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39話 親父の背中



「私もあの態度はどうかと思ったぞ。クランに気付かれているぐらいだ、父上も傷ついていると思う。」


 トルーも思い当たったようで、エル坊にきつい口調で言った。

俺の思い違いではなかったようだが、トルーの思わぬ援護射撃に驚いた。

そこまで言うような態度じゃなかったと思うが?


「う~ん、わかりやすかったかな? クランは優しいし、気配に敏感な頭のいいこだね。心配させちゃったか、ごめんね。」

そう言ってエル坊は俺の顔を心配そうに見つめ、俺の頭を撫でた。


 そしてトルーのほうを向くと冷たい微笑みを見せた。

「覚悟はしていたつもりだけど、やっぱりしょうもない連中はいるからね。ただの虫けらだって群れてたかられるとイライラはするし。ちょっと八つ当たりしちゃったかな。」


 そう言って今度は天使の笑顔になり俺の頬を両手でつつんだ。


「クラン、僕はお父様のことをとても尊敬しているし、愛しているよ。そんな顔して心配しなくても大丈夫。に~にはね、学校で嫌なことがあったのを、お父様につい八つ当たりしちゃっただけなんだ。

ちゃあんと後で謝りにいくから、安心してね。」


「…嫌なことがあったの?」

エル坊が心配でつい聞いてしまった。


 あ~、聞かれて嫌なことだってあるのに! もう、頭が足りねえな、俺!


 エル坊とトルーは顔を見合わせて、少し考えるそぶりを見せた。

エル坊の『嫌なこと』って、トルーも知ってるのか?


「う~んとね、本当にくだらないことなんだよ。それにほとんど解決できているからね。大丈夫だよ、クラン。に~にのこと心配してくれてありがとう。」


 …これ以上は聞いて欲しくなさそうだな、やめておこう。

「うん。に~にが大丈夫ならよかった。」

俺もエル坊の笑顔に答えて無邪気な笑顔をこころがけた。


「……ほぼ僕が掌握してるから、休暇明けにはあの馬鹿どもに思い知らせてやるさ……」


 …おい、心の声がもれてるぞ…。

俺は底冷えのする声を聞こえなかったふりをして、笑顔がひきつるのをこらえた。



 そのまま奥さんが就寝を告げに来るまで、いろんな話を楽しくした。





 次の日、俺は皆に見送られて昼ごろにおやっさんと馬車で出発した。



「エルのやつが謝ってきたんだ。」

おやっさんちも見えなくなった頃、ポツリとおやっさんが言った。


「久しぶりの我が家で照れもあり、お父様にはあのような態度をとってしまい申し訳ありませんでした、とさ。」


 俺はただ黙って聞いた。

エル坊は学校であった嫌なことを、おやっさんに隠したのだ。


 おやっさんは俺が何も言わないのを見て、ため息をつきながら独り言のように続けた。

「エルもトルーも、学校で嫌な目に合わされてるんだろう。…俺のせいでな。」

「おやっさんの、せい…?」


 おやっさんは苦笑するとポツリポツリと話してくれた。


 上流貴族でありながら王宮に勤めず平民の中に混じっているおやっさんは、他のお貴族様から見ると卑下の対象なこと。

上流貴族でも上のほうや下流貴族でそんな目で見るヤツはいないそうだが、そこそこの連中は自分より上にいたおやっさんが自分より下にいったと勘違いして騒ぐのだそうだ。

胸糞悪いことこのうえないが、それが寄宿学校に行っているトルネストとエルウィンまで一部の連中がいろいろと言っているらしい。



「それだけならまだいいんだけどな…。」

おやっさんは重いため息をついて俺から目をそらした。


「あまり言いたかないんだがよ、昔王宮で兵士をしていた頃によ、…上司を殴っちまったんだよな…。」


 俺が目を丸くしておやっさんの顔を見ていると、おやっさんは気まずげに頭をかいて続けた。


「…自分より位の低い人間には、容赦のない上司でな。俺の同僚に実力でのし上がった平民出身の奴がいたんだが、そいつがもう殺されるいっぽ手前ってとこで俺も頭が沸騰しちまってな…。クソッ、理由は関係ないか。とにかく貴族としてやっちゃいけないことをしちまったんだ。」


