超える者
八章 超える者
神は両手を広げた。
「約束を破ったことの罪を、神をたばかったことの罪を、そして、神に抗ったことの罪を、苦痛の極みを以って後悔するがよい」
よく通る声で神が言うと、3つの光が現れた。それが消えると同時に姿を見せたのは、影とイズミと銀だった。
「なんだ? 俺達の人形か?」
「これは、過去のお前たち」
「過去……?」
「私から欲しい物を得る直前のお前たちだ」
神は無表情で言った。
「過去と共に滅びるか、もしくは現在のみが滅びるか」
右腕を真っ直ぐ影たちに向ける。
過去の三人は襲い掛かってきた。
そこから少し離れた所で、蘇芳と桜から治療を受け終わった千鳥は立ち上がった。
戦う三人を見て、自分も応戦しようかと思ったその時、
「お前が戦う相手はあれではない」
閻魔が後ろに立った。
「閻魔……。あの男はどうした」
体を横に反らして、閻魔の大きな体の脇からその後方を見る。氷雨がうつ伏せに倒れていた。皆があれほど苦戦した相手だというのに、閻魔とはつくづく恐ろしい存在である。
彼は千鳥を見下ろす。
「お前は神と戦え」
「なんだと?」
千鳥は目を剥いた。そして首を大きく横に振る。
「無理だ。私は目で姿を追えても、体がついていかない。どうせすぐにやられてしまう。それよりも閻魔が戦う方が確実だ」
「我は閻魔。罪を犯した人間にしか手を上げることはできぬ」
彼は相変わらず有無を言わせない厳しい顔である。
しかし千鳥はそれだけは避けようと必死に反論を考えた。
だが千鳥が口を開く前に、閻魔がその大きな掌を千鳥の頭に乗せた。
「一時的に力をやろう。上手く使え」
「力……?」
「『シノビ』とは忍が集まる場ではなく、罪を犯した者たちの集まる場。ゆえに戦う術を知らぬ者もいる。そういう者には我がこうして技を与える。イズミもその一人だ」
「だからイズミはあのような不思議な技が使えたのか……」
閻魔の手から何かが体に流れ込んできているのがハッキリとわかる。勢いよく、体内で滝の流れるような音が響く。
千鳥はふと首を傾げた。
「一体、どんな力が使えるのだ?」
その時、閻魔の頭上から何かが迫る。
それが太刀を振り上げている氷雨だと確認した千鳥は、これから何が起こるのか直ぐに察しがついた。
思わず叫ぶ。
「閻魔!」
しかし彼は至極冷静に、振り向き際に右手の三本の指だけで振り下ろされる太刀を止めた。
氷雨はニヤリと笑っている。
「閻魔と言うからどれだけ恐ろしいのかと思えば、意外に甘い奴のようだな」
その挑発じみた発言には何も答えず、閻魔は千鳥に背を向けたまま言った。
「あの偽神を見ていると人間はひどく卑しい生き物だと思わんか、千鳥よ」
「どういう意味だ?」
しかし次の瞬間に、閻魔はその場から消えて別の場所へ移動した。
氷雨もそれに続く。
千鳥は仕方なく、影たちの戦いを悠々と眺めている神に目をやる。
どんな技を得たのかは知らない。だが、今神と戦えるのは自分しかいないのだ。
千鳥は拳を握って意を決した。
一方、イズミたちは過去の己と対峙していた。
しかし、過去の自分と言ってもそれはシノビに入る前の自分。イズミと影の過去の己はまったく戦えない状況にあるはずだ。影に至っては既に傷だらけなのである。
「これってさぁ、どういうことだと思う?」
イズミが首を傾げる。
影は何も答えなかったが、銀が肩を竦める。
「さあな。でも楽勝だな。イズミは閻魔から技を得ていない時の自分だし、影は既に怪我してるし、俺だって過去の自分より大分今の方が強くなってるはずだし。な、影」
銀が呼びかけるが、影は目を細めて過去の自分を睨みつけている。
「それじゃあさっさと終わらせるか」
銀は駆け出した。
過去の銀も走り出す。
クナイを放てばそれは簡単に相手の左肩に刺さった。
「よっしゃ、いけるぜ。神に不老不死を願う時以降に修得した技を使えばいいんだからな。それならいくらなんでも勝てる」
