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SHINOBI  作者: 那津
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共に生きる者



千鳥たちはシノビから近くにある谷へ来ていた。

「落ちないように気をつけてねぇ」

先頭を行くイズミが微笑みながら振り返る。

蘇芳と桜は互いの手をしっかり握って着いてきていた。

その後ろで、銀がため息をつく。

「それにしても、今回の任務が密偵だけなんてつまんねぇな」

「まぁ、そう言わないでさ。戦いには不向きな蘇芳ちゃんと桜ちゃんもいるんだから危険な仕事じゃなくてよかったんじゃない?」

今回総司令官から下された任務は、密偵であった。

最近、イズミ達が謎の忍者集団に襲われていることを受けて、その謎を解明する手がかりを集めてくるよう命令が出たのだ。

「しかしなんで襲われている張本人の俺たちが密偵なんだよ。普通もっと別の奴らが行く方がやりやすいだろ」

イズミは苦笑した。

「総司令官様は厳しい人だからねぇ。僕たちのことは僕たちが解決しなさいってことじゃないのかな」

不機嫌そうに舌打ちする銀の後ろで、千鳥はイズミに声をかける。

「目指している場所は確か、この谷を越えた先にある森の中の城だったが、それは間違いないのか」

「間違いないよ」

蘇芳はニコニコ笑っている。

「だって蘇芳と桜がちゃんと情報集めしたもん」

桜も頷いた。

「イズミ様達を襲った忍者がそこに入ったっていう目撃情報があったもん」

「へぇ、さすが情報屋だな」

「頼りになるよね」

するとふと千鳥は周囲を見回した。

「そう言えばこの場所……」

「どうしたの? 千鳥ちゃん」

「そうだ。この前の夜、影がいた所だ」

千鳥は影を振り向いた。

「影、一体ここで何を見ていた?」

しかし彼は何も返さない。それどころかこちらを見ようともしない。

千鳥は谷底を覗き込んでみた。

今は明るいから、はっきり見える。川が流れている他には、何もない。

「一体何がいたんだ?」

千鳥が影に問いかけたとき、彼は黒い瞳を光らせた。そしてジッと一点を見つめている。

「あれ?また何か来た?」

銀はベルトに提げてあるクナイに手をかけた。

「なんでもいいぜ。やりごたえのある奴ならな」

すると突然、今までそこにあった大きな岩がグラリと動いた。皆が驚く間もなく、それは飛ぶようにこちらへ向かってくる。

「避けろ!」

銀が叫ぶや、影とイズミは地を蹴った。

千鳥は慌てて蘇芳と桜を突き飛ばしたが、自分が逃げ遅れてしまった。

「千鳥!」

目の前に岩が迫る。

後ろへ逃げようとした千鳥は足を踏み外してしまった。

「……っ!」

右手で断崖の突き出た部分を掴み、何とか落下は免れた。

岩はそのまま川へ落ちていく。

這い上がろうとするが、何故か体が動かない。

「どうなっているんだ!?」

とりあえず引き上げてもらおうとイズミたちを呼んだ。

しかし、返答がない。

「……イズミ、銀、影!」

すると返ってきたのは知らない声だった。

「覚悟しろ!」

どうやら、また忍が現れたらしい。

イズミたちは戦っているようだ。だが彼らならすぐにでも戦いを終えて助けてくれるだろう、と千鳥はとりあえずそのまま待つことにした。

姿は見えないが、知らない男達の叫び声が状況を知らせている。

やがて、イズミがスッと顔をのぞかせた。

「千鳥ちゃん、大丈夫?」

「ああ。だが、体が動かなくて這い上がれない。引っ張ってくれないか?」

するとイズミは笑いながらも困ったような顔になった。

「うーん……」

「どうした?」

「それは困ったなぁ」

「イズミ?」

するとイズミはニコ、と笑うと崖を掴んでいる千鳥の右手の上に自分の左足を軽く乗せた。

「何を……」

「ごめんね。だけど大丈夫だよ。影さんが助けてくれるから」

「待て、一体」

その瞬間、イズミは千鳥の手を踏んだ。

「っ!」

千鳥は手を放した。

そのまま彼女は川へと真っ逆さまに落ちていった。

死ぬか。

そう思った時だった。

落下が止まった。

「!?」

ふと、そこに影の顔があった。

「影!?」