 おやっさんは肩をおとし、いつもの覇気がまったくなかった。

「そんなこともあって、俺のせいで息子たちは苦労してるんだ…。傭兵団で団長なんてやってるが、ダメな親父なんだ…。」


「トルネストもエルウィンも、おやっさんのことを本当に尊敬しているし、本当に愛しているって言ってましたよ。」

「あの二人は本当にいい子だからな…。」

おやっさんはうつむいたまま力なくつぶやく。


「おやっさんがそうやって、いつまでも自分のせいだとかいって悔やんでいることに、二人とも物凄く怒ってましたよ。」


「え?」

おやっさんはようやく頭を上げた。

「おやっさん、貴族の子息たちのなかではヒーローらしいですよ。」


 おやっさんはもう訳がわからないという顔をしていた。

そこで俺は、二人から聞いた話を説明してやった。


 実はあの夜、最初こそ俺を心配して話をごまかしていた二人だが、エル坊は眠たさからくるハイテンションで、トルーは飲んでいた紅茶にエル坊がいたずらでブランデーを入れていたようで酔っ払ってしまい、リミッターが外れたせいで後半は壮大な暴露大会になってしまっていた。


 俺も眠たさで妙なハイテンションになり、さすがにひどいボロは出さなかったが好きな子のタイプの話で『巨乳』について熱く語っちまって、「クランも大きく育つように祈ってるよ」と勘違いした二人になぐさめられたりした。


 いや、そんな話はおいといて!



 たしかに学校にはおやっさんを悪く言い、二人にちょっかいを出してくる連中がいるそうだ。

しかしおやっさんが殴った上司ってのがそうとう貴族の間でも評判が悪かったようで、おおっぴらには言えないが殴られてスカッとしたという意見が多いようだ。


 おやっさんはその後貴族との関わりを極力減らしたし、わざわざ「あんたは英雄だ!」なんておやっさんに堂々と言える事件でもなかったため、おやっさんはずっと誤解していたようだ。

トルーとエル坊の二人も、上司を殴った件はおやっさんが触れられたくない話だと理解していたので、子どもの立場からもフォローができずに悩んでいたそうだ。



 そして傭兵団の件に関しては、おやっさんが設立してから王都内の治安が更に良くなったとか、平民街にまで手を回せなかった衛兵からも感謝されているなど、国の上層部ほど評価がよいのだそうだ。

もちろんそのことはおやっさんも理解していたし傭兵団に誇りをもっていたが、子どもに関してはそれが原因でいじめられるのではと不安だったそうだ。


 トルーは酒で顔を赤らめながら、「傭兵団の件に関しては、本当に父上の見識の広さに息子二人とも誇りに思います。と何度も申し上げているのに!! 平民に混じることをバカにする連中は、貴族という位しか頼れるものもない能無しだ!」と怒っていた。


 エル坊なんか天使の微笑みをとうに捨てさって腹黒い笑顔で、

「あんな連中は僕たち上流貴族の位に擦り寄ってくるようなうっとおしい虫けらでしかないんだから、あっちから避けてくれるなんてありがたい限りだね。

 お父様も学校のことを心配しすぎなんだよね、そんなに僕たちがあんな虫けらに負けるような能無しとでも思ってるんですか! って言いたいよ。

 僕が帰ってきたときのあの心配で覇気のない姿! あんなお父様見たくないもん。

 僕のお父様は一番強くて弱いものに優しい、傭兵団の団長なんだもん! かっこいいんだもん! 

 僕はお父様みたいになりたいんだぁ!! あは、言っちゃったぁ!」

と最後だけ子どもらしくはしゃいでいた。



 全てを聞き終わったおやっさんは、呆然としたあと「…ははっ…」と乾いた笑いをもらした。

「…ったく、本当になさけねぇ親父だぜ、俺はよ!」


 そう言ったおやっさんの姿は、いつもの…いや、いつもより渋みがまして、なんか男として格好よかった。





 その後馬車は傭兵団につき、おやっさんは団長室へ、俺は自室で着替えて広間の掃除をした。

夕食後、俺はベッドに飛び込んでおやっさんちのことを思い出し、グルグル渦巻いていた思いの正体に気付いた。




「あ~。嫁さんとガキ(こども)が欲しい……。」



 俺のそんな独り言を、ベティちゃんは何も言わずにただ静かに見守ってくれるのだった…。




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