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5話 城門とクッキー

 


 荷馬車に揺られているうちに、王都の検問所が見えてきた。

数百年前の戦乱期のなごりで、ごつい城壁に囲まれている。

王都に出入りできるのはこの北門と反対側の南門の二つだ。


 行商人に礼を言って馬車をおり、貴族用・商人や旅人用・王都の民用とわかれた入り口の、民用の門に並ぶ。

身分証明証があれば一番手続きの簡単な門だ。


 並んでいるものも少なく、すぐに最後の俺の番がくる。

今日の門番は衛兵のなかでも下級騎士でよく知っている奴だ、ついてるぜ!


「ん?おじょうちゃんは見かけない顔だね。ひとりで外に出てたのかい? おじちゃんに証明証を見せてくれるかな?」

不思議そうな顔で若い門番の男は優しく尋ねてきた。コイツは一応は騎士だが威圧的でなく、城下町の子どもにも人気の男だ。


 俺はできるだけ可愛く見えるように小首をかしげ、見た目の年齢相当の話し方を心がけた。

幼女な自分を認めたわけでは決してないが、ここでトラブルを起こすわけにはいかないのだ。


「フォルクのおじちゃん、詳しいことは言えないのだけど、傭兵団の団長か副団長のキースさんを呼んで欲しいの。お願い事を聞いてくれたら、おじちゃんが前から欲しがっていた「The巨乳 愛蔵版」をクラインからおじちゃんにあげるの。騒ぎを起こしたくないからこっそりとお願いね。」

 

 フォルクはぎょっとした顔で俺から身を引いたあと、俺の顔をガン見して呻いた。

「お、おじょうちゃん、クラインの隠し子かっ!? クラインにそっくりだな、おい! あの野郎、王都の外でうまいことやってやがったんじゃねえか!」

俺は無言で奴の足を踏みつけた。

後半はでかい独り言か?


「うっ、やることまでクラインにそっくりじゃねえか。こりゃ大騒ぎになっちまうな、よし、おじょうちゃん待ってな、今傭兵団の本部と団長の自宅に伝書鳥を飛ばしてやるからな。うっひひひ、アイツをからかうネタができたなぁ。ここで恩を売っといて麦酒5杯おごらせよう…」

だからお前、心の声が駄々漏れだぞ。そんなんだからお前は下っ端のままなんだよ。



 王都の住人用の門を利用するのは閉門ギリギリで俺が最後だった。

フォルクは門を閉めると他の人間の目に付かないよう、俺を平民検問用の個室に入れクッキー2枚と水を持って来てくれた。

このクッキーは甘い物好きのフォルク自身のおやつなんだと思う。

下級騎士なんて、騎士と名乗るものの平民より貧乏な奴も少なくない。フォルクの家もそのひとつだ。

焼き菓子だってそう簡単に手に入るものじゃねえのに、こういうところがコイツのいいところなんだよな。

クッキー2枚分、麦酒2杯おごってやるぜ!


 俺は甘いものは苦手なのだが、ここはコイツの好意を受け取るためにも一枚食べてみた。

クッキーはボソボソでかなり甘さ控えめだったが、精神的にも身体的にも疲労しきっていた俺には染み入ってとてもうまかった。

「おじちゃん、とってもおいしい。ありがとう。」

俺が感謝の意を表すと、じっと見守っていたフォルクは笑みを浮かべた。

「そうかそうか、おいしかったかい。良かった、そのクッキーはおじちゃんが作ったんだよ。」


 お前が作ったんかい!

「砂糖もバターも高価だからほとんど使ってないけど、小腹がすいたときにつまめるようにってね。おじょうちゃんの口にあうか心配だったけど良かった。」

お前の笑顔がまぶしくってしょうがねえよ! 麦酒もういっぱい追加だ、コラ!


 しかし今まで魔導士の裏の話やサルバンの建物の異様な雰囲気に飲まれっぱなしだったんで、こういうやり取りが涙が出そうなくらいめちゃくちゃ嬉しい。

幼女になってから知らず緊張して強張りっぱなしだった体がほぐれるのを感じつつ、たとえ危険があっても王都に帰ってきて正解だったと実感していた。




 そんな時、個室のドアが勢いよく音を立てて開かれ赤銅色の髪をたてがみのように逆立てた大男が立っていた。おやっさんだ。

2mはあろうかという大きな体を、外出用の簡素なローブでまとっている。

ローブの下には平民が着るものよりは高級だが、装飾の全く無いシャツとズボンだけの貴族用の室内着を着ていた。

自宅の屋敷から飛んで来てくれたようだ。


「おいおい、クラインの隠し子がいるってぇから飛んで来てやったぞ! そのガキかぁ?」

俺は無言で、水を飲み終わった木の杯をおやっさんの顔めがけて投げつけた。

声が出けえよ!! 廊下でなに叫んでくれっちゃってるんだよ。


 おやっさんは微動だにせず余裕で杯を受け止める。

そのまま顔をしかめていた俺を見て豪快に笑い出した。

「おぉう、チビのクラインがいるじゃねえか!目つきの悪さも手の早さもそのまんまだな!」

「ライオネル殿、女の子相手にそれは可哀想ですよ。確かにクラインにそっくりだけど目も顔も可愛じゃないですか。おじょうちゃんも物を投げたらだめだよ?」



 フォルクとおやっさんのやりとりを眺めながら、俺は違和感を感じていた。

おやっさんは二人の子持ちで子煩悩な愛妻家で有名だ。

でかい図体はただでさえ子どもに怖がられるので、そこらの子どもに接するときは笑っちまうくらいめちゃくちゃ慎重に行う。

それが今はまるで威嚇するような態度で、正直子どもである俺を泣かせようとしてるのかと思うほどだ。


 おやっさんは厳つい(いかつい)笑顔のまま俺と二人きりにしてほしいとフォルクに耳打ちする。

フォルクもおやっさんの態度に不安があるようで戸惑っているが、俺が大丈夫とうなずいて見せると何度も振り返りながら部屋を出て行った。

 フォルクは衛兵で役職は上とはいえ、上級貴族であるおやっさんには逆らえない。

だがおやっさんは貴族の位を持ち出して理不尽な要求を通すことは絶対にしない。




 違和感が増す中、いつの間にか笑顔を消した厳しい表情のおやっさんが俺の向かいに座った。

さながら尋問室のような状況と尋常じゃないおやっさんの威圧感にただただ圧倒され、俺は嫌な緊張に体を強張らせることしかできなかった。



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