表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SHINOBI  作者: 那津
1/10

忍ぶ者たち




月を背に、一人の男が崖から谷底を見下ろしていた。

黒い服に、肩から足首まである長いマントを羽織っている。漆黒の短い髪に、漆黒の瞳。その黒さゆえに、彼は『影』と呼ばれていた。

「影、何をしている」

小柄な女が一人、彼の後ろに立った。

「―――」

影は、顔の下半分を覆う黒い布の下で、長い間沈黙を守っている。女はそれを知っていた。だが、それでも聞かずにはいられないほど、彼の行動が奇妙に思えたのだ。こんな夜中に、何も見えない谷底を見下ろして何をしているのか。

「何かいるのか」

女は影の横から首を伸ばす。しかし、一尺ほど先はもう闇でやはり何も見えない。

女は影を見る。黒く、しかし強い光を携えたその双眸は、真っ直ぐと何かを捉えていた。

闇の先にある、彼にしか見えていない何かを。






「へぇ、どこ行ったのかと思ったら影のやつ、昨日そんなことしてたのか」

右目に黒い布で眼帯をしている少年は、椅子の上であぐらをかいて女を見た。

女は静かに頷いた。

「一体何をしていたのか……」

少年は肩を竦める。

「さぁな。あいつ何考えてるのか想像もつかねぇよな」

「だけど、影さんが奇妙な行動を取った時は必ず、何かが起こるよねぇ」

女と少年は本棚の前に目を向ける。本を開けて立っている男が顔をこちらへ向けて笑っていた。黒い布を両腕から指先まで、包帯のように巻いている男だ。

「何かが起こる……とはどういうことだ?イズミ」

本棚の前の男、イズミに女は首を傾げた。

「あーそっか。千鳥ちゃんは最近入ったばかりだから知らないんだ」

イズミは本をパタンと閉じて本棚へもどす。

「あれはいつだったかなぁ?影さんがいきなり空を見上げたんだ。僕たちには何も見えなかったんだけど、影さんだけには何かが見えていたみたいで、じっと一点を見据えていたんだ。そうしたらね、落ちてきたんだよ」

「何が?」

千鳥が首を傾げれば、少年が答えた。

「でっけぇ岩が」

「岩……?」

イズミが頷く。

「そう。大きな大きな岩がね、空から落ちてきたんだよ。僕たち目掛けて。幸いにも影さんの異変に銀くんが気づいてくれたから助かったんだけどね。あの時はありがとう、銀くん」

眼帯の少年は口を尖らせた。

「けどよー。影気づいてたんだろ?岩が落ちてくること。だったら俺らに知らせてくれてもいいのに何も言わなかったよな」

イズミはニコニコ笑う。

「しょうがないよ。影さんは沈黙を守っているんだから」

「そういえば、影が喋っているところをきいたことがない……。何故影は沈黙を守っているのだ?」

イズミは千鳥の方を見る。

その曇りのない笑顔は決して崩れない。

「内緒」

「え?」

「内緒だよ。千鳥ちゃんには教えない」

「なぜだ?」

「そのうち、わかるよ。全てがね」

イズミは少しだけその目を開いた。翡翠色をした綺麗な瞳だった。

彼は口の形だけは崩さずに、よく透き通る声で言った。

「そう、全てがわかるよ」




泰平暦、1654年。

古くから密偵や暗殺を専業として雇われていた忍が、ここヒノモト国から消滅した。

暗殺を恐れる国の主権者たちが、忍狩りを国中で行ったのだ。徹底的な大弾圧の結果、小さなヒノモト国からはわずか二年余りで何万といた忍は全滅。

忍狩りの主導者たちは安堵のため息をついた。これで安心して日々を送ることができる。我々の暗殺を企むものがいても、それを今までのように完璧に実行できる者はいないのだから。

しかし、それは彼らの思い違いであった。忍の生き残りがいたのだ。彼らのほとんどは、忍をやめ普通の農民生活を送る者もいた。しかし、僅かながら忍としてその人生を生き抜く者は、歴史の表舞台からは消えてもひっそりと裏の世界で生きている。再び弾圧されるのを避けるために、息を殺して闇に潜んでいた。かつての忍の仕事である、密偵・暗殺主体の傭兵となりながら。

