75話 闇は、闇
しばらく個室を沈黙が支配した。
「…今からお話しすることは、絶対に口に出さないようにお願いします。」
アーシェルは何かを決意したようにおやっさんと俺の顔を見て声を潜めながら話し出した。
「たとえば流行り病が出たときに、それを抑えるための薬を作るのも国家魔導所の仕事です。できた薬を一般の人に配る前に、本当に病に効くのか、何か副作用がないかを確かめる必要が出てきます。」
孤児院にいた頃に一度、流行り病があった。
子供の半分が病にかかり、俺はピンピンしていたが予防するためとかいって薬を飲まされたことがある。
なんで病気にもなってないのに薬を飲まなきゃいけないんだと当時は文句をいったものだが、国家魔導所が関わっていたんだな。
俺はうなずきながら聞いていたが、聞いたことのない言葉もあった。
「…副作用ってなんだ?」
「こう言うと誤解されるかもしれませんが、薬とは正しく使わないと毒にもなります。病に効くからといってたくさん飲むと、頭が痛くなったりお腹を壊したりします。」
俺は薬に縁がないのであいまいにうなずいておいた。
おやっさんを見ると、深刻な顔でうなずいているので理解してるんだろうな。
「薬を飲んでも身体に害はないかとか、どのくらいの量が適しているかなどを調べないといけないのです。そこで、身寄りのない方々にこの被検体になっていただくことがあります。彼らは国家魔導所の正式な職員となり、破格の給料と衣食住の保障をされます。国家魔導所から勧誘はしますが、決して強制はなく危険なことを承知の上で皆さんの意思で決めてもらっています。」
「俺はそんな仕事聞いたことないけど?」
おやっさんに出会ってなければ、そういった裏の危ない仕事につこうとしたかもしれない。
「一般に知られると意味もよく理解しないまま好条件というだけで希望してくる人も出てくるでしょう。それにある意味人体実験ということには変わりないので、国家魔導士の印象が悪くなることも避けないといけないのです。」
アーシェルは一気に言い切ると、一息ついてコップに口をつけた。
正直よくはわからなかったが、国家魔導所というところがただの薄気味悪い集団ってわけじゃなくある程度の規則がある組織ということは何となく理解できたような気がする。
サルバンの奴が言うほどドロドロした感じでもなさそうな…。
「あ!」
俺の唐突な叫び声におやっさんとアーシェルがギョッとして俺を見た。
「すっかり忘れてたんだが、サルバンの馬鹿はどうなるんだ? なんか魔導士の規約を破ったとかで処刑されるとかわめいてたんだが…」
今までの話からすると、これもサルバンの馬鹿のアホな思い込みのような気がする。
さんざん人を脅しといてよ!
だが、俺の気楽な予想に反し、アーシェルは顔を曇らせて俺から顔をそらした。
「…え?」
アーシェルの態度に、つい不安げな声がもれる。
アーシェルは俺に顔を向けたものの、視線を落として押し殺した声で淡々と語った。
「…彼は国家魔導所に拘束されています。一般人を巻き込むということは重罪です。まだ刑罰は決められていませんが、その身柄は国家魔導所に一生拘置され、日の目を見ることは二度とないです…」
確かにサルバンの馬鹿には迷惑をかけられたが、あれは勘違いをして飛び込んでしまった俺にも原因がある。
さすがにサルバンの命が関わるとあって、俺は必死にアーシェルに説明をした。
だがアーシェルは今までの気さくな感じを一切なくし、深刻な顔で首を振った。
「魔導士とは、いかなる場合をも想定して事故を防がなければいけないのです。あなたが勘違いをして飛び込んだということは、彼の措置が甘かったというだけです。彼の刑罰に変わりはありません。」
「その被害者である俺が奴に罪はないと言ってもか?」
サルバンの奴がどんなにアホで変態であろうとも、俺が関わったせいで命を落とすのは寝覚めが悪い。
アイツだって一応、孤児院でともに育った仲間だ。
俺は必死に食い下がる。
しばらくの間、カフェの個室に似合わない重苦しい沈黙がつづいた。
アーシェルは俺の顔を見つめ、大きくため息をついた。
「私には刑罰を決める権限はありません。しかしあなたを元に戻す際、権限をもった誰かが立ち会うことになっています。そのときに陳情してみれば、減刑の可能性はあるかもしれませんね…」
アーシェルの顔を見る限りあまり期待はできなさそうだが、何とか望みはつながったというところだろうか…。
俺は椅子の背にもたれながら天井をあおいだ。
これで心配事は全て確認できたかな…。
「すいません言い忘れていましたが、あなたが魔導士によって姿を変えられたことは口外しないでいただきたいのです。」
「俺もほかの人も身の保障をするって言わなかったか?」
俺はなかば睨みつけるようにアーシェルを見た。
「魔導士の悪い噂をたてられることは防ぎたいのです。今までどおりあなたの正体は隠し、元に戻った後も隠し続けていただきたい。」
「…わかった」
俺はものすごく納得がいかなかったが、アーシェルのどことない凄みを感じて渋々うなずいた。
気安そうに見えて、やはり闇は闇だということか…。
そこで自然とお開きになった。
店に入ったときはうまそうな菓子が山ほど目に入ったが、今は到底菓子をつまめるような気分になれなかった。
このカフェでは店で食べる以外に、持ち帰りように菓子を販売もしている。
アーシェルは深刻な話が済んだのが嬉しいとばかりに、ぽやぽやした笑顔でお土産の菓子を大量に買っていた。
呆れて見ている俺の目の前で、「俺もハニーに買っていくか…」とおやっさんまでもが隣に並んで菓子を買いだした。
なんだよ、もう…。




