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64話 行きたくない!


「クラン、ちょっといいか?」


 朝礼のあと、洗濯をするために広間を出ようとしていたらおやっさんに呼び止められた。

俺が駆けよると、おやっさんは微妙な顔をしていた。


「どうしたんですか?」

「ん~とだな…」

頭をボリボリかいて歯切れが悪い。


「お前、マルゲルスを覚えているか?」

「…忘れようとしてましたが…?」

俺は鳥肌がびっしりとたった腕を見せた。

「そうだよな…」

おやっさんはため息をついた。



「マルゲルスがいま静養地で療養中なのは知ってるか?」

「えぇ、キースに聞きました。」

そしてそのまま王都に戻ってくることがないように祈っている。


「あそこの親父さんがな、あんまりにも息子が女神だの女王だのぶつぶつ言ってるからな、いっそのことマルゲルスにお前の顔を見せてほしいんだと。」

全身の血の気がひくのを感じ、身震いした。


「おやっさん! アンタ、権力に負けてわたしを売り飛ばす気ですか!!」

「バカ言え! 人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ!!」

周りに人のいる広間で話しているため、感情的になりつつも一応女言葉に気を使う。


「あんな奴に会ったが最後、いたいけな幼女なのににあ~んなことやこ~んなことをされて、わたしは廃人になってしまいますよ!? そんなに虚ろな目をした幼女が見たいですか! この鬼畜!!」

「鬼畜ってお前っ…!」

さすがに言いすぎかとは思うが、俺だって貞操がかかってるんだ!


 周りにいた連中が俺たちの大騒ぎに注目しだした。


「ちょっと来い!」

おやっさんに拉致られるかのように抱き上げられ、団長室に連れ込まれた。


「力に頼る大人ってキタナイ…」

床におろされると同時に身を縮こまらせて、おやっさんを見つめる。

もう、使えるものはなんでも使う!

あの変態には二度と会いたくない!!


「あのなぁ…」

おやっさんは脱力したように俺の前に腰をおとした。


「お前の気持ちはよくわかるが、今回は本当に相手が悪いんだ。マルゲルスが監察官だったろ?

 その親父殿は監察官の元締めなんだ。下手をすればこの傭兵団を潰されかねん。」

「うぅっ、権力に屈するおやっさんなんて見たくなかった…」

俺は胸の前で手を組み、おやっさんをひたすらに見つめる。

おやっさんは呻いて俺から目をそらした。

よしよし、じわじわと効いてるな…。


「マルゲルスがあぁなったのは、元々キースのせいなんですよ!?」

「なんだと? 詳しく聞かせろ。」


 そこで俺は、キースとマルゲルスの学生時代の因縁をおやっさんに熱く、暑く、そしていかに俺は関係ないかを語った。

「だから、俺じゃなくてキースが行くべきだと思います!」

「う~ん」

おやっさんは顎に手をあてて考え込んだ。


「クライン、キースを呼んできてくれ。」

「了解しましたっ!!」

俺はこっそりとガッツポーズをとると、急いで副団長室のキースを呼んできた。



「お話とはなんでしょう?」

いきなり団長室に連れてきて背後に立つ俺をチラチラと気にしながら、キースはおやっさんの前に立った。

キースには説明をあえて一切せずに団長室に連れてきた。

よく理解できていないうちに、マルゲルスに会いに行く役目を押し付けてしまうためだ。



「クラインからお前もマルゲルスに関係していると聞いてな。」

サッとキースは振り返り、俺の顔を見た。

その責めるような視線におもわず顔をそらした。


「廃人のようなマルゲルスに会ってほしいと、2日後にあちらから迎えの馬車をよこすそうだ。

そこでだ、キースとクラインの二人で静養地に向かってほしい。」

「「え!?」」

珍しく俺とキースの声が重なった。


「元凶のキースだけで、俺が行く必要はないでしょう!?」

「あちらさんはクランであるお前をご指名だ、行かないわけにはいかんだろう。俺が付き添いで行くつもりだったが、キースも関係しているならキースに付き添いを任せよう。」

「おやっさん、そりゃないですよ!!」

俺は必死に食い下がる。

どうせ行くはめになるのなら、堅苦しいキースよりもおやっさんのほうが良い。


「これは決定だ。以後は二人で打ち合わせをするようにな。」

おやっさんの一言に、俺は打ちのめされてその場に座り込んだ。


「行って、私たちは何をすればいいのでしょうか?」

床に座り込んで『のの字』を書いている俺をよそに、冷静に質問をするキースの声がする。


「…さぁな。会って顔を見て、一言でも言葉を交わしてほしいとさ。」

「…それだけで終わりそうにはないですね…」

二人のため息が聞こえる。

なんだろう、全身に鳥肌がたっておさまらない。


俺は床を見つめたまま呟いた。

「…そもそも、その馬車に乗って、目的地にちゃんと着くんですかぁ…? この前みたいに変態の屋敷に連れてかれて、そのまま監禁ってことはないんですかぁ…?」

二人がぎょっとしたのが空気でわかった。

ふっ、今の俺は意図しなくても虚ろな目の幼女になっている自信があるぞ…。


「薔薇の館のことを思い出して嫌なら、なんとか理由をつくって私の馬車で行きましょうか。」

「……今日は遅いからもう泊まっていけって言われてぇ…、そのまま監禁されることは…」

「いや、さすがにあちらもそんな強硬手段にはでないと思うぞ。上流貴族だからって、なんでもできるわけじゃないからな。

馬車で行けば1日じゃ帰ってこれない。そうなれば下心がなくても泊まっていくように言われるだろうし、それを断るのはさすがに失礼にあたるぞ。」


「…ぜぇったい、ぜぇったい泊まりたくなんかないです…。」

うつむいていたせいか俺の顔に長い髪がはりついており、二人の姿が髪の毛ごしに見える。

髪の毛をはらうのもおっくうで、そのまま床に膝と手をつき二人を見上げた。



 …なんだろう、無性に井戸に入りたい気分だ。



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