68話 密室の男と女
雨はやむ気配もなく、少し動いて上がりかけた体温があっという間に奪われていった。
もう寒さで手がかじかんできて、手綱を握る手の感覚がない。
「あ、ありました。」
何もない街道の途中で、キースが馬をとめて下りた。
そのまま歩いて馬を誘導しながら林の小道に入っていく。
しばらくいくと、小屋と家の中間くらいの建物が見えてきた。
「…これは…?」
すでに体中が震えてうまく喋れなくなっていた。
「我が家の狩猟用の小屋です。近くで本当によかった。閉門に間に合わない場合はここに泊まるつもりだったんです。」
馬を杭にむすびつけたキースは腰のあたりから鍵をとりだし、小屋の鍵を開けて扉をあけた。
「少し待っててください」
そう言い残してキースは一人小屋に入る。
しばらくすると小屋に明かりがともった。
「お待たせしました。」
キースが俺を抱き上げて馬から下ろす。
そのまま地面におろさずに、俺を抱きかかえたまま小屋の中へ入った。
中は小規模な貴族の部屋といったかんじで、暖炉やらソファやら簡単なベッドやらそろっていた。
暖炉には火が赤々と燃えており、じんわりと部屋が暖かかった。
キースがそっと俺を床に下ろした。
「濡れた服を着ていては体を壊します。幸いここには着替えがありますから、脱いで着替えましょうか。」
俺もなんとかうなずいたが歯の根が合わないほど寒さで震えていて、手も思うように動かせずボタンを摘まむのにも何度も失敗する。
「…失礼しますね。」
キースが俺の服に手をかけて脱がせにかかった。
細長い指がボタンをゆっくりと外していく。
「はい、バンザ~イ。」
俺はキースの声に素直に両手を上げた。
服は体にはりついてかなり難儀したが、どうにか俺は裸になった。
そのまま乾いた布で頭から体を拭かれる。
キースにこんなことされるなんて恥もいいところだが、もう寒さでそれどころじゃなく不満はやまほそあったが大人しくされるがままになっていた。
「子供用の服はないのでこれで我慢してください。」
俺は素っ裸のまま布団シーツにくるまれた。
体がよっぽど冷えているのだろう、ただのシーツにぬくもりを感じる。
キースも部屋のすみに行き着替えだした。
そんなすみっこに行かなくても別に見ねぇよ、と言いたかったが、歯がカチカチいうだけで言葉にはならなかった。
「そんなところに居ないで、暖炉の前にどうぞ。私は食べ物を探してきます。」
簡単なシャツとズボンに着替え終わったキースにすすめられ、暖炉の前に座る。
冷え切った体には暖炉の熱は凶器のようで、当たっていると体中に突き刺さるように痛んだ。
暴力のような熱に耐え切れなくなりソファの後ろに移動した。
濡れた服を着ていたときよりはましになったが、芯まで冷え切りガタガタと震える体をとめることはできなかった。
「すいません、食料や飲み物は狩りのたびに持ち込んでいたのでありませんでした。酒だけはあったのですが…、どうしたのですか?」
他の部屋から戻ってきたキースが、ソファのそばでうずくまっている俺を見つけて駆け寄ってきた。
「…暖炉、痛い。…でも、…寒い。」
俺は口がうまく動かせないなか、それだけをようやく伝えた。
キースはちゃんと理解したようで、暖炉を見たあと少し考えているようだった。
「…失礼しますね…」
そう言うと、キースはいきなり俺の目の前で上着を脱ぎだした。
「?…! な!」
別に野郎の裸を見たってどうってことはないが、いきなりのことだったので俺は仰天した。
上半身裸になったキースは無言のまま俺に近づき、いきなり俺が体に巻きつけていたてシーツをはぎとった。
幼女である俺の素っ裸が、キースの目の前にさらされる。
雨が激しくふり、訪れるものも居ない密室に男と女(幼女だけど)が二人きり…。
まさか、こいつ欲情したとか!?
俺は寒さと驚きで、ただただ震えながらキースの前に立ち尽くすことしかできなかった。
キースは無言のまま近づくと背後に回って俺のからだに腕をまわし、俺の背中に体を押し付けてきた。
「…ひっ」
素肌と素肌が触れ合う生々しい感触に、おもわず悲鳴がもれる。
俺を抱きしめたままキースはゆっくりと腰をおろし、あぐらをかいたキースの膝の上に座らされた。
訳がわからず呆然としているあいだに、キースがシーツを手繰り寄せて腕の中の俺ごとくるまった。
背中に密着したキースの体からはこの状況にもかかわらず落ち着いた鼓動が伝わり、俺はよけい訳がわからずに混乱していた。
「説明もなしにいきなりすいません。」
頭の上でキースの落ち着いた声がした。
「あなたの体はあまりにも冷え切っていたので、とにかく暖をとるためにこのようなことをさせてもらいました。説明をしなかったのは、あなたが嫌がって無茶をしそうだと思ったからです。驚かせてすいません。」
キースが話すその間にも背中越しにキースの体温がじんわりと俺を暖め、からだの震えはおさまりつつあった。
俺はしみこんでくる人肌の温かさに、大きく安堵の息をはいた。
「…ったく、本気でびびったぜ? てっきりお前が童貞をこじらせたかと…」
軽口がたたけるぐらいに回復し、いつもの調子で言ったそのときだった。
俺の頬をいきなり左右にひっぱられた。
「私が童貞だと傭兵団に言いふらしていたのは、やっぱりあなたですか!!」
「いひゃいいひゃい! ひゃなへよ、はは!! (痛い痛い! はなせよ、バカ!!)」
自由に動くようになった手で、必死にキースの腕をたたいた。
あっさりと頬からキースの手は外れたが、「やわらかくて伸びますね…」とアホな感想をいただいた。
抗議するために体をねじろうとしたが、がっちりとキースに抱き込まれていて動けなかった。
しかたなく後頭部でキースの胸を強打しながら抗議する。
「だってお前、浮いた噂のひとつもねぇじゃねえか!」
「痛っ! 私には婚約者がいるのですから当たり前でしょう? いつも女性をはべらしているような人間がどこにいますか!! 」
「お前、婚約者がいるの!?」
「いますよ! それに貴族は血を残すのも仕事のひとつなんですよ。成人した貴族が童貞のわけないでしょう!? 」
「それ、どういうこと?」
なかなか興味をひかれる話ではないか。