その時、左肩に激痛が走った。
「いっ……」
何事かと思って見てみれば、血が流れていた。何も刺さってはいないのに、痛みもある。
銀はハッとして過去の自分を見た。
今自分が放ったクナイが、過去の自分に刺さっている。そしてその刺さった所と同じ箇所に、自分も痛みを感じ、血が流れている。
「つまり、そういうことだったんだね」
イズミが呟いた。
「過去と共に滅びるか。それは、今の自分が過去の自分を倒したら、今の自分も死んでしまうってことだったんだ」
「くっそ……。どうすりゃいい」
「でもさぁ、それならどうして神様は僕たちに過去の僕たちを差し向けたのかなぁ?これじゃあお互い何もできないのに」
「……」
一度イズミを見た銀は、再び過去の自分に視線を戻した。
「過去と共に滅びるか」
先ほどの神の言葉を繰り返す。
「―――もしくは現在のみが滅びるか」
「え?」
銀は、過去の自分を睨みつけると突然声を荒げた。
「おい、お前バッカだよなぁ。俺たち無防備なのになんで襲い掛かってこねぇんだ? こっちは隙だらけだっていうのに。所詮臆病者ってわけか、過去の俺は」
その挑発に、過去の銀はジロリと未来の自分を睨む。そして飛び掛ってきた。
銀は動かない。
過去の銀が忍刀を抜いて切りかかる。
それをギリギリの所で避けた。頬を掠めて短く赤い線が引かれる。
銀は間合いを取った。そして過去の自分の顔を見つめる。
「……」
しばらくして、銀はハッと笑った。
「やっぱりな。最悪だぜ」
「どうしたの?」
「過去の俺の左頬、俺が今受けた傷がないだろ?」
「……ほんとだ」
イズミはハッとする。
「それじゃあもしかして」
銀は頷いた。
「現在っていうのは過去の積み重ね。だから過去に受けた傷は現在の俺達にも影響する。だが、あいつらにとって俺達は未来の俺達だ。だから、過去の俺達がいくら未来である今の俺達に攻撃しても、過去の俺達には無関係ってことだ」
「……最悪だね」
しかし銀は首を捻る。
「けど、なんで過去の影は怪我してるのに今のお前は大丈夫なんだ?」
「過去の影さんが受けた傷は、今はもう完治しているはずだから、多分関係ないんだよ。問題なのは、過去の自分が今から受ける傷ってことなんじゃないのかな」
銀はハッと笑った。
「やってくれるぜ」
その時、過去の自分たちが一斉に襲い掛かってくる。
三人はそれを避けるだけしかできない。
「くっそ。どうしようもねぇぜ。影、何か方法ないか」
しかしさすがの影もわからないらしい。険しい顔をしてただ相手のクナイをかわしているだけだ。
三人は同じ場所に背中合わせに集まった。
「ねぇ、どうする?」
「どうしようもねぇよ!」
すると過去の銀がイズミを攻撃してきた。それを受けながらイズミは隣にいる銀に言った。
「ちょっと、攻撃してこないでよ」
「知るか。俺に言うな」
「でも同一人物でしょ。僕に恨みでもあるの?」
そしてイズミは閻魔から得た技を使い、銀の動きを封じる。
それと同時に現在の銀も動けなくなった。
「おい! 何やってんだイズミ!」
「あ、ごめん」
イズミが解こうとする前に、過去の影が銀に迫る。
それを影が防いだ。
「助かったぜ、影」
「あーもう。ややこしいなぁ」
イズミがため息をついて術を解く。それと同時に攻撃してきた過去の銀をかわす。
銀は舌打ちをした。
「くっそ。めんどくせぇ」
その時、過去の銀が現在の銀に向かってクナイを放つ。それを間一髪で避け、腰の道具袋に手を伸ばすがそこはからっぽだった。ここに至るまでの戦いで全て使い果たしたようだ。銀は遠くにいる蘇芳と桜に言った。
「手裏剣十枚!」
二人は声を揃えた。
「はぁーい」
そして一瞬にして言われた通りの数を作ると宙へ放った。
「どーぞぉ!」
それを受けると過去の自分へ向かって投げた。
「銀くん、何してるの」
「知るか! こうなったらもうやけだ!」
過去の銀は三本中二本を避けた。しかし一本は足に刺さる。
