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66話 桃尻


 俺の後ろにさっとキースがまたがる。

「それでは、行きましょう。」

俺の両側をキースの腕が囲み、背中がぐっと密着した。

ちけぇなぁ、もう。


 ちなみに城門は問題なく出ることができた。

権力こえぇぇ。




 街道を俺とキースを乗せた馬が駆けていく。

以前狼討伐のときに通った道とは別だが、道の景色なんてものはどこも一緒だ。

それがあっという間に背後に流れていくのは爽快だ。

とはいえ、俺は景色を楽しむ余裕なんてまったくない。


「尻ぃ~、尻が痛ぇぇぇえええ!!」

「喋ったら舌をかみますよ!!」

「下からゴツゴツ尻を突き上げてきて痛ぇえええええ!!」

「! 馬鹿なこと言ってないで黙ってなさい!!」


 街道を行く旅人や馬車にのった行商人が、馬を飛ばして通り過ぎる俺たちをギョッとして二度見するのが視界のすみに見えたような気がした。




 そんなこんなで、昼ごろにはマルゲルスの療養している館に着いた。

静かな森のなかにあり、綺麗な泉のよこにその館はあった。

館は白が基調のすがすがしい感じだが装飾のもようがごてごてとあり、その横の赤い薔薇の茂みからツタが壁を覆い尽くすようにからんでいた。


「…薔薇の館…」

「気持ちは、わかります…。」

俺とキースは馬上でうんざりとつぶやいた。



 馬からおりて荷物を外し、キースが館の馬番に馬を引き渡すのを、尻を押さえながら涙目で俺は見守った。

「痛いでしょうが、態度には気をつけてくださいね。」

荷物をまた別の使用人にあずけ、キースが俺の横に戻ってきた。

「尻の皮が剥けてねぇかな…。俺の桃尻…」

「……黙って笑顔を心がけてくださいね。」


 ちなみに馬番も使用人も初老のおっちゃんだった。

以前のように若い使用人でまわりを固めているわけではなさそうで、俺は尻をさすりながら安堵のため息をついた。



 使用人に案内されて応接間に入る。

ソファに座るように勧められ紅茶を出されたが、俺は座った尻が痛くてそれどころではなかった。

気が付けば自然と尻をなでている俺を横目に、キースは紅茶に口をつけてため息をついていた。


 使用人の話では、マルゲルスの父親は忙しくて王都を離れることができなかったそうだ。

客人を呼びつけておいて申し訳ないとこの屋敷の責任者に頭を下げられたが、願ったりかなったりと俺とキースは目配せしあった。

これでこの屋敷で一番身分が高いのはキースと、あほな事ばかり呟いて廃人同様のマルゲルスとなる。

こちらの思うようにことが進みそうだ…。


「早速ですが、マルゲルス殿にお会いしても宜しいでしょうか?」

キースが切り出した。

本来ならば屋敷の主に会うときは乗馬服から着替えるのが礼儀らしいが、俺たちも、そして屋敷の人間たちも早くマルゲルスとの対面を望んでいた。

俺たちはさっさと済ませて帰りたいのが理由で、屋敷の人間たちは廃人の主になにかしらの変化を求めてだ。

「は、はい。どうぞよろしくお願いいたします。」


 そして俺たちは、この館の主であるマルゲルスの部屋へと入ったのだ。




 その部屋は白を貴重した清潔な印象の部屋で、間違っても磔台や拘束具やムチなどの妖しげなものは置いてなかった。

俺は部屋を見回し、安堵のため息をついた。


「マルゲス殿…」

キースが入り口からそっと部屋の奥にあるベッドへと声をかける。

「……。」

反応はない。

俺とキースは目配せをし、ベッドへと近づいていった。

マルゲルスの顔が見える。

頬はやせこけ、目の周りは隈だらけ。

ヤツはどこを見ているのかわからない虚ろな目をしてブツブツ呟いていた。


「…危ない薬を使ってんじゃねえの…?」

「なっ、そんなことはないでしょう…。そう思いますが…」

「…幼女に叩かれたくてここまでなるか?」

「う~ん…」


 俺は枕元から覗き込み、マルゲルスの目の前で手を激しく叩いてみた。

「…あ、…僕の奇跡…」

うっ、反応があった。

俺は顔をのけぞらせた。


「…僕を叩きにきてくれたのかい…?」

「もうお前、一生廃人になってろよ!」

全身に鳥肌をたてながら、つい叫んでしまった。


「クラン、一応彼は病人なのですから…。気持ちは痛いほどわかりますけどね…」

キースがいきりたつ俺の肩にそっと手をおいた。

「もうさ、コイツの希望通りにムチでシバキ倒したほうがいいんじゃねえのか? これってある意味禁断症状なんじゃねえの?」

「いや…、ここは彼の屋敷ですよ? さすがに大騒ぎになりますよ…」


「…ムチ?」


いつの間にかマルゲルスの顔が、俺たちのほうを、いや 俺 の ほ う を 向イテイタ…。

「ひいっ!」

そのうつろな眼がしっかりと俺をとらえ、俺とキースの目の前でヤツはゆっくりと起き上がる。

墓場から腐った死体が這い出してくるように、ヤツはベッドから抜け出して這いずりながら俺のほうにゆっくりと近づいてくる。


「う、わ、わ、わ、わ…」


「あぁ…僕の女神、一緒にここで暮らそう…。ここに君の望むものを全てそろえるから…。ここを僕と君の楽園にしよう…。…君なら大きくなっても素敵な女王になれるよ…。さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ…」

そのまま壊れたように同じことを繰り返してつぶやき続けている。

俺をただひたすらに見つめながら。


「いやぁぁああ、サルバンの馬鹿と微妙に言うことがかぶってるぅぅぅ!! これ以上変態を俺に近づけないでくれぇぇえええ!!」

部屋の壁に追い詰められる。

けっこう騒いでるけど誰も駆けつけないってことは、この部屋、またもや防音構造なのかっ!?


 マルゲルスの手が俺の足をつかもうとしたそのときだった。



「いい加減にしなさい!」


 目の前のマルゲルスがふっとんだ。



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