誰かが暗殺されたとしても忍としてい生きる者たちがあまりにも少ないために、人々は誰一人として忍がまだ存在していることを疑わなかった。

ある日、千鳥は己も忍として生き抜く為に、傭兵部隊『シノビ』の本部に入った。

ここでは小部隊を編成して仕事を行う。

千鳥の部隊には既に三人の男がいた。

影、イズミ、銀である。

『シノビ』では、そこに所属すると決まった瞬間から自分の名を捨てる。

そして小部隊内で決めたコードネームを使うのが決まりである。

「新しくここに所属することになりました。よろしくお願いします」

三人の男は、それぞれどこかに必ず黒い布で体の一部を隠していた。

目の下から顔半分を隠す男はちらりとこちらを一瞥しただけで、何も言わない。

眼帯をしている少年は「おう」と手を上げただけだった。

そして、黒い布で包帯のように両手から肩までを巻いている男はニコニコ笑いながら近づいてきた。左の泣きボクロと、肩ぐらいまである長いクセ毛が特徴的である。

彼は千鳥の前まで来ると小首を傾げる。

「あれ?確か女の子が来るって聞いたんだけどなぁ……」

キリッとした顔に、長めの髪を一つにまとめているせいか、男に見えたのだろう。

「あ、一応……女です」

男は目を見開いたあと、苦笑しながら謝った。

「あれ、そうなの?ごめんね」

「いえ、よく言われますから」

すると男は柔らかく微笑んでから自己紹介を始めた。

「僕はイズミ。あっちの子が銀くんで、そっちが影さん」

「私は……」

名乗ろうとすると、男は唇に指を当てた。

「ダメだよ。自分の名前を口にしちゃ」

「え?」

「『シノビ』に入った瞬間から、僕たちは名前を捨てなきゃいけないんだ」

「じゃあどうすれば……」

「コードネームだよ。イズミっていうのも、ただの呼び名にしかすぎないんだ。ただ、お互いに呼び合う為だけの名前なんだよ」

「それなら本名でもいいのでは?」

「それがだめだなんだよねぇ」

「どうしてですか?」

すると銀が言った。

「理由は知らねぇよ。この『シノビ』の総司令官が言ってることだからな」

「総司令官……」

「一番偉い人だよ。まぁ、死ぬまでに会えるか会えないか、それぐらい滅多に僕たちの前に姿は現さないよ」

するとイズミは手を合わせた。

「それじゃあ、君の呼び名を決めようか」

そして間髪入れずに言った。

「じゃあ、君は今日から『千鳥』ちゃんだね」

「何故ですか?」

「単純だよ。君はさっきこの部屋に入ってくるとき躓いてよろけたでしょ?その様子が千鳥足っぽかったからね。呼び名なんて深く考える必要なんてないんだから、皆こんなもんだよ」

