継いでやろう。だから大人しく」
氷雨は太刀を光らせた。
「地獄へ堕ちろ」
閻魔は目を閉じた。
「我が、人に罰を与えることを喜んでいるとでも思ったか」
「ああ。だからお前は閻魔をやっているのだろう」
「愚かな」
静かに目を開く。
その漆黒の瞳には、怒りの色が差していた。
そしてその怒りは、氷雨でさえもたじろがせた。
「はっ……。どうした。何を怒っている」
「言ったはずだ。我は終わることのない罰を受け続けている、と。それは痛みを受けることと、『閻魔』の役を負うことだ。ゆえに、我は喜びを以って人に罰を与えているのではない」
「ならば、何を思っている」
「哀しみよ」
「哀しみだと?お前は哀しみを以って人に罰を与えているのか?」
氷雨は高笑いをした。
そして突然声を荒げる。
「だからお前は甘いんだ!お前のような者は閻魔にはふさわしくない。ふさわしいのは、この俺だ!」
「哀れな」
氷雨が頭上に現れる。
閻魔は襲い掛かる太刀を左手で流し、右の拳で殴りかかる。
しかし、氷雨は笑みを浮かべると人差し指だけでそれを受けた。
そして空を蹴って閻魔の後ろに回りこみ、足を突き出す。
それは閻魔の背から腹へと貫通した。
間髪入れずに右の拳で殴りかかる。
閻魔の体は前方に吹き飛ばされた。
「なんだ、もう終わりか。愉しめると思ったんだが」
そしてゆっくりと、倒れている閻魔の方へ近づく。
「まぁいい。さぁ、どうやってお前の『存在』を消してやろうか。俺を少しでも愉しませてくれた礼に一瞬で楽に堕としてやろうか?それとも、お前の甘さに吐き気を起こさせた罰として、ゆっくりとジワジワと、苦しみを以って堕としてやろうか」
氷雨は足で閻魔の体を仰向けにさせた。
閻魔は目を見開いて倒れている。
「閻魔というのも大したことはないな。土産だ。俺からの傷をたっぷりと残してやろう」
氷雨は刀を突き上げた。
そして右肩に突き刺す。
続いて左足。
何度も何度も突き刺しながら、氷雨は言った。
「安心しろ。しっかりとお前の後を継いでやる。だから」
刃先を左胸へと持っていく。
「地獄へ堕ちろ」
刃は閻魔の胸を突いた。
その瞬間、氷雨の首に後ろから冷たいものが触れる。
「!」
「堕ちるのは」
顔を僅かに振り向けると、そこに閻魔が立っていた。
「お前だ」
氷雨の首に爪が立つ。
「……ちっ」
氷雨は閻魔の手を振り払って間合いを取る。
床を見ると、確かに閻魔は倒れていた。
しかし、先ほど自分の首に爪を立てた、今目の前に立っているのも間違いなく閻魔である。
すると床に倒れていた閻魔がゆっくりと消えた。
「なるほど。一筋縄ではいかないというわけか」
「我が人に消されるとでも思うたか」
「俺は人ではない。人の域を超えたのだ」
閻魔は睨むように氷雨を見る。
「人は所詮、人を超えられぬ」
「なんだと」
「お前は戦いを求めるごとに確かに進化し続けている。だが、それは気持ちによる進化であって、体は決してお前の行動についてはゆけぬ。時期、お前は自らを滅ぼす羽目になる」
閻魔はゆっくりと目を閉じた。
「人は決して、人を超えられぬ」
氷雨は閻魔を睨み返す。
「違う!俺はもはや人ではない。すでに人を超えているのだ。俺が思えば体などどうにでもなる!」
氷雨が走り出した。
しかしそのとき、足に激痛が走る。
「っ!」
痛みに体が支えきれなくなり、前方に倒れた。
閻魔はそれを見下ろす。
「ついに壊れたか」
「そんなはずはない。俺が思えば、何でもできるのだ」
氷雨はヨロヨロと立ち上がる。
閻魔は右手を上げて後ろに引いた。
一度強く握って開けば、そこから細い蛇のようなものが五匹ほど出てきた。
それらは氷雨の体に巻きついて、そしてその体に牙を立てた。
途端、体が石になったように身動きが取れなくなる。
氷雨は、蛇が立てた牙から落ちる赤い血をジッと見ていた。
やがて、小さく口を開く。
「……血が、出ている」
閻魔は黙っている。
氷雨は自嘲するかのように笑った。
