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SHINOBI  作者: 那津
6/10

裁く者




「くっそ……キリがねぇ」

銀と千鳥は蘇芳と桜を連れて走っていた。

「一体何人いるんだ……」

僅かに後ろを振り向く千鳥の目に映ったのは、黒い群れ。忍たちが追いかけてきている。

つい先ほどまでは戦っていたのだが、すぐに囲まれてしまうためにとりあえず引き離すことにしたのだ。

だが、相手もさすが忍である。一人も遅れることなく着いてくる。

「千鳥様、どうするの?」

「やられちゃうよ」

蘇芳と桜は首を傾げて尋ねる。

「どうすると言われても……」

「銀様の幻術は?」

銀は軽く舌打ちをする。

「こんなザコ相手にそこまでしたくねぇけど、この際仕方ねぇか」

銀は立ち止まると忍たちを振り向いた。スッと目を閉じれば体が銀色に光りだす。狐に変化した。そして軽やかにトンと跳ねるや忍たちの間をすり抜ける。

忍たちは、はたと立ち止まり急に何かに怯えだした。

その隙に銀は体術で敵を仕留めていく。

千鳥も応援に回ろうとしたが、異変に気づいた。

忍たちは確かに幻術にかかっているのだが、それはごく僅かな忍たちだけだった。残りの大勢は、銀の幻術などまるでなかったかのようにまっすぐこちらへ向かってくる。

「効いてないのか!?」

千鳥が驚いていると銀が叫んだ。

「何やってんだ千鳥! いいから逃げろ!」

千鳥は蘇芳と桜を連れて走る。その時、二人がこけた。

「あっ!」

千鳥が慌てて助け起こそうと振り向いた時、敵はもう目の前だった。

二人をかばう様に立ち、忍刀を抜いて迎え撃とうとする。

千鳥は、いくら忍といえど戦った経験はまだまだ浅い。この数相手に一人で戦うというのは捨て身の技であった。しかし逃げてやられるくらいなら僅かな希望にかけて戦う方がマシだ。

