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SHINOBI  作者: 那津
7/10

求める者



イズミは神の前に立った。

神は無表情で、しかし冷たい瞳で彼を見ている。

「覚悟はよいか」

「死ぬ覚悟はできてないけど、あなたと戦う覚悟ならできてるよ」

「神に抗う愚か者よ、お前にも他の二人同様、地獄を見せよう」

神はそこから消えた。影と同じ俊足である。これではどこから襲い掛かってくるのかわからなかった。

なんとか気配だけでも察知しようとしたその時、

「かがめ!」

頭よりも先に体が動いた。声に従い膝を曲げてしゃがむ。同時に、頭上に後ろから手が伸びてくる。

振り向くと神がいた。

近すぎる―――

地を蹴って前へ避ける。

立ち上がると神は既にいなくなっていた。その速さは、やはり目で追うことはできない。

しかし、千鳥は違った。神の動きがハッキリと見えていた。イズミへ向かって大声で叫ぶ。

「右だ!」

その声に従ってイズミは素早く避ける。

神はイズミを捕らえられなかった。

千鳥がほっとしたのもつかの間、神は再び動き出す。

「前へ避けろ!」

その時、寒気を感じた。

神が、目を見開いてこちらを見ていたのだ。恐れのあまり、体が僅かに後ろに下がる。

その瞬間神は突然方向を変えてこちらへ向かってきた。

目は、追うことはできる。しかし体は、その俊足にはついていけない。頭ではわかっていても足は一向に動かなかった。

右足を浮かすこともできず首を掴まれる。

体が頭に追いついた時には壁に押し付けられていた。

「……っ」

「千鳥ちゃん!」

助けようと動き出すイズミの前に、氷雨が立ちはだかる。

「罪人に手を貸したことであの女はもうお前たちと同じ罪人だ」

「……」

イズミは氷雨の肩越しに神と千鳥を見た。

氷雨は肩を竦ませて呟く。

「まぁ、神には他の目的があるんだろうがな」

その声は誰にも届かなかった。

神は千鳥に顔を近づけた。

「お前は、私の動きを見極められる目を持っているのか」

首を絞められていて反撃できない。声すら出せなかった。

神は構わず続ける。

「お前の望みは何だ。何が欲しい。何でもお前に与えよう。その代わり、お前の目を私はもらう。お前の目が欲しい」

力はどんどん強くなってくる。

イズミは叫んだ。

「閻魔さん! 千鳥ちゃんを」

しかし彼は動かない。

「閻魔さん! 何やってるの。早く」

その時、神はカッと目を見開いた。千鳥から手を放して後ろを振り向く。

「……」

床へ崩れた千鳥は喉を押さえながら神の視線の先へ目をやる。

「言っただろ、トコトンお前を騙してやるって」

そこに立っていたのは銀だった。

「銀!」

「幻術か」

神が呟くと銀はニヤリと笑う。

「百日夢幻は俺の十八番とは言っても、まさか神様ともあろうお方が三度もひっかかってくれるなんてな。光栄だぜ」

「三度……だと」

すると緊張感漂うこの場に似合わぬ声が響いた。

「あれぇ? いつの間に寝てたのかなぁ?」

「かなぁ?」

皆が振り向けば、そこには先ほど死んだはずの蘇芳と桜が起き上がっていた。

「蘇芳! 桜!」

「……まさか」

銀は得意げに笑う。

「幻術の達人をなめるなよ」

イズミが苦笑しながら言った。

「なんで僕たちにもかけちゃったの?そこまでしなくてもいいのに」

「この場全体にやる方が手っ取り早かったんだよ。誰かに集中して幻術かけるの難しいんだぜ。それによく言うだろ、敵を欺くにはまず味方からってな」

「本当に銀くん死んじゃったと思ったよ」

「悪かったって」

すると蘇芳と桜が声を上げる。

「あ! 影様倒れてる!!」

「具合悪いのかなぁ?」

「蘇芳たちが治してあげるね」

「すぐよくなるよ」

二人はトコトコと駆けて行った。そして影の傍にしゃがむ。二人が具合を見ようと影に触ろうとした時。

影はゆっくりと起き上がった。

「影様大丈夫?」

「どこも悪くない?」

二人が見上げるその黒い瞳は虚ろに遠くを見ていた。




「ざまぁねぇぜ!」

聞こえるのは、たくさんの男の高笑いと――

「××!」

泣き叫ぶような女の声。

高笑いしていた男の一人、山賊の(かしら)がニヤリと笑う。

「さぁ、人の心配している場合じゃねぇぜ、女」