「はぁ……」

「じゃ、改めてよろしく」

「よろしくお願いします」

千鳥が頭を下げると、銀が口を開いた。

「おい、千鳥」

「はい」

「敬語なんか使わなくていいぞ」

「何故ですか?皆さんは私の先輩です」

「先輩も後輩もここでは関係ねぇんだよ」

「え?」

その時、今までジッとしていた影がスッとその切れ長の目を閉じた。

「上下関係なんかここでは一切問われねぇ」

「じゃあ何が……?」

銀は不敵に笑った。

「ここで問われるのは、逃げださねぇ覚悟はあるかってことだ」






「そういえば、今日もまた仕事がないんだってねぇ」

イズミが本から空に目をやりながら呟くように言った。

それに銀が返す。

「暇でしょうがねぇよな」

「でもまぁ、平和だということでいいのかもねぇ」

千鳥は首を傾げる。

「でもこれだけ毎日仕事がないと、食べていけない」

「そのことなら心配しなくてもだいじょーぶ」

「え?」

「現にほら」

イズミがふっと戸に目を向けると、影が入ってきた。

手にはおにぎりが三つあった。

「ありがとう、影さん」

影は机の上におにぎりを置くと、礼を言ったイズミを見もしないで部屋の隅に行った。

銀は早速おにぎりに手を伸ばす。

「んじゃ、朝飯にするか」

イズミもまた、おにぎりを取ると千鳥に渡してやった。

「ありがとう」

「どういたしまして。僕たちはね、例え一年間仕事が回ってこなくったってこうやって食べていけるんだよ」

「何故」

「それは、総司令官様のおかげなんだ」

「どういう意味だ?」

「内緒」

「……イズミは秘密が多い。どうして何も教えてくれない」

「それも、内緒」

「……」

「あ、ふてくされた?」

「そうではない」

「大丈夫だよ。千鳥ちゃんもそのうちわかるよ。そのうち、ね」

「……」

するとふっと影が窓を振り返った。

じっと、何かを見ている。

「まただ」

影の異変に気づいた銀が顔を上げた。

イズミは笑いながら影に目をやった。

「今度はなーに?何がくるの?」

すると影は突然窓から外に飛び出した。

銀はニヤリと笑う。

「どうやら、倒すべきモノみてぇだな」

「そうだね」

銀は立ち上がると影の後を追う。

イズミは千鳥を振り向いた。

「じゃあ、僕たちも行こうか。千鳥ちゃんの実力も知りたいし」

「任務でもないのに勝手に行っていいのか?」

「大丈夫だよ。影さんは僕たちの班の通信係だからね。総司令官様といつでも交信できるんだ。それで、影さんが飛び出したってことは、総司令官様が今影さんと銀くんが向かってるところにある何かを倒せって命令したってことなんだ」

イズミはにこりと笑う。

「おいで」

千鳥はイズミについていった。

しばらく行くと、影が立ち止まっていた。

追いついたイズミはニコニコと笑っている。

「さーて、何がくるのかなぁ?」

その時、殺気が辺りを包んだ。

「来たね」

イズミがそう言うのと同時に、辺りに複数の男が現れた。

クナイや手裏剣、短刀を持っていることからしてどうやら忍のようだ。

「あーあ。囲まれちゃったねぇ。でも、忍が忍に何のご用?」

男達は右足を踏み出した。

「問答無用!」

飛び掛ってくる。

銀はニッと笑う。

「ちょっとは楽しませろよ!」

イズミもまた、走り出した。

千鳥も戦おうとクナイを取り出した。

しかし、不思議なことに男達は千鳥に見向きもしない。皆全て影や銀やイズミばかりを攻撃している。

「……」

攻撃しようにも三人の邪魔になりはしないかと、千鳥はただ見ていることしかできなかった。

一人の男がイズミに切りかかる。イズミは笑顔を崩さず避けもしなかった。すっと人差し指を男の前に突き出す。その瞬間男は動きを止めた。

「なっ……」

男は眉を潜めた。

「くそ……縛術か」

「んー。残念。ちょっと違うなぁ」

イズミはすっと右足を上げると男のわき腹に蹴りを入れた。

その瞬間千鳥は目を疑った。男の左脇から入ったイズミの足は、腹を通り右脇へ抜けたのだ。

「っ!」

男は腹から血を噴出して倒れた。

「貴様……なにを」

「そのまんま。百聞は一見に如かずっていうでしょ?君が今見た通りのことが起こったんだよ」

イズミは背後から飛び掛ってきた別の男も同様に倒していく。

「一体あの人は……」

千鳥が呆然としていると銀の声が聞こえた。見ると少年は体術で相手をボコボコにしていた。

「お前の得意技は体術か」

男がいかにも見切ったかのように言うと、銀ははっと笑った。

「それだけじゃねぇよ」

「なに」

「新しく千鳥も仲間になったことだし、丁度いいぜ。俺の真の得意技を見せてやる」

その瞬間銀の体が青白く光り始めた。

「な……」

光は銀を完全に包んだかと思うとすぐに消えた。

しかし、そこにいたのは銀ではなかった。

一匹の狐だった。

「狐……?」

千鳥が驚いていると後ろから声がかかる。

「あれは、銀くんだよ」

振り向くといつの間にか戦いを終えたイズミが立っていた。

「あれが?」

「そう。あの狐の毛を見てごらん」

千鳥は再び狐に目をやった。

きれいな銀色の美しい毛並みである。

「あ……」

「『銀狐』から、銀くん」

「でも何故狐なんかに」

「見ててごらん」

すると狐はトン、と軽く飛び、着地するや否や男達の間を駆け抜けた。その瞬間男達は目を見開いて辺りをキョロキョロと見回した。そして急に両手を振り回しながら喚き始めた。