忍が手裏剣を構える。

千鳥は忍刀を握り締めた。

その時だった。

ふわり、と体が浮く。

「!?」

気づけば蘇芳と桜と一緒に銀の所にいた。

その時銀が叫ぶ。

「よっしゃぁ、丁度いい時に来たな!」

影だった。

千鳥たちを抱えて敵の頭上を飛び越えたのだ。

「影!?」

下ろされた蘇芳たちは飛び跳ねる。

「影様ありがとー!」

「影様かっこいー!」

千鳥も下ろされ、影を見た。

「ありがとう。助かった。無事に蘇芳と桜の連絡が行ったんだな」

彼はコクリと頷いた。

その時千鳥は思わず微笑んだ。

「影、私は影と会話ができて嬉しいぞ」

彼は眉を潜めて千鳥を見る。

しかし千鳥は更に嬉しそうに笑う。

「影はこの前まで何を聞いても、何を言っても無視していたではないか」

影はジッと黙って千鳥を見つめていたが、そこへ銀が割り込んできた。

「今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろーが。ほら、奴ら今度はこっちに向かってきたぜ」

影は敵を見据える。

すると蘇芳と桜が口々に説明した。

「あのねー。銀様の幻術が全然効かないの」

「効いてた人は銀様がやっつけたんだけどねー。あの人たちまっすぐ桜たちの所に来たんだよ」

「いったいどういうことなのだろうか……」

銀が悪態をつく。

「こっちが聞きてぇよ。俺のプライドズタズタにしやがって」

その時、蘇芳と桜が叫んだ。

「あ、後ろ!」

「来ちゃったよ!」

振り向くと新たな忍たちがクナイや手裏剣を手にこちらへ向かっていた。

「挟まれたか……」

「くそっ、どうすれば……」

すると一つの声が響いた。

「惑わされるな」

ハッと上を見上げると、そこには一羽の烏がいた。

「閻魔様だ!」

「閻魔様だ!」

「閻魔、惑わされるなとは一体どういう意味だ」

千鳥の問いに、閻魔は目前の敵を見下ろした。

「全てを心で見ろ」

「え?」

瞬間、閻魔は人の姿になって千鳥たちの前に着地した。

彼の足元から、突風が吹き起こる。

それは前後に勢いよく流れ、舞い散る黒い羽と共に忍たちを飲み込むように通り過ぎた。

あまりの風の強さに、皆は目を瞑った。

次に開いた時には、あれほどいた忍たちは皆いなくなっていた。

「どういうことだ……?」

閻魔は千鳥たちを振り向かずに言った。

「あれは全て幻だ」

「なんだって?」

「そうか。だから銀の幻術が効かなかったのか」

「じゃあ、幻だから閻魔様は倒していいって言ったの?」

閻魔は頷いた。

「銀の幻術が効いていた者も、全て幻。お前たちが初めて忍に襲われた時から、奴らは全て幻覚だった」

「そんなわけねぇだろ。倒した感触も、確かにあったし、幻に幻術なんか効くわけねぇ」

銀の反論に、閻魔は冷静に答えた。

「それほどの術者が、今回の件の犯人だということだ」

「まさか……」

その時、閻魔は振り向いた。そして、廊下の先を睨む。

「恐らく、あいつだろう」

皆は閻魔の視線の先を追った。

そこには、千鳥たちが泊まっている城の城主がいた。

「あなたは……」

城主は流れるようにこちらへ向かってきた。そして皆の体をすり抜ける。

瞬間、もうそこは城の中ではなかった。

どこか別の建物の中のようである。

「ここは……」

石畳に石造りの壁。壁の上の方で、石のはめ込まれていない所からは日の光が差し込んでいた。

とはいえ、先ほどの城よりずいぶん薄暗い。

城主は小さく口を開いた。

「ここは、神の家」

「神の家?」

城主はわずかに目を細めた。

「『神』という言葉を口にしても、まだわからぬか」

その瞬間、銀は目を見開き、影は城主を睨む。

それを見逃さなかった城主は薄笑いを浮かべて深く俯いた。

銀は冷や汗が出てくるのを感じながら言った。

「お前……まさか」

城主は顔を上げる。その顔は、今までの顔とはずいぶん変わっていた。子供のように見えるが、同時に大人のようにも見える不思議な顔である。

「やっぱりな」

千鳥は銀を見た。

「知っているのか?」

銀はハッと息を吐く。

「知ってるもなにも、あいつが俺やイズミや影と契約を交わした『神』だ」

「なんだと!?」

すると神は千鳥たちからわずかに視線をずらす。

そこへ現れたのは氷雨だった。

その手は、血だらけになってぐったりしているイズミの髪を掴んでいる。

「イズミ!」

叫んで近寄ろうとするが氷雨が声を荒げる。

「もう遅い。こいつは助からない」

「なんだと……」

「死は刻々と近づいている」

「そんな……」

神は静かに口を開いた。

「氷雨、戻れ」

すると彼はイズミから手を放して神の側へ行った。

続いて神はまっすぐ手を差し出す。

「蘇芳、桜。戻れ」

その言葉に皆は驚いた。

二人を振り向き、銀は目を見開いて呟く。

「まさか……この前言っていた、お前らを作り出した神ってのはやっぱり」

神は無表情で言った。

「蘇芳と桜は神が作り出した」

「なるほどな」

銀は鼻を鳴らした。

「蘇芳と桜をサポーターにしてあの城に行くように仕向けさせたのも、忍に俺たちを襲うように命令したのも、お前だったってわけか」

「つまり、最初から狙いは私たちだったということか」