女は数人の男に掴まれて、身動きすらできない。

前方に血まみれで倒れている男は、動かない。

つい先ほどまで、新しい街で共に新しい生活を送ろう、などと誓い合い、幸せに話していたというのに。

突然現れた山賊に襲われて、二人は何もすることができなかった。

彼女は絶望し、うなだれるようにして泣いていた。

すると頭は女の髪を掴んで顔を上げさせる。

「しっかし、よくそんな大金持ってここを通ってくれたもんだなぁ。新しくここに出てきたかいがあったってもんだぜ」

頭は女の顔を覗き込んで頬に触れる。

「ほぉ、お前なかなかの美人じゃねぇか。これならどっかに売ればもっと金が儲かるか?」

周りの男たちもヘラヘラと笑う。

女は唇に触れている頭の親指を、思い切り噛んだ。

「っ!」

手を引っ込めた頭を睨みつける。

「そんなことされるぐらいなら、あの人とここで死んだ方がマシよ」

頭は女の顔を殴ると声を荒げた。

「そうか。なら望みどおりにしてやろうじゃねぇか」

刀は天へ向けられた。

女は最後の抵抗として、悲鳴は上げなかった。口を固く閉じ、震える体で身構える。

「可愛くねぇ女だな。まぁ、あの世で男と幸せになれよ」

山賊は、皆笑った。

その声を聞きながら、地に倒れている男は血まみれの手を握り締めていた。

助けなければ。この男達を倒さなければ。強さが欲しい。


神よ―――


その時、風が舞い上がった。柔らかいが、どこか冷たい不気味な風である。

目の前に、誰かが立った。倒れたまま、顔を上げる。子供のように見えるが、同時に大人のようにも見える不思議な顔である。

「……誰だ」

「神」

神は無表情で問う。

「お前は何を求める」

「……」

「神はお前の求める物を何でもやろう」

神は片膝をつくと、倒れたままの彼の頬に手を添える。

「お前は、何を求める」

男は口を開いた。

「強さを……。神と……等しい強さを」

神は静かに彼を見下ろした。

「いいだろう。私はお前に強さを与える。だが、私もお前から『言葉』をもらおう」

男は虚ろな瞳で神を見上げる。

「お前は力を得ると同時に言葉を失う。言葉がなければお前はいずれ感情をなくす。それでもいいのだな」

「構わない」

神は手を高く上げた。

「黒き影に、強さを」

透き通るような声でそう呟いたかと思うと、一筋の光が真っ直ぐと天から差してきて男を包んだ。

静かに目を閉じる。光が消えるのが感じられ、ふと目を開ける。

そこにもう神はいなかった。

立ち上がった男に、山賊達が目を丸くしている。

「お前……なんで立ち上がれんだよ」

彼は男達を睨みつけるや、すぐに走り出した。

その姿は、彼らからするとまるで消えたかのように見えた。

山賊の一人が背後に気配を感じ、攻撃をしかけようとするが逆に刀を奪われる。

「くそ……」

山賊は四、五人で一斉に襲い掛かってきた。

だが、男は再び消える。

次の瞬間、山賊達はほぼ同時に倒れた。

「な、なんなんだよお前……」

彼を恐れた者達は逃げ出そうとする。

しかし、男はそれを許さなかった。神から得たその俊足で彼らに追いつき、神から得たその強さで彼らの背を一突き。

皆、悲鳴を上げることもなくその場に倒れる。

最後に残った頭を振り返る。その目は、悪魔にも見えた。

山賊の頭は腰を抜かしてしりもちをつく。

「ま、待て。金は返す……。だから、助け」

命乞いなど、誰が許すか。

頭はもう言葉を発せなくなっていた。地へ倒れ、動かない。

男は刀を捨てるとほっとしたような顔で女を振り向いた。しかし、目の前の光景を見て凍りついた。

女が、血まみれで倒れている。

彼は駆け寄った。

体を抱え起こすと、女は力なく微笑んだ。

「生きてたのね」

女は涙を流し、静かに目を閉じた。

「あなたが生きててくれて……本当に、よかった」

名を呼ぶ間もなく、小さくか弱かった呼吸は聞こえなくなった。

男はカッと目を見開いた。彼女を支える両手に力が入り、天を仰ぐ。目からは涙が溢れ、息を大きく吸い込んだ。

その瞬間、神が現れた。

「叫ぶな」

「!」

男は涙を流しながら、見開いた目のまま神を見る。

神は無表情に淡々と言葉を紡ぐ。

「忘れたか。私はお前から言葉をもらった。お前は言葉を禁じられたのだ。喋ることはおろか、叫ぶことも、歌うことも、愛する者の名を呼ぶことも許されぬ。お前は言葉を禁じられたのだ」

