79話 ぶるるん?
日も昇っていない早朝に、傭兵団の本部に馬車が到着した。
国家魔導所の馬車だ。
極秘で人物や凶悪犯を輸送するときに使われるのだそうだ。
そのためか、馬車には装飾もなければ窓もなかった。
俺は幼女になった日に王都に着て帰ったサルバンの、ドレスみたいな服を着て馬車を迎えた。
いろいろな思いを胸に服を身に着け、姿見で見納めとばかりにじっくりと見つめた。
もう、やり残したことはないかな…。
俺は心の中でそっと問いかける。
鏡のなかの幼女は、穏やかな笑顔で俺を見つめ返していた。
アーシェルが馬車から下り、俺の手をとった。
俺はアーシェルに手伝ってもらいながら無言で乗り込む。
見送りはキースとおやっさんの二人だけだ。
馬車の中から二人にうなずいてみせた。
二人も黙ってうなずき返す。
アーシェルはそれを見届けると、静かに扉を閉めた。
やがて朝もやの中を馬車が動き出す。
馬車には俺とアーシェルの二人だけだった。
馬車に窓はないがどこからか光と風が入ってきて、息苦しい感じではなかった。
ただ、どことなく漂う緊張感をやり過ごしたくて、俺は目を閉じて振動に身を任せた。
「到着しました。」
アーシェルに声をかけられ、俺は目をあける。
思ったよりも早くついた。
緊張から眠ることはできなかった。
アーシェルが扉を開けると、そこは森の中にあるサルバンの家の前だった。
全てはここから始まったんだ…。
俺は馬車からおりながら、胸にうずまくいろいろな思いを吐き出すように大きくため息をついた。
アーシェルに導かれて建物の中に入る。
そしてそのまま魔法陣の真ん中に座らされた。
いつの間にか頭からローブをかぶった4人の人が魔法陣ごと俺を囲んでいた。
やがて部屋が光に包まれる。
俺は目を閉じ、これで全てが終わるのだと胸がいっぱいになった。
そしてちらっと、もしあのとき幼女じゃなかったらどうだったのだろうかと考えかけたところで、俺の意識はなくなったのだった。
目を開けると、俺はその場に立ち尽くしていた。
床! 床が遠いっ!!
身体が元に戻ったことで視点が高くなったのだろう、そう、俺は元に戻ったのだ!
「うおぉぉっぉおぉおおおおおお!!」
俺は両手を天に突き上げ、雄たけびを上げた。
ぶるるん。
胸元でなにかが揺れた。
「は?」
思わず胸元に手をやると、服の上からゆたかな感触をつかむことができた。
そういえば、声も元の声に比べてじゃっかん高いような…?
慌てて記憶にある隣の部屋にかけこみ、クローゼットの鏡をのぞきこむ。
そこには、豊満な胸が魅力的な黒い長髪の女の姿があった。
「はぁああああああ!? 」
俺の叫び声にあわせ、胸がぶるんぶるんと揺れた。
「君、儀式の途中でなにかよけいなことを考えただろう?」
声にふりむくと、孤児院であった少女が立っていた。
「何ぃ!! ……あ!」
そう、俺は光に包まれながら、幼女なくて巨乳の美女になってたらどうだったんだろうと考えてしまった。
「そ、そんな!」
「残念だけど、もうこの魔法陣は使えないよ。君はその姿で一生を過ごすしかないようだね。」
焦る俺に、少女は冷徹に言い放った。
「う、嘘だろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」
…さい…
…お…て…さい…
「クライン殿、起きてください。到着しましたよ。」
俺は息も荒く飛び起きた。
目の前にアーシェルの顔が飛び込んできた。
見回すと、そこは馬車のなかだった。
「うなされていたようですが、大丈夫ですか?」
アーシェルの気遣わしげな声で我に返る。
俺は夢を見ていたのだ。
額ににじむ嫌な汗をぬぐい、俺は安堵のため息をついた。
アーシェルが扉を開けると、そこは森の中にあるサルバンの家の前だった。
俺はひやひやしながら馬車をおり、アーシェルに導かれて建物の中に入った。
床にはあいかわらず魔法陣のようなものが書かれており、その周りにはローブを頭からかぶった人間が4人いた。
夢と似たような光景に息を飲みながら様子をうかがう。
サルバンの姿はなかった。
俺はアーシェルを見上げた。
ヤツは俺と視線が合うと、困ったように目をそらした。
「やぁ、来たね。」
声のほうを見ると、孤児院であった不思議な少女が部屋に入ってきたところだった。
「クライン殿をお連れしました。」
アーシェルが膝をついて頭を下げた。
俺は少女を見つめる。
…この少女に見える人物が、国家魔導所の中枢にいる人物か…。
俺の遠慮のない視線をうけ、少女はにやりと笑った。
「外にお茶を用意しているんだ。儀式の前に肩の力を抜くためにも、少しお茶をしよう。」
どうせ俺の行動はこの少女の言うことしか認められないのだろう。
俺は黙ってうなずき、少女の後をついていったん外に出た。
建物の裏に回ると、場違いなテーブルと椅子が設置されていた。
俺が促されるまま座ると、ローブをかぶった人物がお茶と焼き菓子をもってきた。
ティーカップとかいった洒落た名前のカップがサルバンの家にあるとは思えない。
国家魔導所が用意して持ってきたのだろう。
…中身はまともなお茶とお菓子なのか…?
俺はカップを持ち上げ、ひたすら中身を凝視した。