神は透き通る声で言った。

「それは違う」

そして千鳥をスッと見据える。

「神は、罪なきお前を狙っていたわけではない」

「だから忍たちは皆私を狙わなかったのか」

千鳥は神を睨んだ。

「何故お前は影たちを狙う」

しかし神は千鳥を無視して、蘇芳と桜に言った。

「任務は終わった。二人とも戻れ」

すると二人は繋いでいる手を挙げる。

蘇芳が明るい声で、

「はぁーい」

二人はトコトコと歩いていき、イズミの前に立った。

桜が明るい声で、

「お薬一つ作りまぁす」

そして蘇芳が赤色のカバンを、桜がピンク色のカバンを探る。

二人はそれぞれ一枚の葉っぱを取り出した。

顔を見合わせてニコリ、と笑い合うと、声を揃えた。

「そーれっ!」

そして葉っぱを持ったお互いの手の平を頭上で、パン、と合わせる。

小さな手の中で、合わさった葉が金色に光りだした。

二人はイズミの脇にしゃがむとニッコリ笑った。

「イズミ様が」

「元気になりますよーに」

おまじないでもするかのように言うと、一枚になった光る葉をイズミの左胸に押し当てた。それはゆっくりと体の中へ沈んでいく。

一瞬、苦痛に顔を歪めたイズミは薄っすらと瞳を開ける。

「イズミ!」

千鳥が駆け寄った。

「イズミ、無事か?大丈夫か?」

飛びつきたい勢いだったが、イズミと神との契約の話を思い出し、ギリギリの所で思いとどまった。

イズミは周囲を見回すと苦笑した。

「なんか、死んだと思ったのになぁ……。蘇芳ちゃんと桜ちゃんが助けてくれたの?」

二人はそろって頷いた。

「ありがとう」

二人は屈託のない笑顔を浮かべる。

「蘇芳と桜はね」

「イズミ様が大好きなの」

そして千鳥を見る。

「千鳥様も影様も」

「銀様も閻魔様もみーんな大好きなの」

千鳥は二人の頭を優しく撫でてやった。

するとよく通る声が響いた。

「蘇芳、桜」

神である。

「戻れ」

二人は神を見上げると手を上げる。

「はぁーい」

「はぁーい」

そして小走りで神の所まで向かう。

その時、千鳥は嫌な予感がした。敵であるイズミを助けた彼女たちは、神にとって罪人にはならないのだろうか。

もしそうならば、罪人には無慈悲なこの神のこと。ただでは済まない気がする。

「蘇芳、桜」

千鳥は思わず二人を呼び止めた。

二人は振り向く。丁度、千鳥と神の間の距離が半分の所である。

「これからも、私たちのサポーターになってはくれないか」

二人はキョトンとしている。

「私も、蘇芳と桜が大好きなんだ」

彼女たちに、笑顔が広がる。

「うん!」

「ずっとサポーターする!」

その時、神が二人の名を呼んだ。

蘇芳と桜は神を振り向く。

神は、二人に向かって真っ直ぐ腕を上げた。静かに口を開く。

「お前たちは神の命令を破った」

するとついさっきまで神の傍にいた氷雨が、突然蘇芳と桜の前に現れた。

神は無表情で言葉を続ける。

「その罪は重い」

その時、千鳥たちに嫌な予感が走った。

氷雨が太刀を抜く。

神は静かな声で言った。

「死を以って償え」

「やめろぉ!」

千鳥が叫んでクナイを投げた。

しかし、氷雨の太刀の方が先だった。

ヒュ、と音を立てて空を斬る。

そのまま、二人の繋がれている手を両断した。

そのすぐ後に千鳥のクナイが氷雨に届いた。

だが、氷雨は右手の人差し指と中指でそれを挟んで受け止める。

不気味に、ニヤリと笑う。

その傍らで蘇芳と桜はそれぞれ左右に離れた。

何故か、手は斬られていない。

しかし、今まで決して離れることのなかった二人の手は、空を掴んでいた。

そのまま二人は冷たい床に倒れた。

桜は、動かない。

目を見開いたまま倒れている。

蘇芳は倒れたまま必死に桜に手を伸ばす。

無造作に床に放り出されたその手を掴もうと。

涙を流しながら名を呼ぶ。

「さ……くら……」

蘇芳の顔は悲しみにゆがんでいる。

「さく……ら」

彼女の声は徐々に弱まってきた。

「さ……く……」

千鳥は慌てて二人に駆け寄る。

「蘇芳! しっかりしろ!」

しかし、彼女はもう動かなかった。悲しそうな顔をしたまま、ちっとも動かない。

「蘇芳……」

千鳥はふと蘇芳の伸ばした手の先を見た。彼女の指先から一寸ほど先に、桜の手がある。

「……くそっ」

千鳥は目の前に立つ氷雨を睨んだ。

「貴様っ!」

飛び掛ろうとしたが、動けなかった。

「なっ……」

この感覚。

知っている。

以前崖から落ちそうになって、よじ登ろうとした時に指先一本動かせなかったあの感覚と同じであった。

あの時、動きを封じたのは氷雨だったのか。

すると神が静かに口を開く。

「氷雨、戻れ」

「御意」

彼は次の瞬間には神の横に立っていた。

それと同時に千鳥の体も自由になる。千鳥は立ち上がって神を睨んだ。

その視線をかわして神は銀を見据える。

「次はお前だ」

キラリと光る金の双眸。そこからいかに彼が本気であるかが伺えた。

しかし銀は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「俺は生死の輪から外れたんだ。死ぬことなんかねぇよ。それをどうやって裁くっていうんだ」

