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76話 虚ろの理由

 

 おやっさんと並んでとぼとぼと傭兵団まで歩いて帰った。


「とりあえず心配事はなくなって良かったな。」

おやっさんが俺の頭をぽんぽんと叩く。


「そのことなんですけどね…」

「なんだ?」

俺は頭をおさえながらてぽてぽと歩く。


「心配事もなくなって元に戻れるってのに、俺、何も込み上げてくるものがないんすよ…」

「はぁ?」


 俺はおやっさんの歩調に合わせようと小走りになる自分の脚を眺める。

「俺、元に戻れそうなときは素っ裸で絶叫しながら平民街を走って回る自信があったんです。それなのに…」


 足をとめておやっさんを見上げる。

「それなのに俺、何もこみ上げてくるものがないんです。なんていうか、こう、ぽっかり穴が開いたような…、嬉しいとか、安心したとかそんなのが無くて、なんなんでしょうね…」

首をかしげる俺に、おやっさんは呆れた声をだした。


「そりゃお前…」


 そこでおやっさんは口を閉じてうなった。

「お前、それぐらい自分で考えろ。」

「え~! おやっさん、そんなことしていたらまた知恵熱出ちゃうじゃないですか!」


おやっさんは俺の軽口に返事をせず、いきなり俺を抱き上げた。

「うおっ! いきなり何なんですか!」

驚く俺をよそに、おやっさんは俺を肩に乗せたまま歩き出した。


「知恵熱が出るくらい真剣に考えることだな。」


 傭兵団の本部につくまで、おやっさんに抱っこされたままだった。




 夕暮れ時に傭兵団に到着した。

部屋に戻ろうとしておやっさんから菓子の包みを手渡された。


「これ、奥さんへのお土産じゃ?」

「ハニーのは別にあるさ。とりあえず、元に戻るめどが立った祝いだ。甘いモンでも食ってしっかり考えろよ。」


 礼を言って菓子の包みを受けとると、答えが見つかるまで傭兵団の仕事はしなくていいと言われた。

俺もなんだか無気力状態で何もする気になれなかったので一応おとなしく受け入れた。

なんだろう、安心しすぎて気が抜けちまったのだろうか。


 適当に晩飯を食べ、俺はベッドに寝転んで天上を眺めていた。

考えろっていわれたって、この無気力状態じゃなにも浮かんでこねぇ。

「なぁ、ベティちゃん。なんで俺、こんなにふぬけてんだろうな。」


 ベッドに横たわったままベティちゃんを抱き寄せた。

物言わぬベティちゃんのつぶらな瞳は、全てを知っていながら黙って全てを見守っているように見えた。

「ベティちゃん、なんかヒントだけでも教えてくれよ。」

俺は自分でも情けない声でベティちゃんを掲げて見つめた。

ベティちゃんはそんな俺に答えることもなく、変わらぬ慈愛の表情で微笑んでいるだけだった。


「ちぇっ、皆して…」

そのまま俺はふてくされてベティちゃんを抱きしめて眠った。




「…ん…」

なんだかがやがやと騒がしい雑多な音で目が覚めた。

部屋はすでに明るく、窓の外を見ると太陽はすでに真上にきている。


「うそっ! 昼前か!? 」

俺は飛び起きて身支度をすると、広間に駆けていった。


「よう、クラン坊。昨日は酒でも飲みすぎたのか?」

広間でくつろいでいた連中が笑いながら声をかけてきた。

「わ…私、一応今日休みだし…」

「知ってるよ。パパとキースママが心配してたぞ。顔を見せにいったらどうだ?」


 なんだか自分が無性に情けなくて思わずため息をついた。

「おいおい、お前がため息をつくなんてどうした?」

「クラン坊、大丈夫だって! 怒られはしねえよ。」


 俺は連中に大丈夫だと手をあげた。

「ん、教えてくれてありがとうございます。団長室に行ってきます。」

そのまま団長室に向かう。

後ろから「やっぱり元気がねえな」「何かあったのか? 知ってる奴いる?」とさまざまな声が聞こえてきた。


 俺もどうしたらいいのかわかんないんだよ。



 団長室と副団長室に行き、どちらからも呆れ半分、心配半分てな説教をほどほどに受けた。

広場に戻ったところで昼の鐘が鳴り、俺はとりあえず『俺の台所亭』に向かった。



「どうした、クラン坊。めずらしく元気がねえじゃねえか。」


 食堂が人でにぎわい騒がしいなか、ハゲ頭の親父が注文をとりながら尋ねてくる。

周りに人がいるのにあいかわらず声がでけえよと思ったが、今日はだいぶいろんな人に心配をかけているようなので、俺は机に顔を預けながら正直に答えた。


「ん~、なんていうか、今まであった厄介ごとが全部スカッと片付きそうなのに、ちっともこう嬉しいと思えない…。そんな自分が自分でわからなくて…」

「おうおう、クラインの奴から知らせでもきたのかい!? 」

「う~ん、そんなところです…」


 親父は顎に手をあてて唸った。

「そりゃぁめでたいことだが、寂しくなるねぇ。」

「寂しく?」

俺は顔を上げて親父を見上げた。


「だって厄介ごとがあったからクラン坊は王都に身を寄せているんだろ? 全部片付いたら元いた場所かクラインが探した場所に引っ越すんじゃなかったっけ?」

「そうだね…。」


 確かにクランの設定はそうだ。

だけど俺自体は元に戻っても王都にこのままいるし、『俺の台所亭』にだって行き続ける。

今までと何も変わらないんだ。

寂しがる必要なんてないから、この無気力とは関係ないだろう。


「クラン坊と会えなくなるんじゃ、寂しくなるなぁ…」


「…あ…」



 親父の妙に切ない声に、俺は頭の中の霧がさっとはれていくのを感じた。


 そうだ、俺が元に戻るってことは、このクランとしての生活をやめるってことなんだ。

それはある意味、このクランという幼女がこの世から消え去るということだ。


 俺はいつも元に戻りたいとか、幼女の身体は不便だとか言いながら、このクランとしての生活を実は気に入ってたんだ…。

俺のこの無気力の原因って、クランがこの世から消えるのが寂しいってことなんだ…。


 このクランって名前の幼女と、別れるのが悲しいってことだったんだ。



「…ははっ」

今までこんなことに気付けなかった自分に、思わず笑いがもれた。


「お、おいクラン坊!? 」

親父が驚いているのを不思議に見上げると、パタパタと木の机に小さなしずくが落ちていった。

俺はいつの間にか泣いていた。


「ど、どうした? 腹でも痛いのか?」

「親父さん、ありがとう。」

おろおろしている親父がおかしくて、思わず涙を流しながら笑ってしまった。


「私も寂しいです。」



 これが、俺の気持ちだったんだな。




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