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47話 予想外の恐怖

 


 突如、空気を切り裂くような、獣の悲鳴が聞こえてきた。


「灯りをつけろぉぉぉ!!」

「出たぞ!」

「どこだ!?」


 闇のなかであちこちから怒鳴り声が上がり、それをかき消すようにいくつもの羊の鳴き声が響き渡る。

俺はベランダの柵に顔を押し付けて、状況を把握しようと目をこらす。

鼻に、さびた鉄のような生臭い臭いが届いた。


「…っ!」

眼下に灯りが点り、血まみれで倒れている羊が目に入った。

俺が息をのんだその間にも、次々と灯りがともり牧場の様子が明らかになる。


 血まみれの羊の周りに、3頭の狼の姿があった。

さらにその狼たちを遠巻きに囲み、10人の男たちが武器をかまえている姿が目に入る。


 もう一箇所、離れたところから火がともされる。

森のほうで見張っていた組だ。

何か怒鳴りながら牧場のほうに駆け寄ろうとしている。

ここからでは怒鳴っている内容は、まったく聞き取れなかった。


「…ん?」

俺は彼らの背後、森の暗闇の中に何かを見つけた。


「クラン、室内に戻ろう。これ以上はお前が見るべきではない。」

「ちょっと待って! 森の中に何かが!」


 静かに、だが有無をいわさぬ語気でアネスト卿が俺の肩に手をおいたが、俺は必死でその手を押しとどめた。


「どこだね?」

「ほら、あそこ!」

俺は必死で柵から手を伸ばし、何かが見えた一点を指差す。


「…私には何も見えないが…」

「あっ!!」


 闇に浮かび上がる5対の青い光。

それは、森に潜む狼の瞳だった。


 すぐそばにいる森を見張っていた連中は、牧場に駆け戻る途中で隊列も乱れ、潜む狼に全く気付いていない。


 あれじゃ背後から襲われてしまう!

でもっ、ここからじゃ俺の声は届かない、どうする!?


 気付いた瞬間、俺は自分の背よりもだいぶ高かった柵を乗り越え、2階から飛び降りていた。

「クラァァンッッ!!」


 頭上から降ってくるアネスト卿の声を聞きながら、闇のなかを俺は落下していく。

「うっひょおおおぉぉお!! 死ぬぅぅっぅう!!」


 俺は飛び出したことを後悔する間もなく、地面に激しく叩きつけ…られなかった。

何か固くもなく、でもけっして柔らかくもないモノにぶつかり、弾き飛ばされて地面に転がった。

「ぐえっっ!!」

「ブウェエエエエエエエエ!!」


 俺は痛む身体を騙しながら起き上がる。

かなり全身が痛むが、どこも骨は折れていないようだ。


 牧場での騒ぎに、屋敷中の灯りがつけられる。

俺は、目の前に浮かび上がった塊を凝視する。


 それは、たぶんこの混乱で逃げ出してきた羊だった。

俺と羊は凝視しあう。

…。

……。

………。


 それは刹那の時間だったが、羊の想いが俺に流れ込んでくるような気持ちになった。

「俺を助けてくれるか!」

羊は何も言わずに俺を見つめ続けている。

言葉は通じ合わないが、その瞳が俺に語りかけていた。


『私に乗るが良い!!』

そんな声が聞こえた気がした。

「頼むぞ!!」


 俺はすかさず羊の背によじのぼりしがみつくと、その尻を叩いた。

羊は一声あげると、森のほうに向かって猛スピードで走り出した!

「頼りにしてるぜ! 相棒!!」

「ブメェェェエエエエエ!! (てめぇ、何勝手に乗ってやがんだよ!! 降りろゴラァ! 振り落としてやっぞ、この野郎!!)」


 羊、いや、相棒は勇ましく鳴きながら、牧場へ駆け戻る途中の連中のところまでたどり着いた。

「ぐほあぁぁぁあああ!」

俺はその勢いのまま地面に投げ出された。

羊はスピードを緩めることなく、どこかへと去っていった。



「何だ、今の!?」

「ひ、ひつじか?」

突如飛び込んできたカタマリに、牧場に向かっていた一団の足が止まる。


「クランか!? バカ野郎っ!! 何でこんなところに居やがるッッ!!」

おやっさんが泥まみれで倒れている俺を確認すると、思いっ切り怒鳴りつけてきた。


「おやっさん、後ろだ! 後ろの森に狼が最低5頭は潜んでやがる!」


おやっさんは即座に森のほうを向き、明かりを背後に隠した。

灯りがあるほうが、森の闇が深くなるからだ。


 他の連中も森の中の気配に気をとぎらせた瞬間、うなり声を上げながら5頭の狼が一斉に飛び掛ってきた!

「クラァァン! 屋敷のほうに走れぇぇ!」

おやっさんは長剣を前にかまえて、飛び掛ってきた狼を叩き落しながら叫んだ。


 伝えるべきことは伝えた。

あとは皆の足を引っ張らないように、その場を離れるだけだ!


 俺は屋敷に向かって脱兎のごとく走り出した。

目に、おやっさんに飛び掛っていた狼の姿が焼きついて離れない。

身長が縮んだせいか、その狼は馬鹿でかくて、とてつもない化け物に見えた。

クラインのときだったら先頭に飛び出していっただろうに、クランの今では怖くて怖くてしかたがない。

狼なんて平気なつもりだったのに、今は恐怖が身体を突き動かしていた。


 走る俺のすぐ背後で、狼の悲鳴が聞こえた。

ビシャッと脚に、何か熱い液体がかかった。

「ひぃいいっっ!!」

俺は後ろを振り返らずに、とにかく走った。



「…あっ!」

血糊に足をすべらせて派手にすっころんだ。


「ひぃっ!…あ…あぁ!」

早く起き上がろうとするが、気ばかりがせって思うように起き上がれない。

今にも無様に倒れている後ろから、俺よりも大きい狼が飛び掛ってきて、子どもの細い首に牙を突き立ててくる気がして手が、体が恐怖に震える。


「クランっ! 大丈夫か!?」


 引き締まった腕にがっしりと抱き起こされた。

半狂乱になりながら、俺は目の前の人物にすがりついた。

「あ…、あぁ、お、狼が追ってくる! 逃げないと!!」

「大丈夫だ、牧場のほうは片付いた! 今森のほうに援軍が駆けつけている!」



 すがりついてた人物の顔を見上げる。

アネスト卿が必死の形相で俺を見つめていた。

俺が2階から飛び降りたあと、追って走ってきてくれたみたいだ。

「落ち着いたか? さぁ、今すぐこの場を離れよう。」


 アネスト卿が俺を抱き上げようとしたそのときだった。



「1匹抜けたぞっ!!」

「いかん、あっちは!!」



 背後から、そんな怒鳴り声が上がった。




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