神は相変わらず無表情だ。

「愚かな」

「なんだと?」

神は僅かに目を細める。

「神を侮るな」

次の瞬間、彼は波のように迫ってきた。

避ける暇なく、神は銀の体をすり抜ける。内臓をえぐられたような感覚が走った。

「かはっ……」

その場にうずくまる銀を見下ろす。

「お前が百日夢幻をかけて神を騙したことなどとうに気づいている」

呼吸を乱しながら、銀は神を睨む。

「なんだと……」

神は淡々と続けた。

「神は不老を与えた代わりにお前の右目の、不死を与えた代わりにお前の左目の光をもらった。しかしお前は左目の光を渡さなかった。ゆえにここに神との契約は成立しない。お前が得たものは不老の力だけで、不死の力はない」

その目は、冷たい。まるで全てを一瞬にして凍らせてしまえるほどの力を持っていた。

「お前は生と死の輪から外れたのではない。輪の中で立ち止まっているだけにすぎぬ」

銀はハッと笑う。

「百日夢幻が解け、俺が騙したことに気づいたから不死の力を取り返したってわけか。思いもしなかったぜ」

「神をたばかった罪は重し。覚悟せよ」

銀は立ち上がって間合いを取った。

「やーだね。俺は一度お前を騙せてるんだ。こうなりゃトコトン騙してやるぜ」

そして光を発する。それは徐々に強くなってきた。

「今度はもっと強い百日夢幻をかけてやる。それこそ、絶対解けないようなな」

銀は狐に変化した。

神は冷ややかな表情で、小さく呟く。

「愚かな」

トン、と跳ねて銀狐は走り出した。

神は右手を真っ直ぐ伸ばす。

「我が裁きにかけられ、その罰を受け、そして罪の重きを知るがいい」

神の右手から、黒い何かの塊が飛び出した。それは鼓膜を破るほどの甲高い、不気味な悲鳴を上げている。

その黒い塊が銀の体をすり抜けた瞬間、

「うああああああああ!!!」

銀が叫んだ。人の姿で床に転がる。叫びながら、苦しそうにもがいている。

「何をした!」

千鳥が神を睨むが、神は平然と言った。

「罰を与えた。いずれ死に至る」

「貴様っ!」

千鳥が襲い掛かろうとすると、突然肩を掴まれた。

影である。

「……影」

影は神と向かい合うと、その俊足で神に襲い掛かった。

後ろに回り込む。

それを神は間一髪で避けると、攻撃を仕掛けた。

だが、影もそれをギリギリのところでかわす。

それがしばらく続くうちに、イズミはポツリと呟いた。

「二人とも速すぎるよ。見えなくなっちゃった……」

そして千鳥の方を向く。

「やっぱり、千鳥ちゃんには流れているように見えるの?」

千鳥は頷いた。

「影も神も、速さは互角のようだ。これなら勝てるかもしれない」

「……どうかなぁ」

「え?」

イズミを見上げると、彼は困ったような顔をしている。

「何故だ? イズミもこの前、影は負けるわけないって言っていたではないか」

「うん。影さんは絶対誰にも負けないよ。神様以外にはね」

「どういう意味だ?」

「影さんが神様からもらったのは、『神様と等しい強さ』なんだよ」

「え?」

「千鳥ちゃんは罪人じゃないから教えてもらってないんだろうけど、僕たちシノビの仲間は、お互いがどんな罪を犯したのかを知っていなきゃならないんだ。それが決まりなんだ。影さんは喋れないから、影さんの罪については閻魔さんから聞いたことなんだけどね」

