7話 名前決定
傭兵団本部に届いた伝書鳥便は副団長宛となっていたために再度キース宅に飛ばされ、直接届いたおやっさんとタイムラグができたようだった。
隠し子説を疑ったおやっさんと違い、キースは内容をそのまま信じたため馬車を用意する暇も惜しんで単身馬を走らせてきたそうだ。
お前それでも上流貴族かよ、あっさり信じてどうするよ。
おやっさんの「こいつはクライン自身だ。」という説明にもなっていない一言に、「団長がそうおっしゃるのなら、そうなのですね。」とあっさりキースは納得した。
それでいいのかよ!お前。
そこで3人で話し合った結果、俺はクラインとお互いに存在を知らなかった兄弟という設定でいくことにした。
幼女の見た目のため親子ほど歳が離れて見えるが、見た目より歳はとっていて7,8歳の外見で中身は12歳くらいにしといた。 実際、平民は基本5~6人子どもをつくるので一番上と下が10歳以上離れているのもザラだった。
最近トラブルに巻き込まれたためクラインを頼って傭兵団に身を寄せることとなる。
このトラブルは口に出せない事情としてあいまいにしておく。
そうすれば周りが勝手に察してくれるし、何者かに追われているかもしれないためにおおっぴらにできない存在としてあつかってくれることを狙っている。
身を隠して生きようとすれば身よりもなく幼女姿の俺ではどうやっても誰かの協力が不可欠になり、そうなるとばれたときに隠蔽に協力したとなって共犯者とされてしまう。
堂々と平民街で生活して捕まったほうが後ろ暗いこともないし誰の腹をさぐられても痛くない。
クライン預かりで傭兵団に身を寄せるので、もし捕まっても団長であるおやっさんは俺に騙されていたということで責任は俺だけにいく。そう願いたい。
全てが都合よくいくとは思わないが、夜も更けてきたのでひとまずこれでいくことにした。
ちなみにクラインが王都にいないのは、長期休暇をとって『妹』のトラブルを解決するために奔走しているためということで説明する。
コレに関しちゃほとんど真実だな。
だから無事に俺が元に戻れたら、トラブルの心配が無くなった『妹』はクラインが手配した養い親に引き取られ王都から離れた村で幸せに暮らしました、というオチをつけるつもりだ。
「名前はクラリエッタ、クリスティーヌ、クララベルあたりか?」
おやっさんが指をおりながら考える。
「どこの貴族のお嬢様っすか。ありえねぇ。」
「クララなどは愛らしくてよいのでは?」
これはキース案。
「そんな柄じゃねえ。却下。簡単に『クラン』でいいさ。」
「「せっかく可愛い容姿なのに…」」
とりあえず二人のすねを蹴り上げておいた。
それからサルバンのことだが、俺の希望としては傭兵団の寮か平民街の空き部屋に監禁してどつきながら俺が元に戻れるよう研究させるのがいいと二人に伝えた。
二人は渋い顔をして二つの理由でその案を却下した。
1.理由はどうであれ魔導士が傭兵団にいると、おやっさんたちが何か良からぬことを企んでいるのではないかと疑われるからだそうだ。
よくわからないのだが、上流貴族であるおやっさんが兵力を溜め込むと上に睨まれる理由になるんだとか。
傭兵団がおやっさんの私兵団と思われると、謀反の恐れありと取締りの対象になるらしい。
このおやっさんを見てどうしてそんな発想になるのか俺にはさっぱりわからないが、貴族様とはそういうものなのだそうだ、めんどくせぇ。
キースいわく「あなたたちがたまに馬鹿騒ぎをして騒動を起こすことが、『脅威なし』と上からの監視が緩む効果になっているんですよ。」なんだと。
2.サルバン自体がいろいろと問題のありそうな人物なので、王都に抱え込むのに不安があるということ。
いろいろと騒動を起こしそうなので、そのまま森にひっこんでもらっていたほうがいいだろうとの結論に至った。
おやっさんなんかは、サルバンなんて孤児院にいたか?としきりに首をひねっている。
おやっさん、シスターが下着を干す場所を教えてくれたのがサルバンだぜ。
アイツは人気のない場所を好んで行動するのでたまたまシスターが下着を干すところを発見し、それをうっかりもらした奴に、俺がなかば脅迫まがいに詳しく聞きだしたのがヤツと接するようになったきっかけだった。
今後の方針が決まったので解散になった。
おやっさんはフォルクに早速俺の設定を話し、もし俺のことを探る奴がいたら隠す必要はないが傭兵団に知らせて欲しいと伝えた。
おやっさんがフォルクの手に包みを渡す。
今回の俺に対する扱いの謝礼と今後のことに関する依頼金としても少し多めだ。
俺も今回はフォルクにめちゃくちゃ救われたんだ、奮発するぜ。
フォルクに近寄り衛兵服の裾を軽くひっぱる。
「フォルクのおじちゃん、たくさん、たくさんありがとうね。クラインにフォルクのおじちゃんにたくさんお世話になったって伝えておくね!たぶんクラインが帰ったら麦酒を何杯もおごってくれると思うよ。ううん、クラインが帰らないうちでも麦酒をクラインにつけといていいと思うよ!」
俺は感謝の意を一生懸命に伝え「The 巨乳 愛蔵版」を譲ることを続けて言おうとして口を開いたが、フォルクは目じりに涙をにじませながら俺の頭を優しく撫でた。
「おじょうちゃん、そんなことは気にしなくていいよ。クラインが帰ってくるまでは心細いだろうが、君を支える大人はたくさんいるから困ったときは遠慮せずに言うんだよ。また会おうね。」
フォルクはそこまで言うと、感極まったのかしゃがみこんで俺を抱きしめた。
お前の頭の中でクランはどんな不幸なことになっているんだ?
フォルクに別れをつげ、やっとこさ俺は王都入りを果たした。
深夜で人影はまったくなく静まり返っているが、さまざまな人間と物が出入りする王都の雑多な匂いが俺を包み込む。
俺は目を閉じて、思い切り深呼吸をした。
一瞬だけ元のクラインに戻れたような錯覚をおぼえ目を開ける。
もちろん幼女のままだが、俺はこの姿でしぶとく王都で生きていく決意を改めた。
「よしっ!!」
両頬を思い切り叩いて気合を入れた。
元の頬と違い弾力があったため、「パチョン」とやや抜けた音になったのは気にしない…。
「…クライン、両頬にもみじのような手形がついてますよ…。」
帰ったら冷やすかな…。
やっと王都入りですが、傭兵団に戻れるのはとうぶん先です。