45話 チーズ庫デート
部屋の中はうっすらと明るくなっているので、夜明けぐらいか?
俺は部屋を見回した。
貴族の家はおやっさんちしか知らないが、たぶん客室なのだろうと見当をつける。
ヒトの気配がしてソファを見ると、アネスト卿がゆっくりと身体を起こすところだった。
え? 何でソファなんかで寝てるの?
何でこの部屋にいんの?
「クラン、どうしたんだい? 怖い夢でも見たのかい?」
俺の奇声には触れず、アネスト卿が穏やかな声で聞いてきた。
「…え~と、…トイレです…」
「おぉ! それは気が利かなかったね。さぁ、行こうか。急いだほうがいいなら抱っこしてあげようか?」
汲み取り式しかないのなら、1階まで移動しなければならないだろう。
俺は申し訳ないと思いつつ、紳士なアネスト卿にトイレまでの抱っこをお願いした。
アネスト卿は軽々と俺を横抱きにし、2階の端の扉の前へと小走りでやってきた。
「さあどうぞ。」
俺を床にそっと立たせてアネスト卿が扉を開くと、小部屋にぽつんと木の椅子があった。
「これがトイレですか?」
「そうだよ……この形式は始めて見るのかな? いかん、落っこちたら大変だね。誰か!」
アネスト卿が背後の廊下に向かって叫ぶと、どこからかメイドさんが走ってやってきた。
おぉ、走ると見事な揺れが…。
この屋敷のメイドは皆、ヤギ乳の恩恵を受けているというのか!
うん、アホなこと考えているけど、本気でもう余裕ない…。
俺はメイドと二人で個室に入り、落ちないように気をつけるメイドの前で用を足すことになった…。
男なら黙って………はぁ。
おやっさんと野郎どもは、応接間に布団を敷き詰めて寝ていた。
結局俺が寝た後も狼は来なかったので、皆朝まで張り込んでそのまま応接間で倒れこむように次々と寝てしまったらしい。
また日が沈んだら張り込みをするそうだ。
俺は軽く身支度をした後、食堂でアネスト卿と二人で朝食をとった。
生野菜にチーズを細かくして振りかけたのがうまくて、おかわりをしてしまった。
この館にはいろいろなチーズが領民から献上されているようで、後でチーズ庫を見学させてもらえることになった。
気に入ったのがあったら、おやつに出してもらえるってさ。
宿屋で食べ損ねたつまみのリベンジだ!
朝はさっぱりした飲み物が欲しくて牛乳を飲んだ。
牛乳をたくさん飲むと背が伸びるぞ、とアネスト卿は笑った。
何でアネスト卿が客間のソファで寝ていたかというと、俺をベッドに寝かせたものの、小さい俺を一人にしていいか悩んだためソファで一夜を過ごしたらしい。
貴族は生まれたときから個室を与えられ、親とは別の部屋で眠るんだそうだ。
俺たち平民はそんなに部屋なんてないから、寝室に親と子どもと一緒に寝る。
俺は孤児院だから、大部屋に子どもたちで雑魚寝だった。
「だけど、娘が小さいときはよく部屋を抜け出してね、たびたび私たちの部屋で寝たものだよ。クランも夜に目が覚めて知らない部屋に一人では心細いだろうと思ってね。」
そう言ってアネスト卿は俺にウインクした。
本当に、渋い色気のあるお人だ。
朝食後、俺は自分の荷物の中からちょっと女の子らしい薄い空色の、ふんわりとしたワンピースに着替えた。もちろん下にズボンをはくのは欠かせないが。
今回持ってきた着替えの中では、一番のおしゃれ着だ。
なぜ俺がおめかしをしたかというと、今からアネスト卿とチーズ庫デートだからだ!
「おぉ、クラン! 可愛いね。その空色のワンピースがこの牧草地の緑にとても似合うよ!」
アネスト卿は俺の姿を見ると、しゃがんで両手を広げてべた褒めしてくれた。
ふっふっふっふ!
もちろん、そこんとこを考えてのおしゃれですよ!
さすがアネスト卿、俺の服装のポイントをしっかりと気付いて褒めるなんて、できる男はやっぱり違うねぇ!
俺はおしゃれポイントに気付いてもらえた嬉しさに、勢いよくアネスト卿の胸に飛び込んだ。
もちろんアネスト卿は、よろけることなくがっしりと俺を受け止めてくれた。
おぉ、やはり想像に違わずいい筋肉をしていらっしゃる!
俺は甘えるふりをして顔をすりつけたりぎゅっと抱きつきながら、服越しに張りのある肉体をたのし…検分していた。
「さぁクラン、行こうか。」
しがみついてスリスリしていた俺を軽く引き剥がし、アネスト卿は立ち上がると俺に手を差し出した。
「はい、じぃじ!」
アネスト卿の服装は、ピシッとした貴族の外出着で決めていた。
昨日のゆったりとしたローブ姿もいいが、このカチッと着込んだ姿もかっこいい。
「じぃじもとってもかっこいいです!」
「ありがとう。レディにお褒めいただき光栄のいたり。」
そう言って胸に手を当て、お辞儀をしてみせた。
俺とアネスト卿は手をつなぎ、料理人とその見習いの二人を従えて敷地内のチーズ庫に向かったのだった。
結果、まぁ笑いが止まらなくなるほどの豊作だった!
料理人のおっちゃんからこのチーズはどんな料理にあうとか、どんなふうに食べるとおいしいとか聞かされて、朝飯を食ったばかりの腹がよこせよこせって暴れること!
あんまりにも臭いがきついのとか、中に虫が入ったのとか(その虫ごと食べるんだと!)を抜いていろんなチーズを屋敷に持ち帰って料理してもらえることになった。
くぅ~っ、チーズの燻製とか、生チーズを軽くあぶって蕩けたのを野菜につけたり…。
料理人のおっちゃんはご丁寧にも、チーズと合う酒までいろいろと教えてくれてアネスト卿にたしなめられていた。
あぁ、深みのある赤や白の葡萄酒、苦味の麦酒、カッと喉や腹を焼くようなエール!
旨いつまみと一緒に飲みてぇ……。
だが幼女な俺に許されるわけなく、選んだチーズは軽食にしていつでもつまめるように料理人のおっちゃんがしてくれるそうだ。
つぅまぁみぃ…。