「神と等しい強さ……」

千鳥はハッとして二人を目で追った。

「ということは……」

隣でイズミが頷く。

「影さんと神様の強さは同じってこと。これじゃあ勝負はつかないんじゃないかなぁ」

確かに、二人ともさっきから攻撃が一つも当たらない。これでは埒が明かない。

千鳥は閻魔を振り向いた。

「閻魔、どうすればいい。何とかしてくれ。このままでは……」

だが閻魔はその質問には答えてくれなかった。

逆に千鳥に問いかける。

「お前は、あの二人の動きが見極められるのか?」

こんな時に何を聞いているのか、と思ったが千鳥は頷いた。

「……私には、速いどころかむしろゆっくり流れているように見える」

その答えを聞くなり、閻魔は険しい表情をして、目の前で戦っている二人を見やる。

「そうか」

「それがどうしたというのだ?」

しかし閻魔はもう何も答えなかった。

その時、神がふと動きを止めて影から離れる。

影も足を止めて神を睨んだ。その瞳から警戒心は消えていない。隙あらばいつでも襲い掛かる準備はできていた。

しかし、神は攻撃する気はないようで、静かに口を開いた。

「お前は、何を悲しんでいる」

影は眉を潜める。

「何を恐れている」

無表情で、静かに影を見つめた。

「お前の悲しみを、恐れを、全てを取り払ってやろう。神を前にして何も願わぬなど愚かなことよ」

イズミは嫌な予感がした。

神は両手を広げる。

その瞬間、影は大きく目を見開いた。何かに取り付かれたかのように、遠くを見ている。

「神と等しき力を求めた黒き影よ」

神はゆっくりと近づき、影の口を覆う黒い布を静かに下ろす。そしてそっと彼の頬に触れた。

「今度は何を求める」

影は口を開いた。舌に黒く描かれた何かの印が見える。

途端、イズミが叫んだ。

「影さん! 喋っちゃだめだ!」

長く使われなかった声帯が、小さく震えた。

「――アスカ――」

神が、笑った。

その瞬間、景色が一変した。

屋内にいたはずなのに何故か森の中に立っていた。

「ここは……」

千鳥が周囲を見回すと、イズミが静かに言った。

「影さんの記憶の中だよ」

「記憶の中?」

イズミは悲しそうな顔をしていた。

「影さんが、戻って来ないかもしれないねぇ……」

「何故」

閻魔が低い声で言った。

「ここは、影が神から力を得て、言葉を禁じられた時の記憶だ。だが影は神から得たものを満足していない。別のモノを求めている。それがここにある」

「そして、影さんがそれを得たいと強く神に願った時、影さんはきっともう戻って来れない」

「それはもしかして……」

千鳥は先ほど初めて聞いた影の、かすれた声で呟かれた言葉を思い出していた。


―――アスカ―――


イズミは目を細めた。

「影さんの、恋人だった人だよ」

すると突然、大きな声が聞こえた。

「ざまぁねぇぜ!」

皆は顔を上げた。

そこに、たくさんの男が立っている。血に濡れた刀を持ち、不敵の笑みを浮かべていた。

その前には、血まみれの男が倒れていた。

影である。

その近くには、一人の女が泣きながら数人の男に腕や肩を掴まれている。

「あの人が……」

千鳥が呟く。

その時、何かに引きずり込まれる感覚を覚えた。

「なんだ?」

閻魔は落ち着いたように周囲を見回す。

「神が現実の世界へ我らを引き戻している」

「待て、影はどうするんだ? このままでは影は」

血まみれで倒れている影へ向かって走り出そうとした千鳥を、イズミが止める。

「ダメだよ千鳥ちゃん! そんなことしたらどうなるかわからないよ」

「ならば影を見捨てろというのか?」

「違うよ。でも今は」

「放せ! 影を連れて帰らなければ……」

その瞬間、強風が吹き荒れた。

強すぎる風に、目も開けていられなかったが、影の記憶がどんどん遠のいていくのがわかった。

ハッと気づけば現実世界に戻されていた。

振り返ると影が倒れている。

その少し先には銀が。

さらにその反対側に蘇芳と桜。

皆、ピクリとも動かない。

「……くそ!」

力いっぱい拳を握り締める。

その時、神の声が聞こえた。

「最後はお前だ」

皆は一斉に神へと顔を向けた。

「先ほどのようにはいかぬ」

イズミが歩き出そうとすると、その背に千鳥がしがみついた。

「……千鳥ちゃん?」

「行くな。殺されてしまう」

「でもね、これは僕たちがやったことなんだ。だから僕たちが全部片付けなきゃいけないんだよ」

「でも……」

イズミは穏やかに笑う。

「ありがとう。千鳥ちゃんは優しいね」

そして静かに歩き出した。

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