「俺は、やはり人なのだな」
ゆっくりと顔を上げて閻魔を見る。
「閻魔よ、俺はこれからどうなる」
「罪人は、長い年月を経て地獄で罰を受け、己の行いを後悔する。そして罪を償い終えた時、清き心のみを持ち、前世の全てを忘れてこの世に再び生まれてくる」
閻魔は氷雨を真っ直ぐ見た。
「万物は、生死の輪から外れることは決してない。そして、その輪の中で立ち止まることも、あってはならない」
氷雨は、初めて穏やかな顔をした。
「そうか。俺はまた、ここに戻ってくるのか」
ゆっくりと目を閉じた。
氷雨の体が徐々に沈んでいく。
石の床はまるで水のように、ゆらゆらと揺れて波紋を呼んだ。
「その時、俺はどういう道を選ぶのか」
最期に小さく呟き、氷雨が完全に見えなくなった。
やがて波紋もなくなり、床は固い石へと戻った。
閻魔は氷雨が消えた所を見つめながら、呟いた。
「全ての罪人が、来世で幸せであることを―――」
閻魔は踵を返して歩き出した。
その口に、笑みを刻みながら、しかしその目は悲しそうに光らせながら、
「遠い先のことだがな」
「あ、閻魔さん。終わったの?」
ゆっくりとこちらへ歩いてきた閻魔に向かってイズミが微笑んだ。
「ああ」
「すごいねぇ、あの人に勝っちゃうなんて」
閻魔はその場に三人が揃っているのを確認して言った。
「お前たちも、済んだようだな」
「ああ」
銀が頷くと、イズミは閻魔を見上げる。
「ねぇ、閻魔さん」
「なんだ」
イズミはどこか遠くを見つめた。
「過去の僕たちは、あの後どうなったのかなぁ」
「ここであった全てのことを忘れて、お前たちの辿った道を再び歩む」
イズミは悲しそうに笑った。
「そっか。やっぱり僕は僕だから、同じ過ちを繰り返すんだね……」
閻魔は千鳥に目を向ける。
「それがお前たちの生きてきた道だ」
「……そうだね」
千鳥は神と対峙していた。
神はゆっくりとこちらに近づいてきて、そっと千鳥の頬に触れる。
「お前は、何を望み、何を求め、何を欲する。神はお前の望みを、願いを叶えられる」
千鳥は神を睨んだ。
「私は、お前に何も望まない」
「千鳥よ、お前は罪人の手助けをした。それは神に対する抵抗とみなされる。それは罪だ。もしもお前が望む物を神に告げ、そして神と契約し、お前の両目を神に捧げるというのなら、神はお前を許す。神はお前の命は取らない」
千鳥は頬に触れる神の手を叩いて払いのける。
「私は罪など犯していない!間違っているのはお前だ。罪深いのは、お前の方だ!!」
神は冷静なままだ。
「神を愚弄するか。愚かな娘よ」
そして右手を高く上げた。
「死を前にしてお前は生を望む。その時、お前は神と契約を交わすだろう」
神の掌が光りだす。
振り下ろすと光の矢が飛んできた。
それを素手で掴む。
まさかこんなことができると自分でも思っていなかったので、千鳥は驚いていた。
しかし、知らないうちに体が動いていた。
その様子を見ていた蘇芳と桜が飛び跳ねる。
「千鳥様すっごぉい!」
「千鳥様かっこいい!」
銀は閻魔を見上げる。
「千鳥に何したんだ?」
「我と……閻魔と同じ力を与えた」
イズミは驚いたように言った。
「それじゃあ千鳥ちゃんは今最強なんだね」
しかし閻魔は決して安心はしていなかった。
千鳥の方を見ながら目を細めた。
「しかし、時間は十分ともたない」
「どうして?」
「閻魔の力は強力だ。故に閻魔の力が千鳥を逆に滅ぼしてしまう可能性もありうる」
「それじゃあ、その時間内に片付けろってこと?」
「左様。千鳥に異変が起きた場合は強制的に閻魔の力を吸い取る」
「閻魔様も、ひどいことするね。それなら僕に閻魔様の力をくれたらいいのに。今回のこと、千鳥ちゃんには関係ないのにさ」
「それはどうか」
「え?」
「今回のこと、元凶は全ての人間にある」
「どういう意味?」
しかし閻魔はそれ以上喋らなくなった。
千鳥は少し手に力を入れた。
