78話 惜別
リーシャちゃんをデートに誘ったのは、この前のデートで俺が上の空だったため、お詫びのやり直しの意味もある。
そして、この世からもうすぐ消えるクランという幼女が、楽しいとか幸せとか思うであろうことを精一杯してやりたかった。
まぁ、俺が幼女の幸せなことなんてわかるはずもないから、あくまで俺の勝手な想像でしかないんだがな。
俺はリーシャちゃんと手をつなぎ、先日男3人で利用したおしゃれなカフェに行った。
この前リーシャちゃんとデートしたときは昼飯のついでに話をしただけだったので、今度は話のついでにお茶や菓子を楽しみたくてこの店にした。
俺の知っているおしゃれで女の子向けの店なんてこことエアリアスと行った店しか知らない。
さすがに他の女と行った店に別の女を連れて行くのもどうかと思い、ここにした…。
女と会うときなんて、酒場か娼館ぐらいしかなかったんだからしょうがないさ…。
…ははっ…。
俺とリーシャちゃんは店員の案内で広い店内の一角に座った。
とりあえず適当に菓子を飲み物を頼んだ。
リーシャちゃんと向かい合って座ってみると、すでに俺のもちネタはこの前全部してしまったことに気が付いた。
リーシャちゃんは自分のことを語らないので、自然俺ばっかりが話すことになる。
やっべぇ、俺からデートに誘ったのにもう話すネタがねぇ…。
俺は菓子が運ばれてくるのを待ちながら、内心ダラダラと冷や汗をかいていた。
「こういう店に来たのは初めてだわ…」
リーシャちゃんは頬杖をつきながらつぶやいた。
なんだか感慨深げな様子に、俺は黙って見守った。
リーシャちゃんは俺を見つめ、飾り気のない笑顔をみせた。
「ありがとう、クライン。」
俺も満面の笑みを返した。
その後、運ばれてきた菓子や飲み物を口にしながら菓子についてやら好きな料理の話をした。
なんだか凄く穏やかな時間だった。
「それじゃ、今日はありがとう!」
俺とリーシャちゃんは手をつないで傭兵団の本部まで帰ってきた。
「私は儀式のときに立ち会うことは許されていないから、クランちゃんと会うのは今日で最後ね。」
「そうなんだ…」
しぜん気落ちしてしまった俺に、リーシャちゃんはそっとかがんで俺の耳元に口を近づけた。
俺は耳でも舐められるのかと身構えたが、予想外の言葉が耳に届いた。
「私、普通のオンナノコ扱いをして甘えさせてくれる男に弱いのかも。」
「えっ!?」
リーシャちゃんは何事もなかったかのように俺から身体を離すと、してやったりと微笑んだ。
微笑むリーシャちゃんの顔は、カフェで菓子を買っていたアーシェルの、どこか幼い笑顔によく似ていた。
呆然とする俺をおいて、リーシャちゃんは風のように立ち去ってしまった。
ある意味ディープキスよりも衝撃だったため、俺は帰宅しようと建物を出たおやっさんに肩をたたかれるまで、そこで立ち尽くしていた。
それから数日間、俺は傭兵団の洗濯や掃除に積極的に取り組んだ。
あと五日というときに、朝礼で俺が王都を去ることが伝えられた。
だからあのとき元気がなかったんだな…と、いろんな奴が俺の頭をかき回しに来た。
送別会の計画もたてられたが、感謝をしつつ断った。
本質的に俺は立ち去るわけではないから無駄に金を使ってほしくないし、なによりそんなことをされたら連中の前でぐしゃぐしゃに泣き崩れてしまうだろう。
その後、元に戻って連中と何事もなかったかのように顔を付き合わせる自信が俺にはなかった。
エアリアスにも別れを告げた。
すでに俺は、エアリアス式体術の基礎を体得していた。
練習の後、お茶を楽しみ、分かれる際にエアリアスは俺を抱きしめて静かに泣いた。
俺は抱きしめられた状態でエアリアスの背を撫でながら、コイツになら俺がクラインであることを話してもいいのではないか、と思った。
「エアリアス…」
「…?」
エアリアスは泣き崩れた顔のまま、俺の顔を見た。
「…あの…」
そのとき、俺の脳裏に鮮明に、告白したが最後エアリアスにむりやり拉致されて奴の家に連れて行かれる映像が浮かんだ。
「……今まで…ありがとうございました…」
泣き崩れるエアリアスを抱き返しながら、もし奇跡が起きてコイツが俺の嫁になったそのときは、全部話そうと思った。
…嫁って…。
おやっさんちの夕食にも招かれた。
奥さんの穏やかな笑顔を見たとたん、鼻の奥がつんと痛くなるのを感じた。
言葉少なく食事をとり、そして別れ際に奥さんに抱きしめられた。
「クランちゃん、あなたの幸せを祈っています。元気に過ごしてくださいね。」
「…ありがとうございます」
奥さんは少し身体を離すと、俺の頬に手をあてた。
「クランちゃん、クライン君に伝えてください。」
奥さんは俺の目をじっと見つめた。
「元の通りに生活が落ち着いたら、何度もうちに遊びに来なさい。私はクランちゃんの幸せも、あなたの幸せも同じように祈ってますからね。」
奥さんの真剣な瞳に、俺はただ黙ってうなずいた。
もしかして、いや奥さんはたぶん…。
儀式の日の前日、明日に向けて体力を温存しておくために仕事をしないで部屋で過ごした。
夕暮れ時に扉がノックされ、扉を開けると廊下に最年長のデルトが立っていた。
「デルト…さん?」
「よぉ、クラン坊。荷物の整理は終わったか?」
「う~ん、ぼちぼち…」
部屋の片付けは力のある元の身体に戻ったときにしてしまおうと思い、部屋はそのままだった。
「これ、傭兵団の皆で買ったんだ。送別会の代わりだ、受け取ってくれ。」
デルトのおっちゃんが差し出したのは、ベティちゃんと同じくらいの大きさの、白い兎のぬいぐるみだった。
「これ…」
「いつかお前を兎狩りに連れて行ってやりたいと思っていたが、それもできなかったんでな。」
俺は両手をまわしてもなお余る兎を抱きしめた。
ふわふわもこもこしていて気持ちいい。
「最初お前が来たときは、こんなお嬢ちゃんで大丈夫かと思ったよ。だが、お前は立派な傭兵団の一員だよ!」
そう言ってデルトのおっちゃんは俺の頭を撫でた。
「もう王都に戻ることはできないそうだが、お前はいつまでも傭兵団の一員だからな。」
俺の礼を言う声は、涙と嗚咽で声にならなかった。
その夜、俺はベティちゃんと新しい兎のヌイグルミに囲まれて眠った。
夢の中にいた俺は、いつの間にか開けられた部屋の扉から、いくつものすすり泣きが聞こえていたことに気付くことはなかった。
そして、儀式の日がやってきた。