「なんだ、や、やめろ!」

「くそっ!何が起こっている!」

その時千鳥はハッとした。

「幻術……」

「当たり。銀くんは幻術の達人なんだよ」

「確か、その数はすくないが幻術の達人はそれを行う時、狐に化けるとか」

「そう。狐化して行う幻術は絶対に破られない。例えどんなまやかしを見せられてもそれが幻術だと気づかないぐらいに強いんだ」

確かに、目の前の男達は狂ったように何かから逃げ回っている。

「すごい……」

そう言っている間に、銀は元の姿に戻り、短刀を抜いて次々と敵を倒していく。

「夢幻の中でこの世に別れを告げるんだな」

銀は不敵な笑みを浮かべた。

そして千鳥達の方へと歩いてくる。

「どうだった?俺の十八番」

「すごい……」

「だろ?いつもはあんな雑魚にあそこまでしねぇけど、今日はお前のために特別だ」

「さて、あとは影さんだけだねぇ」

千鳥は、影がどのように戦うのか気になって急いで彼の方を向いた。

影は、ジッとしていた。男たちが現れる前からいた場所から、全く動いていないようにも思われる。

その回りを十数人の男たちがぐるりと囲んでいる。だが、影に隙が一瞬たりともないために誰一人動けないことが千鳥のいる場所からでもよくわかった。

一体どうなるのだろうと、瞬きもせず見ていた。

その時、影がユラリと動いた。

しかし、男たちは影が今まで立っていた所をまだジッと見ている。

「え……?」

千鳥が目を見張った時だった。

ドサ、と一人の男が倒れた。

イズミが千鳥の隣で小さく手を叩く。

「さすが影さん。消えちゃったよ」

千鳥は驚いてイズミを見上げた。

「消えた……?」

「ほんと、目にも留まらぬ速さって影さんのことだよね」

慌てて視線を戻す。

影は、ちゃんと見えていた。目にも留まらぬ速さどころか、普通の歩く速さと変わらない。ユラリ、ユラリとまるで風に吹かれるがままに流れているようだ。スッと男の後ろに立つと刀を振り下ろし、また流れる。

しかし男たちはまだ影のいた場所を見つめているだけで影の攻撃を避けようともしなければ、手裏剣を投げようともしない。

そのうち、男たちは全て地に伏せた。

銀はニッと笑う。

「さすがだな、影。お前の速さはやっぱすげぇぜ」

イズミもニコニコ笑っている。

「時間を計ろうにも気づいたらもう全員倒れてるからねぇ」

「何を……」

呆然とする千鳥に銀はニヤニヤ笑って肩を叩いてくる。

「なんだ?あいつのすごさにビビッて声もでねぇってか?」

「ち、違う。イズミと銀の言っていることの意味がわからない」

「え?」

「私には、影の動きが全て見えた」

影は鋭い眼光で千鳥を静かに見据える。

「一人目は右肩から。二人目は背後から突き刺して、三人目は左に回って首を。そして四人目は左胸……。全部見えていたではないか」

「千鳥ちゃん?」

「イズミと銀には見えなかったのか?影の動きはまるで風にフラフラと流されているみたいにゆっくりで……」

銀とイズミは一度顔を見合わせてから、影を振り返った。

「おい影、ほんとに一人目は右肩からで、二人目は背後から突き刺したのか?」

影は、反応しない。ただジッと千鳥を見ている。

イズミはニコニコ笑う。

「あのね、千鳥ちゃん。影さんの呼び名の由来はね、その黒さもそうなんだけど、まるで影のように誰にも気付かれずに素早く相手の後ろに回り込めるところからきてるんだ。残念ながら僕たちにはその通りに見えたんだよ。影さんが全ての敵を倒し終わるまで、全然見えなかったんだ」

