69話 新たな目覚め
「それ、どういうこと?」
俺はキースの腕の中で必死に身をよじって振り返った。
キースはしまったという顔をして俺から顔をそらした。
そのまま黙りこくっている。
「…言わないと、今度はお前がホモだって言いふらすぞ…」
キースは悔しげにうめいた。
なんだか、俺の身体につたわる体温が高くなっているような気がする。
「…貴族の子息は、成人と同時に、…夜の作法の手ほどきを受けるんです…」
「ちょっ、その話を詳しく!!」
「……この状況で、詳しく聞きたいですか…?」
……。
密室のなか、素肌を密着させた状態で抱かれている俺…。
「…いえ、結構です…」
「…そうですね…」
二人のため息が重なった。
「じゃあ今度さ、酒でも飲みに行ったときに教えてくれねえか?」
俺はまだあきらめきれなかった。
「……私は堅物です。私が酒場に行ったら、…皆、楽しめないでしょう…?」
なんだかいやに湿っぽく聞こえ、おもわずキースの顔を見ようと身じろぎしたががっちりと回された腕に抱きしめられて動けなかった。
ただ、背中に伝わるキースの鼓動が少しはやく、キースの心情を語っているような気がした。
「馬鹿だなお前、連中はみんなお前と飲みたがってるんだぞ? お前を酔いつぶしていろいろ話を聞いてみたいって息巻いてさ。」
頭の上でキースがゆっくりと息を吐いた。
「…そうですか。ならば今度、酒場に客として顔を出してみましょうかね…」
「あぁ、連中も喜ぶぞ。」
しばらくそのままの状態で、屋根をたたく雨の音を聞いていた。
…眠気を誘う音だ。
いつの間にかキースの膝の上で舟をこいでいた。
「ベッドで寝ましょうか。」
「…一緒に?」
「いえ、私はソファで眠ります。」
俺は少し考えた。
「お前がベッドで寝ろ。寝ぼけて馬ごとこけられちゃかなわんからな。」
「それはあなたでしょう? 寝ぼけて馬から落ちたらどうするんですか。」
「俺が眠っても馬は動く。お前が眠ったら馬は動かない。以上だ!」
「…中身がどうであろうと、体が小さいあなたがベッドで寝るべきです!」
「お前、また俺の足が短いって馬鹿にしたな!!」
「そんなこと言ってないでしょう!? 」
そこで二人して息を整えた。
もう汗ばむくらいに体は温まっていた。
「くそっ、大声出したら喉が渇いたじゃねえか。」
「それならかばんの中に水が…」
「………。」
「………。」
「最初からそれを沸かして飲めば、こんな裸で抱き合うこともなかったんじゃ……」
しばらく小屋の中に、絶えない雨の音だけがしていた。
「…ん…」
窓から差し込む朝日に眼を覚ます。
小鳥のさえずりが聞こえる中、目の前に眠るキースの顔があった。
俺は無言でキースのどてっぱらに小さな拳を打ち込んだ。
けっきょくあのあと、俺とキースは同じベッドで寝た。
奴に背中を向けて寝たはずなのに、起きたら奴のほうを向いていてしかも奴の腕が俺の体を抱きしめていた。
腹をおさえてうめいているキースをおいて、体に巻いてある布団シーツを押さえながらベッドから飛び降りた。
暖炉のほうに行き、キースが干してあった乗馬服に手をかける…。
「だぁーーーっ、このお坊ちゃんがぁぁああ!!」
上等な乗馬服は、くちゃくちゃのまま暖炉の前に干してあったのでしわしわの状態で乾いていた。
こんなしわしわの服ものすごく嫌だが、布団シーツを巻きつけたまま王都に帰るわけにもいかず、しぶしぶ下着と服を身に着けた。
しわしわのゴワゴワなうえに、少し縮んでいるような気がした…。
せっかく奥さんに見立ててもらったのに…。
その後、2時間ほど馬に揺られて王都に帰り着いた。
傭兵団の本部に到着し、俺とキースは団長室のおやっさんに報告をした。
おやっさんは出て行ったときと違う俺とキースの格好に驚いていたが、キースの冷静な報告に納得したようだった。
これが俺の報告だったら、またなんかしらの疑いの目を向けてきただろうに理不尽だ。
あれから一月ほどしてマルゲルスが監察官として復帰してきた。
傭兵団に監察官として挨拶に来たマルゲルスを、おやっさんとキースが出迎える。
「このたびのご復帰、まことにおめでとうございます。」
「ありがとうございます!」
マルゲルスは感極まったような声でおやっさんの手を両手で握り締めた。
…あれ? なんか反応がおかしくないか?
建物の中からこっそりと見ていた俺は首をかしげた。
おやっさんも戸惑っているのがわかる。
「私は偉大なる父へのコンプレックスから、歪んだ価値観をもってしまいました。しかし、私はそれを見つめなおし、そして受け入れることにしたのです!!」
「はぁ…」
マルゲルスはキラキラした目でおやっさんを見つめた。
「そして私は気付いたのです。この荒くれどもをまとめて全てを受け止めるライオネル殿の包容力を! それは…私が求めてやまないものでした。厳格な父からは決してもらえなかった愛情、それをあなたなら私に与えてくれる気がするのです!」
「ちょ、ちょっと…」
「私はあなたをお慕い申し上げています!! どうか、私のこの気持ちをお受け取りください!!」
おやっさんとキースが固まっているのが見えた。
どうしてその結論にいきついたのかは知らないが、また凄いことになったものだ…。
マルゲルスに手を握られたまま必死の形相でおやっさんが、窓に隠れる俺を振り返った。
「薔薇の館」の件でおやっさんに爆笑されたことを思い出し、「おやっさん、これでアンタも変態に迫られた気分がわかっただろう…」とほくそえんで手をふってみた。
そして真っ青な空を見上げ、果たして今回の件で誰が幸せになったんだろうと柄にもなく俺は思いをはせるのであった…。
…これってマルゲルスの一人勝ち?