同時に現在の銀が悲鳴を上げた。
「いってぇ!」
「当たり前だよ……」
呆れたようにイズミがため息をつく。
すると足に受けた傷を抑えている銀の正面に、過去の銀が立った。逃げようにも、反応が遅れてしまった。首を掴まれて仰向けに倒される。
過去の銀は未来の自分の上にまたがり、両手で首を絞めた。
「かはっ……」
苦しそうにする未来の自分を、過去の銀は目を大きく開いて見た。そして初めて口を開く。
「俺は、死にたくない。死ぬのは嫌だ。だから、お前にはやられない。お前だけが死んでしまえ。俺は、死にたくない」
両手に力がどんどん入っていく。
「俺は、死にたくない!」
銀の頭の中に、神の言葉が響く。
現在のみが滅びるか――。
イズミは銀を助けようとするが、過去の自分に阻まれる。
過去のイズミは言った。
「僕は自由を手に入れるよ。君だけ自由を得て僕は得られないなんてずるいよ」
「ダメだよ。僕は自由を手に入れちゃだめだったんだ。君も、きっと後悔するよ」
「そんなことないよ。僕は、自由を手に入れる」
イズミは悲しそうな顔をした。
「どうして君は僕なのに、僕のことをわかってくれないのかなぁ……」
過去のイズミが動き出そうとする。しかし体が動かなかった。過去のイズミは首を傾げる。
「何してるの? そんなことしたら君も動けないよ」
「うん。どうせ動けても僕は君を攻撃できないからね」
「じゃあ、どうするつもり?」
イズミはニッコリ笑った。
「だからね、ちょっと話をしようと思うんだ」
その頃影は、過去の自分に攻撃を繰り出されていた。
それを意図も簡単に避けながら過去の自分をジッと見つめる。
過去の影は必死である。
「俺は、こんなところでお前と死ぬわけにはいかない。アスカが待っている。アスカが……」
影はピタリと動きを止めた。
そこを狙ってきた過去の自分の腕をしっかり掴む。
過去の影は動けない。
「放せ!アスカが待っている」
自分を掴む手を振り払おうと必死にもがいている。
その様子を見た影に激しい怒りが込み上げてくる。
俺は、立ち上がれたのか。
そして、心で過去の己に話しかけた。
―アスカは、もう死んだ―
それが通じたようで、過去の影は目を見開いた。
「ばかな……。そんなことあるはずがない」
―アスカは死んだ。だから俺はここにいる―
過去の影はそれを拒絶するかのように声を荒げる。
「俺は神と等しい強さを手に入れる!そうすれば」
―もう、手遅れだったのだ―
「……ばかな。あり得ない。神と等しい強さだぞ」
―神と等しい強さを得たところで、結局俺は救いたかった人を、救えなかったのだ―
「何故だ!何故そんなことになった!アスカも俺も、何もしていないのに、何故そんなことに」
―確かに俺もアスカも何もしていない。そして、俺が何もしなかったからこそ、アスカは死んだのだ―
「なんだと……」
影は過去の己を真っ直ぐ見つめる。
―なぜ俺は立ち上がって俺に戦いを挑む―
過去の影は眉を潜める。
「そんなの決まっている。アスカを助けるためだ」
―違う。俺が戦っているのは、神と等しい強さを得るためだ―
「違う!俺はアスカを助けるために……」
―ならばなぜ、俺はアスカが悲鳴を上げた時に立ち上がらなかった―
過去の影はハッと目を見開く。
―俺は立ち上がれなかったのではない。立ち上がらなかったのだ―
影の瞳に怒りの色が差していることは一目瞭然であった。
それはまぎれもなく、自分に向けられている。
―神にすがっている暇などなかったのだ。神に無意味なことを求めている間に、今俺がそうしているように、渾身の力を振り絞って立ち上がればよかったのだ。愛する者が助けを求めている。それだけで俺もお前も立ち上がれたはずだ。アスカを救うことができたはずだ。それもしようとせず、俺もお前もただ神の名を呼んだ―
過去の影の心に、自分の行く先をすでに経験してきた者の言葉が響いた。
