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67話 覚醒

 

 目の前のマルゲルスがいきなりふっとんだ。

キースがかがみ、マルゲルスの頬を思い切り張り倒したのだ。

その顔は今まで見たことない怒りの形相だった。


 驚く俺をよそに、キースは転がったマルゲルスのもとへとツカツカと歩いていく。

そして倒れているマルゲルスのえりもとをグッとつかんで引き寄せた。


「あなたは何を考えているのですか!? あなたは監察官という仕事に誇りをもっていたのではないのですか!? お父上を超えたいと思っていたのではないのですか!!」

「キース…」

キースの剣幕に、俺はただ見守ることしかできない。


「答えてくださいマルゲルス! アナタは何を考えているのですかっ!!」

キースは大きくマルゲルスの体を揺さぶった。

キースにはありえないその荒々しさに、本気で怒っているのがわかった。


「…じめて…」

「え?」

「はじめて真剣に怒られた…」


 マルゲルスがキースの顔を見つめてうっとりとつぶやいた。

なんとなく顔に赤みが戻っているような…いや、耳が真っ赤だ…。

…見たくなかった。


 俺が目をそらした一瞬、ゴツッと固いものが床にぶつかる音が聞こえ慌てて音のほうを見る。

キースが手を離したため、マルゲルスが床に頭をぶつけた音のようだった。

「お~い…」

キースはかがみこんだまま固まっていた。


 マルゲルスは床に顔をつけたまま、くぐもった声で囁き始めた。

「私は今まで、誰にも叱られることがなかった…。それなのに、君は僕の事を本気で叱ってくれた…」


 そこでマルゲルスはがばっと体を勢いよく起こし、固まっているキースの手を両手で包み込んだ。

「キーウェルス、感謝を言う! 僕は気づいたんだ、今までの僕は偉大な父に対するコンプレックスの塊だったと。そして誓おう! 僕は立派な監察官となり、父を超えてみせる!!」


 お~いキース、固まってないで帰ってこいよ。

なんかマルゲルスがまともなこと言ってるぞぉ~。


 俺はマルゲルスの視界に入らないような場所を確保しながら、二人の様子を見守っていた。


「僕は王都に戻るぞ! 王都こそが僕にふさわしいんだ!!」

立ち上がってそう叫ぶと、マルゲルスは自ら扉をあけ、意気揚々と飛び出していった。

開けっ放しの扉の向こうから使用人の歓声が聞こえる。

奇跡だとかなんだとか言っているのが聞こえた。



 俺はいまだに固まっているキースのそばに行った。

「キース、どうやらお前が標的になるのは免れたみたいだぞ…」

キースの肩に手をおくと、はっと気付いたように俺を見上げた。


「…どうなったのでしょうか?」

「ん~、皆が幸せになったんじゃね?」

「そ、そうですか…」


 そして俺たちは大きなため息をついた。

とにかく、全てが終わったのだ。



 応接間に二人で戻ると、歓喜の涙で顔をぐちゃぐちゃにしたおっさんたちに囲まれた。

喜びの涙はとてもいいものだが、理由が理由なのでおっさんたちが盛り上がれば盛り上がるほど、俺の気持ちは凍りつきそうなほどに冷たくなっていった。


 いきなり興奮したおっさんが俺のわきの下に手を差し込み、高い高いをするように持ち上げてきた。

「奇跡の幼女だ!!」

「奇跡だ!」

「ありがとうございます!」


 キースをふと見ると、苦笑しながら俺を見ていた。

おい助けろよ!



 応接間の興奮が終わった頃には、空が夕暮れに赤くなり始めていた。

昼飯を食べ損ねた俺たちは応接間で軽食をつまんでいた。

「もう遅うございます、こちらにお泊りになりませんか?」

使用人の言葉に、俺はキースのすそを引っ張った。


「せっかくですが、当初の計画通りにこのまま失礼させていただきます。今からなら王都の閉門に間に合いますしね。」

キースは俺の膝を軽くたたき、はっきりと言ってくれた。



 その後はとくに引き止められることもなく、荷物をさっさとまとめると俺とキースは馬にのって館をあとにした。

ちなみにマルゲルスの奴は病み上がりで興奮しすぎて、鼻血を噴出して倒れたらしい。

もうしばらく王都に帰ってくんじゃねえぞ!




 帰り道は尻が痛いながらも、順調のはずだった…。


「…あ?」

頬に水滴がおちたような気がした。

気のせいかと思っていると、いきなり音をたてて雨が降り出した。


「さっきまで天気がよかったのに!」

「参りましたね…」

叫ぶ俺の耳に、キースの重い声がとどいた。


「王都まであと少しなんだろ? もういいくらい濡れちまったんだし、このまま飛ばして帰ろうぜ。」

激しい雨のせいで、短時間ながら俺もそしてたぶんキースも下着まで濡れていた。

キースが馬の速度を緩めた。

「濡れたまま馬に乗っていると風で体温を奪われます。馬の制御も難しくなりますし、地面もぬかるんで危ないですしね。それに…」

キースが体を動かすのを背中で感じていると、いきなり俺の頬にキースの頬が押し当てられた。


「ひぃぃいい! 何してるんだお前!!」

「ほら、あなたは体が小さいからもう冷え切ってます。早く体を温めないと…」

顔が密着しているので、耳元に直接声がとどく。


「顔をはなせバカ! 他に確認のしようはなかったのかよ!!」

「すいません、革の手袋をしていたのであなたの露出している部分を触ろうとしたら、これしかなくて…」

キースは体をおこして謝った。


「ばぁか、ばぁか、ぶぁあかっっ!!」

俺は不意打ちをくらって変な声を出した恥ずかしさから、唯一自由な後頭部を何度もキースにぶつけてやった。

キースがけっこう痛がってたので少し溜飲をさげた。


「ふふっ、子供のほっぺたって見た目どおりふにふにしてて柔らかくて気持ちいいですね…グハッ!!」


 もう1発強烈なのをお見舞いしといた。




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