50話 クラインの過去
「で、ここからが本題なんだが。」
おやっさんが俺の肩に手を置く。
その表情は今までにない真剣な顔で、俺は知らずに息を飲んだ。
「お前が孤児院に入ったときの話をしたことなかったな。」
「えぇ、俺も興味なかったですし。」
俺たちがいた孤児院は、孤児本人には絶対に入った状況を教えることはない。
それは孤児院が、貴族や王族の知られてはいけない子どもを預かる場所でもあったからだ。
一番多いのは使用人との間にできた子どもを、親から引き離して余計な知識を入れずに監視の届くところで育てさせ、もしものときに引き取るためだ。
そんな理由から、捨て子も、親なし子も、貴族の隠し子も同等に扱い、身分を隠すために孤児本人には知らされない。
引き取り親には知らされるため、引き取り親に聞けば知ることができるが、大体の奴は引き取り親に遠慮するか、里心を出されないためにも引き取り親のほうが教えない。
俺の場合は成人していたし、傭兵団に入るってことで特に聞かなかった。
今までおやっさんのほうから言うこともなかった。
「お前はな、王都の城壁の外に、傷やあざだらけの状態でボロ布に包まれて捨てられていたそうだ。…腕や足も骨折もしていたらしい。」
「うっ、予想以上にひどい。」
自分がお貴族様の隠し子なんて思ったことは一度もないが、さすがにそこまでひどい扱いを受けていたとは思いもしなかった。
「一時は命も危ない状態だったそうだ。孤児院より先に医療所に連れて行かれ、一命をとりとめたそうだ。孤児院は、貴族か王族が殺そうとした赤子か、虐待をされていた赤子かと見当をつけ、お前を拾った経緯を届け出ずに育てることにしたんだ。」
う~ん、赤子の頃から波乱万丈な人生だったんだな、俺。
「それが25年前くらいのことだ。」
「俺の歳がそのくらいだから、そうなんでしょうね。でもなんでそれを今?」
「アネスト卿の娘さん夫婦の事故も、25年前のことなんだ。」
おやっさんは俺の顔を見つめたまま、ゆっくりと言った。
「お前が拾われたときと、アネスト卿の事故がちょうど同じくらいなんだ。」
「…え? ちょっと待ってくださいよ、意味がわからない…。」
混乱する俺を置いてけぼりにして、おやっさんは更に続ける。
「正直なところここに来るまで、お前と、アネスト卿の事故のことを結び付けようなんざ、これっぽちも思っていなかったんだ。だがな…。」
そこでおやっさんは、俺の頭をゆっくりと撫でた。
「お前の姿を見たアネスト卿が、娘さんにそっくりだと驚いたのを見てな。俺もお前がこんな女の子の姿じゃなきゃ想像もしなかったんだが、確かに俺の記憶にあるレイシア嬢と今のお前は似ているよ。」
「…似ていますか?」
俺は見せてもらった肖像画を思い出したが、自分ではどうしてもわからなかった。
そういえばこの屋敷に入ったときに使用人が俺を見てきたが、傭兵団の中に俺がいる物珍しさからではなく、…前領主婦人に俺が似ているからなのか…?
「つまりお前は、あのときの事故で死んだと思われていた赤ん坊であり、アネスト卿の孫なんじゃないだろうか。」
「……いや、突拍子もなさすぎて、理解できないです…」
「確かに確証はない。なぜ街道で事故にあった赤ん坊が、王都の外に捨てられていたのかとか。
アネスト卿の赤ん坊は名前の刺繍の入った布に包まれていたそうだが、お前はボロ布に包まれていたというし。事故があった日はわからず、お前が発見された日も記録が残されていないため不明だ。」
「わからないことだらけじゃないですか。」
俺は力なく呟く。
「そうだな。だがこのままアネスト卿になにかあったら、奇跡が起こって孫と祖父が遭遇しているにも関わらず、お互いを知らないまま死に別れることになってしまう。俺はこの奇跡を台無しにしたくない!」
「だけど、こんなの詐称罪って言われてもおかしくないでしょう!?」
「こんな奇跡の前に、そんなこと言ってられるか! もうアネスト卿に残されているのは、王都にいる息子さんだけだ。奥方や娘夫婦に孫、亡くした人のほうが多い。もしお前が死んだと思っていた孫だとわかったら、生きようとする力になるんじゃないか?」
そこまで言われると、俺も何も言えずに言葉に詰まった。
ふと、言い合う俺たちを見たら傭兵団の連中はなんて思うだろう、と余計なことを考える。
いつもの通り、パパに怒られているクラン坊とはやすだろうか。
いや、おやっさんも、たぶん俺の顔もそうとうひどい顔をしているはずだ。
おやっさんと見つめあうが、互いに顔をそらし、ため息をついた。
「…悪かったな、俺も興奮しているようだ。」
そう言っておやっさんはグラスの酒を一気に飲み干した。
「…いえ。」
俺が本当に孫かどうかはおいといて、引き取り親として俺の事情を知っているおやっさんの気持ちも痛いほどよくわかる。
喉が凄く渇いているのに気が付いて、俺も机の上の牛乳を飲み干そうと口をつけ……冷えてできた膜が口に入り、気持ち悪くて全部吐き出した。
おやっさんがそんな俺に驚いて、慌ててむせている俺の背中をさすってくれた。
「お前っ、大丈夫か!? 」
「…すんません、牛乳の膜が気持ち悪かっただけです…。」
「おま…! 心配させんなよ…。…あぁ、お前も尋常な状態じゃないもんな。悪かった。くそっ、本当にどうにかしてる。」
おやっさんに渡された蜂蜜酒を口に含む。
口の中に優しい甘さが広がり、腹の辺りがじんわりと暖かくなって少し気が安らいだ。
「落ち着いたか?」
「…はい。」
「だいぶ顔色は良くなったな。お前も疲れてるんだ、今日はもう寝ろ。俺も応接間に戻る。」
「おやっさん!」
ソファから立ち上がり、その場を去ろうとしたおやっさんの上着のすそをとっさに掴んだ。
「どうした?」
「……一緒に寝たい。」
「…………。」
客間に沈黙がおりた。