神は黒い布を渡した。

「これは契約だ。お前は沈黙を守らなければならない。この布を外すことを、神は許さぬ」

その瞬間、景色が一変する。

腕の中にいた女も、倒れている男たちも、周りの森も消え、暗闇の中にいた。

目の前に神が現れる。

「お前は、何を悲しんでいる」

神はこちらへ近づいてくる。

「何を恐れている」

一歩。

「お前の悲しみを、恐れを、全てを取り払ってやろう。神を前にして何も願わぬなど愚かなことよ」

また一歩。

「神と等しき力を求めた黒き影よ」

神はそっと彼の頬に触れた。

「今度は何を求める」

彼の口は開かれた。



影はゆっくりと起き上がる。

「影様大丈夫?」

「どこも悪くない?」

蘇芳と桜が影を心配そうに見上げている。

影は忍刀を抜いた。

閻魔はいち早く殺気を感じ取った。瞬時に蘇芳と桜の真後ろまで移動し、二人を抱える。

影が刀を振り払うのと同時にその場を離れた。刃先が閻魔の腕をかすめる。

影の行動を見た千鳥は声を荒げた。

「影! 何をしている! どうしたというのだ!」

銀も訝しげに影を見る。

「何で蘇芳と桜を襲うんだ」

二人を下ろした閻魔は目を細めた。

「葛藤だ」

「え?」

「影は今、記憶と現実の間で葛藤をしている。神に望むモノを問われ、かつて愛した者の名を答えるか、その問いを振り払うか、迷っているのだ。その苦しみのために自我が崩壊しかけている」

「じゃあもし恋人の名を答えたら……」

イズミの言葉に閻魔は頷いた。

「影はもう戻れはしない」

「そんな……」

皆が絶句した時、氷雨は楽しそうに言った。

「ほぉ……。あいつは葛藤しているのか。つまりそれは、昔の女を選ぶか、お前たちを選ぶか。ならば、邪魔な物はお前たちとの絆ということか」

イズミは氷雨を見る。

「何をする気?」

氷雨は口の端に不気味な笑みを浮かべるや否や、影に向かって走り出した。

イズミが止めようとするが、足が動かない。

その間に氷雨は腰の太刀を抜き、ニヤリと笑った。

振り下ろされた刀を影は素早く避ける。

しかし、速さは氷雨も負けていなかった。

銀と千鳥も氷雨を止めようとしたが、二人の速さにはついていけない。

閻魔は低い声で言った。

「……迷いが邪魔をしている」

「え?」

蘇芳と桜は首を傾げた。

「それってどーいうこと?」

「影の早さが僅かに鈍っている」

一度二人は動きを止める。

そして同時に走り出した。

しかし、一歩速かったのは氷雨の方だった。

刀を影の左肩から右脇へ振り下ろす。

「影!」

皆は息を呑んだ。

氷雨は満足げに笑っている。

しかし、影は斬れていなかった。血の一滴すら流れていない。

「どういう……」

千鳥が呟いた瞬間、影は俊足でこっちへ向かってきた。ギリギリの所で避けたが、刀が頬を掠める。

「どういうことだ! 何が起こったっていうんだよ!」

銀が叫ぶと氷雨は笑った。

「これは『目には見えないモノ』を斬る刀だ」

「……目に見えないモノ?」

「ああ。さっきは狐、お前の幻術にやられたが、俺はあの双子の『生』を斬った。だから手が離れて二人共死ぬはずだった。幻術にだまされなければな。それで、今回は影とお前らの『絆』を断ち切った。つまり、影にとってお前らは敵でしかない」

「なんだと!?」

氷雨は更に楽しそうに笑う。

「それに、影はもう闇に呑まれた」

「闇?」

「影は言葉を奪われて何も喋らなくなった。そして影は過去の出来事から人との関わりを絶とうとした。それは感情の無を意味する。影は昔の女を失った日以来、徐々に闇に侵食されていた。だが、シノビの仲間のせいでその侵食は阻まれた。特に、今影と戦っている女のせいでな。だが、俺は今お前たちの『絆』を斬った。そのことによって影は完全に闇に呑まれた」

