70話 孤児院の祭り
「クランちゃ~ん、いるかしら?」
夕方の傭兵団に珍しい人物が顔を見せた。
「リーシャちゃん!? なんでここに!?」
今日の掃除が終わった休憩がてら、下町の住人からもらった焼き菓子を広間でつまんでいた俺は椅子から転がり落ちた。
今日のリーシャちゃんの格好はいつもの踊り子の格好ではなく、銀の髪をゆったりとした布でつつみ、町の住人が着るような服と大差ないがややゆったりとした鮮やかな布を羽織っていた。
「あ、クランちゃんみ~っけ!」
広間には傭兵団の連中や町の住人がいて、その全ての視線を集めていたがリーシャちゃんは全く気にする様子もなく一目散に俺のほうに飛んできた。
「ど、どうしてここへ!? 」
「ん~、やっと謹慎が解けて、最初に見たいと思ったのがクランちゃんの顔だったの!」
床にいた俺を抱き上げ、頬ずりをしながら答えた。
謹慎? なんのことだ?
されるがままの俺の耳に、誰かの咳払いする音が聞こえた。
「あぁいけない、クランちゃんの顔を見たらもうそれだけで満足しちゃってたわ!」
リーシャちゃんは頬ずりをやめると、俺の耳を舐めて顔を離した。
おもわず耳を押さえて悲鳴をあげる俺をよそに、リーシャちゃんはにっこりと微笑んだ。
「明日ね、王都の孤児院で小さなお祭りがあって、そこで私が歌と踊りをすることになったの。」
「へぇ~、リーシャちゃんが?」
1年に1回ほど孤児院を開放して、小さな祭りのようなものを行う。
孤児院で育てた花や野菜などを売って孤児院経営の足しにしたり、寄付をしてくれた貴族や町の人に孤児の様子を見せるためでもある。
俺も傭兵団に入って給料をもらいだしてから、小鳥の涙ほどだが寄付し続けている。
ただ気恥ずかしさとガキが苦手なのと、ガキも俺の顔を見て泣くので、孤児院を出てから一度も行ったことはない。
「クランちゃんになってから私の歌と踊りを1回しか見れていないでしょ? だから、デートのお誘いに来たの!」
「孤児院を出てから一度も行ってないし、懐かしいから行ってみようかな…。俺昼から空いてるから、そっからでいいなら。」
「決まりね!」
「うぐっ!」
リーシャちゃんは俺の口に思い切りキスをしてきた。
広場がざわめいた。
はためからは女の子同士のちょっと激しいスキンシップに見えるだろう。
だが、リーシャちゃんはちゃっかりと俺の口に舌をねじ込もうとしてきやがった。
なんとなく警戒していて正解だったぜ…。
「それじゃ、明日はお昼ご飯も一緒に食べましょうね! 約束よ!」
自分の言いたいことだけ言ってしまうと、リーシャちゃんは嵐のように去っていった。
去り際に唇を舐め、恍惚とした表情で微笑むのを俺は確かに見た。
リーシャちゃんて、獰猛な肉食獣だったんだな…。
俺は床の上にへたりながら、明日の約束ははやまったかもしれんと呆然としていた。
次の日、俺は洗濯物を終えると質素ながら明るいオレンジのワンピースに着替えた。
こういう明るい色を着ると、気持ちまで明るくなるような気になるから不思議に思う。
クラインとして服を着るときは着るものの色なんて考えもしなかった。
ちょっとワンポイントにクリーム色の花飾りを胸元に飾る。
孤児院の祭りのとき、女の子たちがしていたような格好だ。
祭りになると女の子たちはささやかながらおしゃれができると喜び、俺たち男は着飾った格好が恥ずかしくてふてくされた顔をしていたっけ。
俺は懐かしい記憶に笑みを浮かべながら姿見を見る。
そこには、祭りのおめかしに照れ笑いしているような女の子の姿があった。
やべ、なんか恥ずかしっ!
広間に行くと、人々の注目を集めながらリーシャちゃんが椅子に座って待っていた。
色が抑え目な布のローブのようなものをまとい、足首まで隠れている。
俺に手を振ったときにシャラシャラと音がしたので、布の下は踊り子姿のようだ。
「待たせた?」
「ふふ、クランちゃんがどんな服を着てくるのか想像していたら、とっても楽しかったわ!」
なんだろう、クラインの時に何度か想像した憧れのリーシャちゃんとのデートが実現したというのに、この心の中に吹き荒れるこれじゃない感…。
「さ、行きましょう!」
差し出された手を握り返す。
想像してたときは、俺の腕にリーシャちゃんが腕を絡めて胸が当たっちゃってるぞおい!てな感じで、うふふ…当ててるのよみたいな感じ…だったんだけどな。
遠い昔の妄想に想いをはせる俺の手を、リーシャちゃんはぐふぐふ言いながら撫で擦っていた。
なんでこうなった…。
俺とリーシャちゃんは手をつないで歩きながら孤児院を目指した。
途中の屋台で軽い昼飯をとる。
屋台が並ぶ広間には、そこで食べられるように椅子や机が乱雑におかれている。
俺たちも空いている机と椅子を陣取り、屋台で買ったタレに漬け込んだ肉と野菜をパンではさんだのにかじりついた。
「ねぇクランちゃん。」
指についたタレを舐め取っていた俺を見つめながら、リーシャちゃんはささやいた。
「このデートの間だけでも、『俺』じゃなくて『わたし』って言ってくれない?」
「だってリーシャちゃんは俺の正体を知ってるわけだし、必要ないだろ。」
リーシャちゃんは微笑んだ。
その顔が少し寂しげに見えたのは、俺の気のせいだろうか。
「このデートの時だけでいいから、ね、お願い。」
「う…ん、わかった。」
本来なら俺もなんとか男気分で、夢にまで見たリーシャちゃんとのデートを楽しみたい。
だがリーシャちゃんの笑顔が気になり、俺はしかたなくうなずいた。