悔いの、言葉が。
俺はアスカの声を聞いていたはずだ
ならば何故俺は、立ち上がらなかった
それは―――
過去の影はその場に崩れるように座り込んだ。
「……アスカ」
過去と現在、二つの声が重なる。
―すまなかった―
過去の影の姿が薄れていく。
本来いるべき時代へ戻るようだ。
影は黙ってそれを見送った。
そして完全に彼が消えた後も、ただジッとその場所を見つめていた。
やがてゆっくりと視線をイズミと銀へ戻す。
イズミはお互い動けないまま会話をしているようだ。
銀は、首を絞められて反撃できないでいる。
しかし影は動かなかった。
これは、他人が入ってはいけない問題なのだ。
たとえそれが生死に関わることでも、それは自分がした愚かな行為への罰なのだ。
自分で、解決しなければならない。
それは銀にもわかっていた。
そして、ここで諦めてはいけないことも、わかっていた。
銀は自分の首を絞める両手首を掴んだ。
そして力の限り爪を立てる。
その痛みは当然自分にも返ってくる。
だがそれを痛がっている場合ではない。
過去の銀の力が緩む。
それを好機に、銀は先ほど蘇芳と桜から受け取った手裏剣を取り出すと、それを過去の自分の腕に刺した。
「っ……」
片手を離した所で、銀はまたがっていた自分を跳ね飛ばすと、その腹に思いきり蹴りを入れた。
「っあ……」
過去の銀が後ろへ倒れたのと同時に、自分にも腹に激痛が走る。
そして倒れた自分へ向かって怒鳴った。
「いてぇじゃねぇか!めんどくせぇことさすな!」
過去の銀はゆっくり立ち上がる。
そして未来の己を睨んだ。
「やっぱり、お前も死にたくないんだな」
銀は目を細める。
「お前さ、やっぱり死ぬのが怖いんだな」
「当たり前だ。お前だってそうだろ」
「今俺は、生きることが怖いんだ」
「ハッ。ありえねぇ。生きることのどこが怖いっていうんだ。死なないんだぜ。それのどこが」
銀は悲しそうに笑った。
「孤独なんだよ」
「……なんだと?」
「孤独なんだよ。不老ってのは」
「それのどこが悪い。死ぬよりましだろ」
「不老ってのは、親しくなった奴ら全ての死を見なければならない。例え自分は死ななくても、他のやつらは皆死んでしまう。そして俺はまた一人になるんだ。俺は何度でも孤独を味わう」
銀は過去の自分を見つめた。
「お前が俺なら知ってるはずだ。孤独がどれだけ恐ろしいか」
二人の脳裏に、あの日のことが思い出された。
周りの人は皆倒れて動かない。
人だけじゃない。
植物も、動物も。
全てが動かない。
風もなく、雲もなく。
死の世界だ。
そこで生きているのは、
たった一人動いているのは、
自分だけだった―――。
過去の銀は声を荒げる。
「ああそうだ!だから俺は死を恐れた。お前だってそうだ!だからお前は不老不死を手に入れたんだ!俺もそうして不老不死を手に入れて、永遠に生き続けてやる」
「それが、間違いだったんだ」
「間違か正しいかなんて関係ねぇ!俺は死にたくないんだ!」
過去の銀が襲い掛かってくる。
銀はそれを避けながら叫ぶように言う。
「不老不死なんて、あるべきじゃねぇんだよ!」
すると過去の銀も怒鳴る。
「ならお前は今、死ぬのが怖くねぇっていうのか!ならなんでお前は今俺の攻撃を避けてんだ!死にたくないからじゃねぇのか!」
そして未来の自分を殴ろうとする。
銀はそれを掴んだ。
そのまま素早く後ろへ回り込む。
相手の腕をねじ上げたまま、上手く足を引っ掛けて、地面へ伏せさせる。
「怖ぇよ!俺だって死ぬのは怖ぇ!けど、俺が今お前を止めようとしてるのは、不老を守るためじゃねぇ」
「ならなんだっていうんだ」
「俺が、過去の俺を……お前を越えるためだ!」
「超える……だと?」
「俺はお前を超えてやる。たとえ死ぬのが怖かろうが、不老なんて捨ててやる!そんで生きて、生きて、最期に笑ってやる」
銀は力を込めて怒鳴った。
「俺の人生は最高だったって、笑って死んでやる!!」
