3話 サルバンの情熱
途中からサルバン視点が入ります。
奴がそろえていた服はとにかく少女趣味なレースや花飾りのついたものばっかりで、特にドレスのような服が多かった。
その中でも比較的レースの少ないブラウスと、数少ないズボン(レースのついた半ズボンだがな)をはいた。
コーディネイトなんかどうでもいい、動きやすさ重視だ。
とりあえず幼女が全裸な事態は脱した。
ん?着替えのときは自分の体を見たかって?
前の壁をガン見して一切見なかったよ!俺に幼女の裸を見て興奮する趣味はない!
これが巨乳美女だったら、ガン見して、つかんだりもんだりして感触もだな…いや、それはおいといて。
洋服ダンスの扉についていた鏡を見る。
孤児院にいた子どもを参考にすると、年は7つか8つくらいか。
ふっくらした頬に小さな口。
完全に子どもの顔だが、俺の顔の面影はしっかりある。
黒い髪に黒い瞳。
子ども顔のくせに目つきが悪い。だが幼女顔のせいか目元が多少きつい印象ぐらいに緩和されている。
意志の強そうな眉はひそめられ、口はへの字にひん曲がっていた。
愛嬌のかけらもない無愛想な顔だが、幼女の特権か十分に愛らしい姿だった。
動揺しているせいで自分で愛らしいとか言っちゃったよ。もう俺死にたいよ。
洋服ダンスの中にはあろうことか、幼女物の下着までそろっていたのだ。
これはもう『おまわりさん、コイツです』状態だろう。いや、何言ってんだ俺。
あの男、何をするつもりだったんだ…。
ハッと俺は隣の部屋の男の存在を思い出す。
だいぶ時間が経ってしまったが、その間物音ひとつ聞こえてこなかった。
まさか逃げられたか!?
いそいでドアを開けて確認すると、男は先ほどと同じ格好で横たわっていた。
鼻血もそのままじゃねえか!それぐらい拭いとけっ!
今度こそ俺は男にかけよると首元をつかみ、勢いよく引き上げよう…としたが重くて持ち上がらず逆によろけてしまった。
「てめぇっ!! 何なんだこれは、説明しやがれっ!!」
あいかわらず呆けた鼻血まみれの顔で、サルバンはうわごとのように喘ぎながらつぶやいた。
「あぁ、クライン。…何て美幼女に…」
スパァァアアアン!!
部屋にいい音が鳴り響く。
俺は無言でヤツの顔を張り倒したのだった。
サルバンの独白
僕の名はサルバン。人と接するのが苦手だった僕は、森の中でひっそりと野良魔導士として日夜研究に明け暮れている。
魔導士とはありとあらゆる分野において研究する者達の総称である。
それが流行り病の薬の開発であったり、農作業用の肥料の改良であったりさまざまである。
そのような人の役にたつ研究もあれば、私利私欲のための惚れ薬や若返り、果ては悪魔召還や呪いの研究などもある。
前者は大体が国に所属する国家魔導士となり、国から支給される研究費用を元に世のためにさまざまな研究を行っている。
後者は野良魔導士といい、貴族のパトロンを持つか己で研究費用を工面しながら人知れぬ場所でひっそりと研究を行っている。
最近は自らを研究者と名乗るものも多いが、知識の無い一般人たちは新しいものへの忌避感が強く得体の知れないモノを研究している薄気味悪い者たちという意味で魔導士と呼ばれ続けている。
法が整備されていない大昔には人体実験のために人をさらう者もいたらしい。
そのため100年ほど前には魔導士狩りと称して、一般市民が大勢の魔導士を処刑した時期もあった。
その反省を踏まえ野良魔導士でさえガチガチに戒律に縛られているのだが、いかんせん人々の魔導士に対する印象は国家魔導士でも宜しくなく報われない職業なのであった。
突然だが僕は幼女が大好きだ。
いや、幼女を崇めている。
幼女とはこの世に降りたった無垢なる天使だと僕は思っている。
邪な思いなど抱くはずがない。