イズミは唇を噛んだ。

「影さん相手じゃ歯が立たないよ……」

銀は千鳥に叫んだ。

「千鳥、代われ! 俺が出るからお前はその目で指示しろ!」

「無理だ! 隙がない。代わる前にやられてしまう」

「くそっ……どうすればいい」

蘇芳と桜は閻魔の服を掴んだ。

「ねぇ閻魔様、どうしたらいいの?」

「助けてあげられないの?」

しかし閻魔は黙ったまま、じっと千鳥を見ている。

千鳥は影の攻撃を何とか避けているが、無傷なわけではない。このままではいつかやられてしまう。そうなる前に何か手を打たなければ……。

千鳥は決心して動きを止めた。

それを逃すまいと影は刀を突き出した。

千鳥の肩を貫通する。

「千鳥ちゃん!」

苦痛に抜けていく力を振り絞り、千鳥は影の胸倉を掴んだ。

決して放すまいと、右手に全ての力を集め、影の顔を引き寄せる。

「闇に呑まれるな!」

影の動きが止まる。

千鳥は更に声を荒げた。

「怒りを思い出せ。悲しみを、喜びを、楽しみを思い出せ。影はまだ人だ。感情のない人間などどこにいる!」

影は千鳥が胸倉を掴んでいる方の手首を掴む。

爪を立て、力を込めて引き離そうとするが、千鳥は負けない。

「影は、闇なんかに呑まれるような男ではない! 例え呑まれたとしても、何度でも這い上がるはずだ!」

影の力が少しだけ弱まる。

しかし千鳥は影を放さない。痛みに薄れる意識を引きとめ、必死に叫んだ。

「影が迷いながらも過去から返ってきたのは、這い上がろうとしたからじゃないのか」

その様子を見た氷雨は小さく舌打ちをする。

「邪魔だな、あの女」

そして抜刀し、襲いかかろうとするが背後に誰かが立った。それと同時に身を屈める。空を切るように頭上を風の刃が通る。

間合いを取って振り向けば、そこに閻魔がいた。

「少々イタズラが過ぎたようだな」

「俺は、お前に裁かれる存在だとでも?」

閻魔は良く通る声で言った。

「無論。お前は神と契約をした」

「よく知っているな。ならば一つ聞こう。俺は何を神から得たと思う」

「対峙している人物と同じ技を得る能力」

「ほぉ。閻魔には全てお見通しか。だが気づいているか? 今この時点ですでに、俺はお前の能力、技全てを得ている。つまり、俺とお前の強さは互角ということだ」

閻魔はいつもの厳しい顔で、しかし堂々と言った。

「お前は罪に罪を重ねすぎた。もう償いの余地などない。直ちに地獄へ誘おう」

「やれるものならやってみろ」

向かい合う二人を見た神は、自ら進んで影の後ろに立った。

「影よ、お前は何を求める。お前の求めるモノを、なんでもやろう」

後ろから、影の頬に触れる。

その誘惑を振り払うように、千鳥が怒鳴った。

「騙されるな。強くなりたいのなら、神などに頼るな!」

千鳥の言葉が、胸に響いた。

「強くなりたいのなら、自分で自分を超えてみろ!」

影の目が大きく開く。

刀を千鳥の肩から抜き、崩れる彼女を左手で支える。

同時に攻撃してきた神の手を振り向き際にかわし、刀を払う。

神はそこから消えて離れた場所に立った。

影は腕の中の千鳥を見た。彼女は嬉しそうに笑っている。

「よかった……。戻ったのだな」

過去の記憶と重なる。

今度は死なせるものか。誰も、誰も死なせはしない。

すると蘇芳と桜が駆けてきた。

「千鳥様大丈夫?」

「桜たちが治してあげるね」

二人が治療をしている間に、イズミと銀も駆けてきた。

「よっしゃ。全員復活だな」

すると影の口の布がとれていることを改めて確認したイズミはニッコリ笑って神を見た。

「神様、今更だけど僕、約束を破るよ」

そして両腕の布を取り払った。その腕には刺青のように何か印が描かれていた。

「僕、愛なんていらないって思ってたけどさ、やっぱりそれは大事な物だから。返してもらうよ。どうせあなたからもらった自由だって、ほんのちょっとの間だけだったしね」

「んじゃ俺も、光を返してもらおうか」

銀も眼帯を取る。その目にもやはり、何か絵が描かれている。神と契約を果たした印なのだろう。

神は目を細めた。そして冷たい声で言った。

「愚かな」

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