過去の銀は目を見開いた。
未来の自分が、何を思っているのかよくわかる。
だから、過去の銀は嘲笑うように言った。
「ハッ……。なんだそれ」
彼の姿が徐々に薄れ始めてくる。
「それでも結局、死ぬのが怖いっていう問題は、解決できてねぇじゃねぇか」
過去の自分は、光と共に消え去った。
痛みと疲労に襲われた銀は座り込みながら力なく笑う。
「ばかやろう。そんな問題、一生かかっても解決できねぇよ」
銀は深く息を吐いた。
「死ぬのは、その時が初めてだからな……」
静かに目を閉じると、誰かが走ってくる音が聞こえた。
「銀様死なないでぇ!」
「銀様死んじゃ嫌ぁ!」
蘇芳と桜である。
二人は同時に銀に抱きついた。
その瞬間銀は悲鳴に似た声を上げた。
「いってぇ!お前ら俺を殺す気か!」
「銀様ぁ!」
二人は銀が死んでいないと知って嬉しいのか、ますます強く抱きつく。
ついに銀は怒鳴った。
「死んでほしくねぇならさっさと治療しろ!」
二人はやっと治療を始めた。
そこへ影がやってくる。
「おう、影。お前もついに自分を超えたか」
ニヤリと笑って問う銀に、影は頷いた。
「あとはイズミ様だけだねぇー」
「そうだねぇー」
治療をしながら、蘇芳と桜はイズミを見た。
「大丈夫かなぁ?」
「かなぁ?」
「大丈夫だ」
銀が自信満々に断言する。
「あいつは、もう自分を超えている」
皆はイズミに目をやった。
過去のイズミは首を傾げる。
「何を話す必要があるの?僕も君も、自由を求めた。そして君は自由を手に入れた。だから、僕も自由を手に入れるんだよ」
「そうだね。君の言いたいことも、やりたいことも全部わかるよ。だけど、忠告としてちょっと聞いてくれないかな」
「何を?」
「あのね、僕は自由を手にして後悔したんだよ」
「どうして?君も僕もずっと欲しがってた物でしょ」
「そう。だから、僕も君も、それを神様に求めたんだ」
「だってそうしないと、誰も自由をくれないよ」
「だけど、神様に自由を求めて契約をする行為、これは罪なんだよ」
「罪……?」
「そう。そして僕は『愛』を奪われたんだ」
過去のイズミは、目の前で悲しそうな顔をしている未来の自分を、不思議に思った。
「どうして?別にいいじゃない。愛を奪われたところで、僕たちには関係のないことだよ」
「それが、関係あるんだ」
イズミは、ニッコリ笑う。
「あのね、僕今、好きな子がいるんだ」
「え?」
「すっごくいい子なんだよ。でも、愛を奪われた僕はその子を抱きしめることも、手をつなぐこともできないんだ。それってすっごく悲しいと思わない?」
イズミは翡翠の目を開く。
そこには、哀愁が漂っていた。
「僕は、神に自由を求めた。それで愛を失い、自由を手に入れた。でもその直ぐ後に、シノビで強制的に働かされることになったんだ。つまり、僕は結局何も得られなかったんだ。一度得た自由も、愛も失った。だから、僕が過去にした行為、君が今しようとしている行為は、愚かなことなんだよ」
過去のイズミは、悲しそうな顔をする。
「でも、僕は自由が欲しいんだ」
「そうだね。だから、神様に頼るんじゃなくて」
イズミは術を解いて、その手を伸ばした。
過去の、自分よりまだ若い頃の自分の頭に、手を乗せた。
そしてニッコリ笑う。
「自分で自由をみつけるんだよ」
過去のイズミはジッと未来の自分を見つめる。
イズミは笑った。
その時、過去のイズミを光が包む。
彼は首を傾げた。
「ねぇ。未来の僕は、君は、今幸せなの?」
消え行く過去の自分を前に、イズミは微笑んだ。
「幸せだよ。苦しみもあるし、喜びもあるから。そして、自由さえもね」
「どういう意味?君は自由を失ったんじゃないの?」
しかしその答えを聞く前に、過去のイズミは過去へと戻っていった。
イズミは銀たちのところへ向かって歩き出しながら、一人小さく呟いた。
「君も、ここまできたらわかるよ」