僕は成人になる少し前ぐらいからあるひとつのことを成し遂げるために魔導士になることを決めていた。
それは幼女になることだ。
それは神を信仰するものが、ただひたすら純粋に神の教えに近づこうとする様に共通すると僕は考える。
僕は、僕が信仰する幼女の姿になり人生を送ろうと考えた。
それは僕にとって神との一体化を意味する。
僕は孤児院を出てからありとあらゆる資料を集め読み漁り、寝食を忘れて研究に没頭した。
そして30歳を目前にしたある日偶然に、膨大な計算と緻密な術式を組み立てることにより幼女の体へと組み替える巨大な魔法陣を作り上げることができた。
理論上は成功しているはずだが、実際に試していないので本当に幼女になれるかは不安が残る。
しかし試すことはできない。
この魔法陣は偶然の産物であることと共にその膨大な計算と緻密な術式により二度と同じものをつくることはできず、実験すればその時点で使い物にならなくなってしまう。
更に魔導士の戒律として、たとえ合意のうえでも他者への人体実験は禁忌とされている。
自分の体であれば、切り刻もうが不老不死の術をかけようが(実際に成功したものはいないが)お咎めなしだ。
過去に自分を猫に変化させたまま元に戻れなくなった魔導士がいたそうだが、そのまま放置され猫としての寿命を全うした。
他者を巻き込まなければ何をしてもよいとされているが、とにかく他者を巻き込み結果として魔導士の評判を下げることだけは禁忌とされていた。
そのためその魔法陣を起動させるときは本番で初めてできるわけで、成功しても失敗しても僕が生まれ変わることを意味していた。
成功した場合、ひっそりと幼女として森の中で暮らしていくつもりだ。
成長するかもしれない、幼女のまま一生過ごすかもしれない。
また寿命もどのようになるかわからない、とにかく幼女の体に作り変えることだけを念頭において作り上げた術式はそんな不安定なものだった。
もし失敗したら?
命を落とすかもしれない。それだけならまだいい。
僕が恐れるのは人外のナニカに生まれ変わり、町や人を襲うようになったら?
それだけは避けなければいけない。
そのとき、孤児院で唯一かかわりをもったことのある黒髪黒目の少年を思い出した。
彼は確か孤児院を出た後傭兵になり、副団長にまでなったほど腕がたつはずだ。
もしも最悪の事態になった場合は、彼に始末をお願いすることにしよう。
他者を巻き込む禁忌に触れるかもしれないが、多くの犠牲のことを考えれば見逃してもらえると思う。
彼に手紙を出した。数日後に来てくれると簡潔な手紙が返ってきた。
幼女の服も下着も準備した。
生活に必要な品は今まで通りに行商人に運んでもらい、顔を合わさずに金品のやりとりをすればよい。
よし、準備は全てすんだ。
僕は部屋一面に書かれた魔法人の真ん中に座ってこれからの人生に思いをはせた。
そんな僕の幼女にたいする思いが強すぎたのか、彼が到着してから発動させるはずだった魔法陣が突如光り始めた。
一度発動してしまえば、僕にとめることはできない。
どんどん光を強める魔方陣は、僕の意識を吸い取っていくようだ。
「くっ…!」
苦しさに思わず声が漏れ、膝をついた。
成功なのか、失敗なのかすらわからない。
だんだんと強くなる光に比例して僕の意識は薄れていく。
次に目覚めたときは術が完了したときだろう。
どうかクライン、それまでに間に合ってくれ。
成功したなら幼女となった僕と祝杯をかわそう。
失敗したときは、そのときは君に迷惑をかけることになるね。
人生で唯一の友である君に。
そこで僕の意識は途切れた。
「そして今に至るわけです。」
奴は、サルバンはようやく思い出したかのように鼻血を拭いてそう締めくくった。