彼は千鳥を抱えて、先ほどの岩の上に立っていた。

「……助けてくれたのか?」

影は無言で千鳥を地へ下ろしてやる。

「すまない」

しかし彼は千鳥を見もせずに黙々と歩き出した。

千鳥は慌てて彼についていく。

「影、一体何が起こったんだ? さっきまで上にいたのにどうして谷底にいるんだ?」

「―――」

「銀や蘇芳や桜は無事なのか? どうしてイズミは私を落としたのだ?」

その後も千鳥は影に質問をし続けたが、沈黙が破られることは決してなかった。

やがて千鳥も何も喋らなくなった。影に聞いたところで返ってくる言葉は何もない。この人は本当に喋らない人なのだ、と改めて悟ったのだ。

千鳥は小さくため息をついた。

「わけがわからない……。何がどうなっている」

すると影がピタリと立ち止まり、崖を見上げた。そしてトン、と地を蹴る。

突起に右足をかけたかと思うとすぐにまた飛び上がる。そうやってこのような険しい崖も難なく飛び上がっていく彼の姿に見とれていると、影はどんどん小さくなった。

我に返った千鳥は急いで彼を追った。崖の上までたどり着くと、そこに銀と蘇芳と桜がいた。

「あ! 影様と千鳥様だ!」

「帰ってきた!」

「千鳥、大丈夫か!?」

「ああ、影が助けてくれた。それよりどうなっているのだ? わけがわからない」

「こっちが聞きてぇよ。あの岩が俺達を襲った後、また忍者が現れたんだけどよ、気づいたら俺と蘇芳と桜がここにいたんだ」

「なんだと?」

「影も下から上ってきたってことは、気づいたら崖の下にいたんだろ?」

影は何も反応を示さない。

だが気にせず銀は続ける。

「それで、忍も数人ここにいたから一応倒したんだけど……。千鳥の方では何があったんだ?」

「体が動かなかったんだ」

「え?」

「崖から這い上がろうとしたんだが、何故か指一本動かせなかった。だが声で忍が襲ってきたことはわかったんだ。だから倒し終わってから引き上げてもらおうと思って待っていたら、イズミが顔をのぞかせて、崖を掴んでいる手を踏んだんだ」

蘇芳は首を傾げた。

「どうして?」

桜も不思議がっている。

「どうしてそんなことしたの?」

千鳥は首を横に振る。

「わからない。……それで落ちたんだが、影が助けてくれた。一体どういうことなんだ」

答えを求めようと銀を見た。しかし彼は困ったような顔をして頭をかいている。

「まぁ、あいつには無理だな」

「どういうことだ?」

「あいつは―――」

「やっと見つけた。皆揃って無事みたいだね。よかったよかった」

明るい声が聞こえて振り向けば、イズミが立っていた。

「イズミ」

「イズミ様も怪我なーい?」

蘇芳が問いかけると桜も首を傾げる。

「だいじょーぶ?」

イズミはにこやかに答える。

「うん。怪我なーい、だいじょーぶ」

千鳥は真っ直ぐと彼の目を見た。

「イズミ……」

すると彼は微笑んだ。

「さっきはごめんね、千鳥ちゃん。でも、影さんがちゃんと助けてくれたみたいだね。影さん、ありがとう」

影は頷きもせずに歩き出した。

イズミは四人を振り向く。

「皆問題ないみたいだから、行こうか。任務続行しないと総司令官様に怒られちゃうよ」

「ああ……」

皆は再び目的地へ向かって進みだした。

途中、銀がイズミに尋ねた。

「イズミ、さっきのこと、どう思う?」

「どうって?」

「不思議じゃねぇか?岩が突然襲ってきたり、気づいたら別の場所にいたり」

「そうだねぇ。僕も皆が消えた時はびっくりしたよ。でも、これは今に始まったことじゃないかもしれないよ」

「どういう意味だ?」

「岩と言えばほら、前にも僕たち襲われたでしょ?」

「ああ……。空から落ちてきたやつだろ」

「誰かが故意に僕たちを消そうとしているのかなぁ?」

すると二人の後ろを歩いていた千鳥が口を開いた。

「不思議なことと言えば、もうひとつあるのだが……」

「なんだ?」

千鳥は振り向いてきた銀を見る。

「どうして忍は私を狙わないのだ?」

「え?」

首を傾げる銀の隣でイズミは空に視線をやった。

「そういえばそうだねぇ。最初に僕たちが襲われた時も千鳥ちゃんだけは狙われなかったし、今日なんか崖から落ちかけて何もできないでいるんだから倒すのに絶好のチャンスなのに、見向きもしてなかった」