すると光の矢はパキ、と音を立てて二つに折れてしまった。
神は突如走り出す。
千鳥の目はその動きを追う。
そして、閻魔から得た足を以って、神の攻撃をかわす。
しかし神は攻撃をやめようとしない。
千鳥はずっとそれを避けているだけだった。
避けながら、考えているのだ。
先ほど閻魔が言った言葉の意味を。
閻魔はこの神を『偽神』と言った。
ということは、この神は神ではないことになる。
そして閻魔は『あの偽神を見ていると人間はひどく卑しい生き物だと思わんか』とも言った。
この神は、人間と何か関係があるのか……。
そして千鳥には、もう一つ気がかりなことがあった。
それは―――
神が手を開いて伸ばしてきた。
顔を掴む気である。
千鳥はそれを止め、攻撃を繰り出そうとする。
しかし、疑問が頭をよぎる。
ここでこの神を倒してしまえば―――。
その一瞬の迷いが、神に利を与えた。
千鳥の動きが止まったのをいいことに、神がもう一方の手を大きく開き、千鳥の腹に勢いよくぶつけた。
衝撃が走ったかと思うと、千鳥は後方に吹き飛ばされた。
「っあ……」
胃が潰れそうだった。
あまりの痛みになす術なく床に転がるかと思ったが、影が受け止めてくれた。
イズミが心配そうに覗き込んでくる。
「千鳥ちゃん、大丈夫?」
千鳥は痛みに顔を歪めながらも何とか声を出した。
「ああ……」
銀がイライラしたように声を荒げる。
「何だよお前、さっきすっげぇいい機会だったのに何でやらなかったんだよ」
千鳥は落ち着いてくると彼には目を合わせずに切り出した。
「……銀」
「なんだ?」
「銀は、何年生きている?」
その言葉の意味を悟った銀は呆れたように笑った。
「なんだ、そんなこと気にしてたのかよ」
千鳥は眉を潜めて銀を見る。
「そんなことではない。銀の命に関わることなのだぞ。私が神を倒せば……」
「ばーか。俺はまだ二十三だぜ」
銀は笑ってそう言ったが、千鳥は不審そうな顔をする。
「……だが、何度でも孤独を味わったって……」
「あれは大げさに言っただけだ。だから気にせずあいつぶっ飛ばしてこい!」
「……」
閻魔が顔を上げた。
「来るぞ」
銀は千鳥を立たせる。
「おら、俺のことは気にすんな」
「わかった」
力強く頷いて、千鳥は襲ってくる神の攻撃をかわしつつ皆の場所から遠のいた。
彼女が離れると、イズミは穏やかに笑いながら言った。
「ねぇ銀くん、知ってる?」
「あ?」
「嘘をついたら、閻魔様に舌を抜かれちゃうんだって」
そして閻魔を見上げた。
「ね?閻魔様」
しかし閻魔は千鳥の方を見ながら、口の端に僅かに笑みを浮かべる。
「嘘も方便、と言うがな」
神は一度に大量の光の矢を放ってきた。
千鳥は高く飛び上がり空を蹴る。
飛んでくる矢を越え神の後ろを取ると右手を繰り出す。
空気の刃が神を両断した。
「やった!」
イズミが声を上げる。
しかし、神は皆の期待を裏切った。
二つに分かれた体が元に戻ったのだ。
傷一つついていない。
「……まさか」
唖然とする千鳥の隙をつき、神が彼女の首を掴む。
そして締め上げた。
「さぁ、神に求めろ。生が欲しいと。生きたいと、神に求めろ。そうしなければお前は死ぬ。お前は、死ぬのだ」
力は徐々に強まる。
「……っ。誰が」
千鳥は右手を開いて神の頭を掴む。
「求めるものか!」
その手に吸い込まれると察した神は柔らかく飛び上がって千鳥から離れた。
千鳥は立ち上がった。
しかし、息が荒い。
「……なんか、様子がおかしくねぇか?」
銀が不安そうに呟いた。
その横で、閻魔が目を光らせる。
「そろそろか……」
千鳥の体は重かった。
石が積み上げられていくように、ジワジワと疲れが襲ってくる。
体がもたない……。
神が俊足で迫ってきた。
それは分かっている。
しかし、足が思うように動かない。
ギリギリのところでそれをよけると、すぐにまた向かってくる。
……ダメだ。
「体が……」
神は千鳥の目の前で止まった。
私は、死ぬのか……?
