46話 お花畑デート
「クラン、お弁当を持って、少しピクニックに行かないかい?」
「ピクニック?」
厨房に運ばれていくチーズを見送っている俺に、アネスト卿が手をつないだまま話しかけてきた。
「応接間の様子を見に行かせたが、まだ起きる様子もなさそうだ。屋敷のすぐ近くに花の綺麗な丘があっ てね。どうかな?」
「行きたいです!」
花の咲く丘に二人でピクニックなんて、ますますデートじゃないですか!
俺は期待に顔を緩ませながら、ニコニコとアネスト卿を見上げた。
アネスト卿もニコニコと俺を見下ろす。
幼女の姿だと、遠慮なく甘えることができるなぁ。
クラインのときには考えられないくらい素直になっている自分に驚きながら、ピクニックの準備をする使用人たちを見守っていた。
「出かける前にトイレをちゃんと済ませておこうか。」
「…はい。」
そこは忘れちゃいかんですな。
馬車にのり、街道を少しいったところで花の咲く丘についた。
思ったより近く、大人が走ってもばてる前にたどり着けるぐらいの距離だった。
「わぁ…!」
丘一面に白や黄色の花が咲いており、王都でみる庭園に比べればとても素朴なのだが、見える範囲の全てが花畑という光景に俺は歓声をあげた。
「気に入ってもらえたかな?」
「すっごく!」
俺はこの花畑で思いっきりゴロゴロ転がりたくて、うずうずしながらアネスト卿に聞いてみた。
「ここでゴロゴロ転がってもいいですか?」
「う~ん、せっかくのワンピースと髪に草や泥がついてしまうから、やめたほうが…。
あぁ、娘もよく泥や草まみれになって怒られていたな…。」
そこでアネスト卿は微笑んだ。
「今からランチタイムするから、それは後にしようか?」
「はい!」
魅惑のチーズランチ、待ってました!
同行してきたメイドが、敷物とバケットを用意する。
彼女は……これからヤギ乳の恩恵を受けるのか、発展途上だった。
ランチはとても素晴らしいものだった。
薄くスライスしたライ麦パンに、濃い味のチーズと野菜と魚の燻製を挟んだもの、とろけるような生チーズのみをはさんだもの、クセのある味を火であぶってまろやかにしたチーズと燻製肉をはさんだものなどいろんなバリエーションがあった。
かわりものとして、葡萄酒や麦酒やエールにつけこんだチーズもあった。
どれもこれもおいしく、また酒が無性に欲しくなる味だった。
普段そんなに食べられない俺だったが、かなりの量を平らげ満足げにぽっこり腹を撫でていた。
「だいぶ気に入ってもらえたようだね。」
「もう、お腹がはちきれそうです。」
そんな俺を、アネスト卿は目を細めながらほほえましげに見守っている。
何か恥ずかしいな。
「それじゃあ腹ごなしに、少し散歩をしようか。」
「はい。」
俺とアネスト卿は手をつないで花畑を散歩した。
花畑をゴロゴロしたい気持ちはまだあったが、更に出たぽんぽこ腹がつぶされそうでやめた。
「クラン、ここに咲いている花をつんで、花束を3つ作ってもらえないかな?」
「は~い!」
俺はそこらじゅうの花をつんで束にする。
センスはないので、とりあえずいろんな種類の花が混ざるように作った。
俺ができた花束を見せると、アネスト卿に連れられて丘の端に来た。
そこは見晴らしがよく、ちょうど屋敷や牧場を見下ろせる位置にあった。
「それをここに置いてくれないかな。」
アネスト卿が示すところを見ると、大理石でできた3つの石碑が並んでいた。
それぞれ『エレミア・アネスト』、『クレイス・バーンズ』、『レイシア・バーンズ』と書かれている。
「これが私の妻、こちらの2つは私の前の領主夫妻だよ。」
アネスト卿が石碑に手を置きながら、ひとつひとつ教えてくれた。
花束をひとつずつ供えると、俺もアネスト卿の真似をして、祈りをささげた。
目を閉じて沈黙している俺たちの間を、風が通り抜け、頬を優しく撫でていった。
「さぁ、そろそろ傭兵団の皆が目を覚ましている頃かもしれない。帰ろうか。」
「はい。」
アネスト卿は俺に微笑みかけ、ふと後ろを振り返った。
それは一瞬のことで、そのまま俺とアネスト卿は馬車に乗り込み、屋敷へと戻っていった。
屋敷では、おやっさんたちがぼちぼち起きてきたところだった。
メイドさんたちがおやっさんたちの遅い昼飯を準備していたので、俺も配膳を手伝った。
「お前じゃなくって、メイドちゃんに運んでもらいたかったのによぉ…」
こんなことをのたまうバカがいたが、気持ちはとてもよくわかるので黙ってお盆で頭をはたくだけにしておいた。
「ようクラン、どこ行ってたんだ?」
俺に気が付いたおやっさんが、食事の手を止めて声をかけてきた。
「花の咲く丘で、じぃじとデートですよ!」
俺はにんまりと笑いながらおやっさんに答えた。
「……そうか。…それは、良かったな。うん、良かった。」
そう言って、おやっさんは思い切り俺の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
「ちょっと! おやっさん、やめてくださいよ!」
「ははっ、良かったな!」
抗議する俺を無視して、おやっさんは笑いながら俺の頭を荒く撫で続けた。
夜になり、また作戦が始まる。
俺はまたアネスト卿の部屋にいた。
二人でとりとめもない話をしながら、ベランダで闇に包まれた牧場を眺めていた。
穏やかな空気に、俺が眠気に支配されているそのときだった。
突如、空気を切り裂くような、獣の悲鳴が聞こえてきた。