「ならどうして……」

「さぁ、それはわからないなぁ。ただ、千鳥ちゃんが特別な目を持っているってことだけはわかるけどねぇ」

「特別な目……」

「すげぇじゃねぇか千鳥!お前あいつの動きが見極められるなんて只者じゃねぇぞ!」

「そ、そんなことない。銀もあの幻術はすごかった……」

「何照れてんだよ」

「て、照れてなどいない!」

「お前、おだてに弱いタイプだろ」

「違う!からかうな」

「素直になれよなぁ。女は素直が一番だぜ」

「子供が何を……」

「子供じゃねぇ!」

「子供ではないか」

二人が騒いでいる間に、イズミは影の所へ行った。

「あの子、すごいねぇ。影さん負けたんじゃない?」

影は何も言わない。もう千鳥の方を見てもいない。

イズミはニコニコ笑っていた目をスッと開く。

「でも、あの子、影さんの敵になっちゃったら怖いかもしれないねぇ?」

その時一瞬だけ、影は千鳥に目をやった。





それからしばらく経ったある朝のことだった。

「おはよう、千鳥ちゃん。昨日はよく寝れた?」

「ああ」

イズミはクスクス笑う。

「そう。じゃあ君もまだまだだね」

「何がだ?」

「あのね、実は昨日、また忍が僕たちを襲ってきたんだよ」

「何だと!?」

「千鳥ちゃんの部屋に入ったわけじゃないけど、隣の僕たちの部屋に出てきたんだ」

「しかし隣の部屋なら気づかなくてもしょうがない。イズミたちの戦い方はバタバタと暴れるようなやり方ではないのだから」

「でもねぇ、隣の部屋にいても気づきそうなくらい殺気を出してたんだよ、向こうの忍さんたち。でも千鳥ちゃん起きないんだもん。後で様子見に行った時はびっくりしたよ」

千鳥は思わずうつむいた。

「すまない……」

銀はケラケラ笑う。

「お前一回寝たらもう起きない奴なんだな。忍のくせに」

「……」

「それより千鳥ちゃん。この前といい昨夜といい、どうして忍が僕たちを襲ってくるんだと思う?」

「え?」

「それ俺も気になってたんだよな」

「確かに……」

千鳥が首を傾げる。

「どうして忍が同じ忍の私たちを襲うんだ……」

イズミはにこにこ笑う。

「忍が僕たちを襲う理由はわからないけど、忍が忍を襲うことは不思議じゃないよ。元々忍の間に絆なんかないから、仲間意識もほとんど無いに等しいからねぇ。理由はわからないけど、彼らも忍を狩ることに何の抵抗も感じないと思うよ。ねぇ、影さん?」

イズミが話を振る。

しかし、影は壁にもたれかかり、腕組みをしている。漆黒の目は閉じられていて、何も見ようとしない。

「寝ているのか?」

「まさか。あいつは常に起きてるぜ」

「まぁ、影さんは置いといていいかなぁ。それより今日は皆に紹介したい子がいるんだ」

「紹介したい子?」

「誰だ?」

「僕たちのお仕事をサポートしてくれるとっても頼りになる子たちだよ」

そう言ってイズミは後ろの戸を開けた。

現れたのは十歳以下と思われる二人の少女だった。双子なのか、瓜二つである。仲良く手を握ってそこに立っていた。

右肩から赤いかばんを提げた一人がペコリとお辞儀をする。

「こんにちは。蘇芳(すおう)です」

すると左肩からピンク色のかばんを提げたもう一人も同じように、

「こんにちは。桜です」

彼女たちは部屋へ入ってくると一人ひとり指を差し始めた。

「イズミ様、銀様」

「千鳥様、影様だよね?」

「……お前ら一体何者なんだ?」

するとイズミが説明した。

「この子たちはね、加治屋であり、情報屋であり、薬売りでもあるんだよ」

「加治屋に情報屋に薬売りって……」

影は静かに目を開くと二人を一瞥した。

彼女たちは愛嬌のあるかわいい笑顔を見せる。

「でもどうしていきなりサポーターなんかが……」

「総司令官様からのご命令、だね。最近僕たちが襲われていることを気にして、蘇芳ちゃんと桜ちゃんみたいなサポーターをつけたんだ。ひょっとすると遠出の任務とかも回ってくるかもしれないからね」

「遠出の任務で何故サポーターが必要なのだ?」

「今は総司令官様がどこからか手に入れてきてくれてるからいいけど、世間では忍狩りで忍がいなくなっちゃったってことになってるから、遠出の任務の時、加治屋に行ってクナイや手裏剣を作ってくださいなんて言いにくいでしょ?」