神が無表情で千鳥を見ている。
「言え、生が欲しいと。そして神にお前のその目を捧げるのだ」
千鳥の視界がぼやけてくる。
意識も薄れてきた。
神の声だけが耳に響く。
「お前のその目、その目が欲しい。さあ、言え。神に願うのだ。生きたい、と。それとも、更なる苦痛を与えなければ、望めぬのか」
なんだ、この神は。
なんと欲深い神だ。
これではまるで。
これではまるで―――
神が右手を上げる。
千鳥は静かに目を閉じた。
だが、意識を手放す前に、低い声が響いた。
「しっかりしろ」
再び微かに目を開けると、閻魔の顔があった。
抱えられている。
その向こうでは、影、イズミ、銀の三人が神と対峙している。
「おい、閻魔。さっさとすませろよ」
「銀くんの幻術も、僕の動きを封じる技も、神様相手じゃあんまりもたないんだから」
閻魔は千鳥の頭に右手を乗せた。
体の中の重いものが、徐々に吸い取られていくのがわかった。
「どうやら限界のようだな」
「すまない。これでは神は倒せない……」
「いや、お前たちの勝ちだ」
「え?」
「お前には、わかったのだろう」
閻魔は千鳥を立たせる。
蘇芳と桜が駆け寄ってきて、千鳥に小瓶を手渡した。
「あのね、これを一気に飲んで」
「疲れが取れるんだよ!」
千鳥は瓶の中のピンク色の液体を言われた通り一気に飲み干した。
すると、まるで朝目覚めた時のように体が軽くなった。
先ほどの疲れなどまるで嘘のようだ。
千鳥は二人に微笑んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「がんばってね、千鳥様!」
千鳥は力強く頷くと三人の所へ向かった。
「千鳥ちゃん大丈夫?」
「ああ」
「それじゃ、連携プレイでさっさと神をぶっ倒してやろうぜ!」
「愚かな」
神はイズミに動きを封じられているにもかかわらず、両手を広げた。
その瞬間、強い風が吹き荒れる。
「愚かな。なんと愚かな。神を倒すなどと。人とはなんと愚かな。神に従わぬ者とは、なんと愚かな」
神は目を見開いた。
「愚かな者どもに、破滅の時を」
すると、蘇芳と桜の悲鳴が聞こえた。
皆は慌てて振り返る。
二人の姿が、透けている。
「何をした!」
千鳥が叫ぶと神は平然と言う。
「消すのだ。双子の存在も、お前たちの存在も、皆消すのだ」
「影さん!」
イズミが声を荒げた。
見れば、影の足がない。
「お前たちは、消えるのだ」
他の三人の体も、徐々に消え始める。
「神に抗うなど、愚かなことよ」
すると千鳥が叫んだ。
「お前は神なんかじゃない!!」
神の体がピクリと震えた。
千鳥は声を荒げて続ける。
「お前は、愚かな人間たちが作り出した、欲望の塊だ!人間の欲望が集まってできた、何かを求めることしかできないただの塊だ!」
神は怒鳴った。
「違う!神は神だ。神は全ての人間の望みを叶えることができる」
「それは、お前が欲しい物を得るためにしているだけだ!」
「違う!」
神が千鳥に襲い掛かる。
その時、イズミが神の動きを封じた。
影と銀はそれぞれ神の両脇から短刀をその首に突きつける。
千鳥は、すぐ目の前で固まっている神を睨みつけた。
「お前は、愚かな人間が生み出した、『欲』でしかない!消えろ!」
「違う!神は神だ!神は、愚かな人間どもの上に立つ、神なのだ!」
欲望の塊は、怒りに目を見開いて怒鳴る。
だが、その存在を肯定する者はその場には己しかいなかった。
皆が偽神の存在を否定することにより、神は徐々に消え始める。
千鳥は更に怒鳴る。
「返せ!影の『言葉』も、イズミの『愛』も、銀の『光』も、全てを返せ!」
影、イズミ、銀は短刀を振り上げた。
千鳥が思い切り叫ぶ。
「お前が今まで欲望のままに奪った全てのモノを、返せ!」
三人は、その塊に刃を突き立てた。
その瞬間、眩しい光がその場を包む。
皆は目を開けていられなくなり、両腕で目をかばった。
何も見えない中、耳だけは欲望の最後の言葉を聞き取った。
「神は、神だ!神は、全てを、得るのだ!神は……神は、全てが……欲しい!!」
それは、愚かな人の声のようだった。
その声を聞き届けたあと、皆は一斉に気を失ってその場に倒れた。




