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52話 砂時計の見守る時間



「申し訳ございません、主人のほうにクラン様のお体が優れないことは伝わっておりませんもので…。」

「あ、行きます! アネスト卿とお話をしに行きます! 少し支度をしてすぐに伺うとお伝えください。」


 メイドさんは礼を言い退室していった。

おやっさんは心配しながらも身支度を手伝ってくれた。

身体はだるいし頭もぼんやりとしているが、それよりもアネスト卿の具合が心配だった。


「俺のことを話すか話さないかはまだわかりません…。」

「わかってる。」

おやっさんの顔を見上げながら心もとなくつぶやく。

おやっさんは力強くうなずき返してくれ、俺は肩の力を抜き熱っぽい息を吐いた。


「足元がふらついてるな。連れて行ってやるよ。」

そう言って俺を抱き上げてくれた。

俺もついてきてほしかったので、礼を言ってそのまま首にしがみついた。




 おやっさんに抱き上げられたまま、メイドさんの案内で2階のアネスト卿の部屋まできた。

扉の前で降ろしてもらい、おやっさんとうなずきあって俺だけが部屋に入った。


 まず医者が俺を出迎えた。

「悪かったね。医者として君には静養をさせるべきなのだが、友の願いをかなえてやりたくて…。」

俺は問題ないと医者にうなずいた。

医者は俺の状態を見て頭を撫でたあと、大き目の砂時計を取り出して俺の目の前でひっくり返した。

「お互い、あまり無理をしないように。面会はこの砂時計が下がるまでにしてもらいたい。」

「わかりました。」


 医者が退室するのと同時にベッドに近寄り、アネスト卿の顔をのぞきこむ。

顔色は土気色で、呼吸も浅くてはやい。

俺はとっさに医者の出て行った扉を向いた。


 これは話をできる状態じゃないのでは?

これは、これはまさか……

…最期の言葉を聞かせるため、とか…?


「……クランか…?」

背後から弱弱しい声がして、慌ててアネスト卿に向き直る。

その声は今までの張りはなく、しわがれて聞き取りにくかった。


「ここに居ます。」

目は開いているがしっかりと見えていないのか、視線をさまよわせるアネスト卿の手をしっかりと両手で握り締めた。


「…昨夜は、ちゃんと眠れたかね…?」

「…はいっ…」

何でこんなときにまで俺の心配をするんだろう、返事をする声が泣き声になりそうなのを必死にこらえる。


「…お前は優しい子だから、…今頃自分を責めているんじゃないかと、心配でね…。」

俺はアネスト卿が話すのを邪魔しないように、黙ったまま聞いた。


「…私はね、この状況に満足しているんだ。」

「…!」


「…王都で息子が私の跡を継いでいてね。……娘も遠くで親子3人幸せに暮らしているだろうし。

もう思い残すことはない。…やっと妻に会いにいける。…最期にお前に会えて嬉しかったよ。

お前は本当に娘によく似ていて、…レイシアの娘か孫と言われてもおかしくないくらいだ。

私はお前を、本当の孫のように…いや、年で考えたらひ孫か。」

アネスト卿は力なく微笑んだ。

いまだ俺と視線はあわない。


「俺はっ、俺は!」

それ以上アネスト卿の言葉を聴いていられなくて、俺はついさえぎってしまった。

「…クラン?」


「俺、本当はクラインて名前なんです! 訳あってこんな姿になってるけど、本当は25歳くらいの男なんです! 赤ん坊の頃から王都の孤児院で育って、成人しておやっさんに引き取られて!」

俺は感情のあらぶるまま、自分が何を言っているのかわからないままに言い募る。


「昨日の夜にいきなりおやっさんから、行方不明だったあなたの孫かもしれないと言われて!

でも俺はそんなの全然信じられなくて! あなたの孫だったらどんなにいいだろうって思うけど、そんな奇跡みたいなこと俺にはわからない!」

いつの間にか涙がとりとめもなく溢れて視界はゆがみっぱなしだが、俺は顔もぬぐわずにアネスト卿の手を握り締め続けた。


「…わからないけど、わからないけど! あなたの生きようとする力になれるなら、俺は何にだってなります。奇跡を信じて受け入れ、あなたの孫であると! …だから、だから最期だなんて言わないでください! 俺に本当の孫として会ってください! 俺の本当の名前を呼んでください!!」


 全部口に出して言い終わったあと、これが俺の本心だったんだと自覚した。

そして我に返り、重病人の横でわめいたことに焦った。

慌てて肘で目をこすってアネスト卿を確認すると、アネスト卿は熱に浮かされた顔で俺の顔を見ていた。


「…ア―」

「病人の部屋で大きな声をだすんじゃない!」

俺の我を失った声はドアの外にも聞こえていたようで、医者があわてて部屋に飛び込んできた。


 砂時計はあと少し残っていたが、俺の動向がよろしくないと判断した医者によって、強制的に退室させられた。

部屋を出る際にベッドのアネスト卿を見たが、彼は目を閉じていた。

一瞬、彼の目元が光ったように見えたが、よく確認はできなかった。



 部屋の外ではおやっさんが壁に寄りかかって立っていた。

「…おやっさん、俺…そんなつもりはなかったのに、訳がわからなくなってしまって、気が付いたら全部喋っていました。」

「そうか。」

おやっさんは静かに返事をした。


「…アネスト卿が、もう思い残すことはないって俺に言うんです。…だから、本当だろうが嘘だろうがいいから、何とか生きてもらう理由になれたらって思って…。本当は俺、これっぽっちもアネスト卿の孫なんて思えないんです。俺は王都の孤児院で育って、今は傭兵団にいるクラインなんです! 今までも、これからも! だけど…だけどっ!」


 そこで一度は止まっていた涙がまた溢れ、俺はおやっさんにしがみついてすすり泣いた。

しばらく静かな廊下に、俺のくぐもったすすり泣きの声だけが響いていた。




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