「なるほど……」

「それに蘇芳ちゃんと桜ちゃんはあっという間に武器を作ってくれるすごい子たちなんだ」

「へぇ、そりゃ便利だな。よろしくな、蘇芳、桜」

「うん」

「うん」

銀はニッと笑う。

「じゃあ手始めにさっそく手裏剣を作ってくれよ」

「いいよ」

「桜たちがすぐ作ってあげるの」

蘇芳は赤いかばんから長方形の鉄の板を取り出した。

すると桜はピンクのかばんから金槌を取り出す。

この時も二人は手を握ったままだ。

桜は金槌の柄をきゅっと握ると、床の上に置いた鉄の板に激しく打ちつけた。カーン、と心地の良い音が数回部屋中にこだました。

そして金槌を蘇芳に渡す。彼女も同じようにして鉄の板に打ちつけた。

こだまが消えると、ゆっくりと金槌を板から離す。

皆は目を見張った。

ついさっきまでただの板だった鉄が、桜と蘇芳が金槌を一回ずつ打ちつけただけで手裏剣に変わっていたのだ。

「……すげぇ」

「一体どういうことだ?」

愕然とする二人をよそに、蘇芳と桜は手裏剣を二人で一緒に取り上げ屈託のない笑顔で銀に差し出す。

「はい」

「できたよ」

「あ、ありがとな」

銀はそれを受け取り、マジマジと見ている。

「すげぇ……本物だ」

ふと二人を見ると、手裏剣を差し出した両手をまだ引っ込めていなかった。まるで銀に何かをねだっているように。

「……なんだ?」

銀が尋ねると二人は無邪気な笑顔で声を揃えた。

「お金、ちょーだい」

「は!?何で」

驚く銀を不思議に思ったのか、蘇芳は至極当たり前とでもいうような顔で首を傾げつつ言った。

「だってこれは蘇芳たちの稼業だよ」

桜も蘇芳と同じ顔をして、

「作ったんだからお金をもらわなきゃ」

「……くそ、手裏剣作ってくれなんてヘタに頼むんじゃなかったぜ」

銀は困ったように頭を掻いた。

「俺、金ねぇんだよ」

「どうして?」

するとイズミがニコニコ笑いながら言う。

「あのね、シノビでは働いてもお金がもらえないんだ。働いた分は全部ご飯で返ってくるんだよ。だからね」

イズミは机の上のおにぎりを二つ取り上げ蘇芳と桜に渡した。

「蘇芳ちゃんと桜ちゃんも、これで許してくれないかな?」

二人はジッとおにぎりを見つめる。

「君たちはね、今日から僕たちのサポーターになったんだ。つまり、常に僕たちと行動を共にしなきゃいけないんだ。僕たちはお金を使う生活をしない。だから蘇芳ちゃんも桜ちゃんも、僕たちに合わせてくれないかなぁ?」

蘇芳はニッコリ笑った。

「うん。わかった」

桜も嬉しそうに笑う。

「桜と蘇芳、おにぎり大好きなの」

「よかった」

二人がおにぎりを受け取る所を見た千鳥は首を傾げて影を見た。

「そういえば、影はおにぎりは嫌いなのか?」

影は相変わらず反応しない。

すると銀が首を傾げる。

「なんでそんなこといきなり聞くんだ?」

「影がおにぎりを食べている所を見たことがない。この間だって、おにぎりを持って来てくれた時、影の分はなかった」

銀は椅子に座りながら言った。

「影は何も食わねぇよ」

「え?」

「でも大丈夫なんだよな」

そう言って影を見るが、彼はやはり目を閉じてジッとしている。

その会話を聞いていた蘇芳と桜はおにぎりを頬張りながら首を傾げた。

「どうして大丈夫なの?」

影は彼女たちを無視している。

するとイズミが笑いながら言った。

「内緒なんだってさ」

「どうして?」

「それも、内緒」

二人は不思議そうにイズミを見上げながらも、

「ふーん」

と声を合わせた。

すると影がチラリと背後の窓を見た。

「どうかしたのか?」

千鳥が首を傾げると、影は腕を真っ直ぐ横に伸ばした。

その様子をみた銀がニッと笑う。

「やっと来たみてぇだな」

イズミもニコニコ笑いながら頷いた。

「そうだね」

「何が来たの?」

蘇芳と桜も千鳥同様首を傾げている。

その時開いた窓から一羽の烏が飛び込んできた。烏は一度ふわりと上昇し、そのまま影の伸ばした腕にとまった。

「烏……?」

イズミはその足にくくりつけられていた手紙を取り、千鳥に笑いかけた。

「千鳥ちゃん、千鳥ちゃんにとって初任務だよ」

千鳥は首を傾げた。

「俺達シノビの奴らは、こうやって烏によって任務の指示が出るんだ」

「へぇ……」

「烏様すごいねぇ」

蘇芳と桜は感心したように言って、手を繋いだまま烏に近づき、触れようとした。

しかし、烏は羽を大きく広げたかと思うとあっという間に飛び去ってしまった。

「あーあ」

「行っちゃった」

千鳥はふとイズミを見る。

「それで、どんな任務なんだ?」

「えっとねぇ……」

イズミは手紙を開いて読み上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