すると蘇芳が左手を上げた。

「蘇芳も狙われなかったよ!」

桜は右手を上げる。

「桜も!」

「ということは……」

イズミは翡翠の瞳を光らせた。

「僕と銀くんと影さんの三人だけが、狙いらしいね」

そしてまたいつものようにニコニコ笑う。

「でも、任務を成功させれば何かわかるかもしれないね」

そのまましばらく歩き、谷を抜けた。

そこで千鳥たちは、蘇芳と桜のために休憩をとることにした。岩の上に腰掛け、持ってきていたおにぎりを二人に渡す。

彼女たちはおいしそうにそれをほお張る。その間もずっと、手を握ったままだ。

ふと千鳥は首を傾げた。

「二人はどうしてずっと手を握っているのだ? 仲が良いのはわかるが、食事の時ぐらい離さないのか?」

すると銀もその話に入ってくる。

「……そういえばお前ら、俺たちと会ってから一度も手離してねぇんじゃねぇか?」

蘇芳はおにぎりを飲み込むとニッコリ笑った。

「蘇芳と桜はね、仲が良いだけじゃないんだよ」

桜もまた、蘇芳と同じように笑う。

「桜と蘇芳はね、二人で一人なんだよ」

「……どういうことだ?」

「あのね、蘇芳は桜が欠けたらダメなの」

「だからね、桜も蘇芳が欠けたらダメなの」

「ダメって、どういうことだ?」

「蘇芳と桜は、一緒じゃないと生きていけないの」

「なんだと?」

「もし手を離しちゃったら、二人とも死んじゃうんだよ」

「……」

皆はわけがわからないらしく、キョトンとしている。しかし二人はニッコリ笑う。

「蘇芳と桜はね、人じゃないの」

「神様に創られた存在なんだよ」

「どういう……」

「あのね、桜には、『心』がないんだよ」

「え?」

「桜の『心』は、蘇芳の『心』と一緒に、蘇芳の中にあるの」

「……」

「だから、いつも手を繋いでいるんだよ」

「そうしないと、桜は考えることも息をすることもできないの」

イズミは首を傾げた。

「蘇芳ちゃんたちの言う、『心』っていうのは何なの?」

「悲しんだり、喜んだり、考えたり、息をしたり、目を閉じたり、何かを思ったりするところだよ」

「つまり、人間で言う『脳』と同じ働きということか?」

「そうなの」

「だが、お前らさっき手を離したら二人とも死ぬって言ったじゃねぇか。さっきの話だと桜だけ死ぬってことになるぞ」

「あのね、桜が死んじゃったら、蘇芳はすっごく悲しいの」

「……それで?」

「悲しくて、悲しくて、だから蘇芳も死んじゃうの」

「神様は桜と蘇芳をそういうふうに創ったの」

「その、神様っていうのは誰なんだ?」

二人は声を揃えた。

「内緒だよ」

「え?」

「言っちゃだめだって神様に言われたの」

二人は同時に岩から勢いよく飛び降りた。

「蘇芳復活!」

「桜も復活!」

そして千鳥の手を引いた。

「行こう!」

「あ、ちょっと」

千鳥は引っ張れるがままについていった。

その様子を笑いながら見ていたイズミはゆっくりと立ち上がった。そして影の方を見る。

「ねぇ、影さん。ちょっとひっかからない?」

影は遠ざかる蘇芳と桜をジッと見ていた。

「気になってるんでしょ?蘇芳ちゃんと桜ちゃんの言う『神様』の存在が」

影は僅かに目を細めた。

すると銀も立ち上がった。

「だよな。嫌な思い出が蘇ってくるぜ」

「そうだよねぇ」

イズミは黒い布を巻いた両手を見た。

「何か、こわぁいことが起こりそうな感じだね」

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