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38話 枕語り

 


 手をつないで移動しながら聞いた話しでは、寄宿学校が長期休暇に入ったので、数日前から家に帰っているのだそうだ。

以前おやっさんちで世話になっているときに聞いた話では、確か長男は卒業試験で寮に残って帰ってこないんだったけか?


 俺は7,8歳ほどの容姿だが、本当はエル坊よりも1つか2つ上なので妹はおかしいと主張してみた。


「年功序列なんてもう古いよ。学校でも寮でも軍でも、先に入ったものが例え年下だろうが上だよ。

……もっと言えば、能力の高い人間が上だけどね…。」


 そう言って笑った顔は、今までと違って10歳の少年らしからぬ凄みがあった。


「あ、最後のはクランには関係ないからね。」と付け加えた笑顔はいつもの天使の笑顔だったが、俺はエル坊に底知れない裏を感じそれ以上は何も言えなかった。

10歳の女の子みたいな少年に圧倒されるなんて…!




 応接間に入ったとたん、目の前に細身で長身の青年が立っていた。


「お帰り、我が妹よ。会えるのを楽しみにしていたよ。」


 赤褐色の髪を首の後ろで結び、切れ長の瞳を更に細めながら俺に向かって両手を差し出している。

え~と、激しくデジャブを感じるんだが…。

妹って呼ぶくらいだから、この家の長男なのか?

でも今年は帰ってこないはずじゃ?


 俺は反応に困り奥さんを見上げた。

奥さんは俺の視線に微笑みかえし目の前の青年に声をかけた。


『トルー、自己紹介をしないとクランちゃんが困ってるわ。」

「あぁ、失礼。こんな可愛いお嬢さんを、妹として可愛がることができることができると思うとつい。」

ついなんだ、こら。


「長男のトルネストだ。君に会うために今日だけ帰ってきたんだ。」

トルネストは俺の前にしゃがみ、俺と目線をあわせた。


「今年はエルも寄宿学校に入ったから、寂しがりやの母上のことが心配だったんだ。あぁ、父上すねないでください、もちろん母上にとって父上が一番ですけど、それとは別で。」

トルネストの視線を追うと、後ろでおやっさんが微妙な顔をしていた。


「しかし君が母上を癒してくれたようで安心したよ、本当にありがとう。」

そう言ってトルネストは跪いたまま両手を俺に差し出した。


 そんなことされても今の俺は両手をつながれていて身動き取れないんだが…。

奥さんを見上げる。聖母の微笑みで首を振る。

エル坊を見上げる。天使の微笑みで首を振る。いや、エル坊の後ろに悪魔の羽と尻尾が見えた気がする!

俺は困って正面を見た。

トルネストは微笑むとそのまま俺を抱きしめた。


 なんつーか、この家族って…。

抱きつかれたまま後ろを振り返ると、おやっさんが苦笑いしていた。



 応接間のソファに、右に奥さん、左にエル坊、ソファの後ろに立ったトルーに挟まれたかっこうで座り、軽くお茶を飲んだ。

ちっとも落ち着けねえよ…。


 俺は忘れないうちに奥さんに、プレゼントで買った木製の細かい細工の入った髪留めと、ロイス家でもらったバラ水と石鹸などを渡した。

奥さんは子どものようにはしゃいで、俺にキスの嵐を浴びせてくれた。

もちろん口は死守したぜ?



「皆様、お食事の準備ができました。」

応接間の入り口におばちゃんメイドが顔を出した。


「あ、マリーさん、お久しぶりです。」

「あらあらクラン様、覚えていただけて光栄ですわ。」

俺は女性の名前は忘れない主義だ。


 俺たちは食堂に移動し、ささやかだけどパーティみたいな食事を楽しんだ。


 兄弟は寄宿学校のことを、俺は傭兵団での仕事のことなどをいろいろと話した。

子どもと一緒に食事を取ることなんて本当に久しぶりで、なんだか孤児院での食事風景を思い出してしまった。

もちろんこんなお上品な食事風景じゃなく、油断すればすぐに横からかっさらわれる戦場であったけど。


 話をする俺たちと、それを微笑みながら聞いているおやっさんと奥さんを見ていると、なんか胸の辺りが暖かいようなそんでもって締め付けられるような変な感情がグルグルと渦をまくような変な感じだった。

食事はおいしくてこの場は凄く楽しいのに、その変な感じがこう、喉に刺さった小骨のように俺に違和感を訴え続けていた。



 食事が終わるとエル坊が、「クラン(おれ)と普段会えないのだから、子どもたちだけの時間が欲しい」と訴えたので、夜更かしをしないことを条件に特別に客用の寝室で子ども3人で過ごすことになった。

もちろん寝るときは皆別々の部屋だ。

エル坊は一緒に寝ようと誘ってきたが、断固辞退させてもらった。


 当初は夕食会のあとに俺は帰る予定だったが、わざわざ俺に会いにトルーが帰ってきたこともありそのまま泊まらせてもらうことにした。



 マリーさんがお茶とお菓子を準備してくれた客室に入ると、エル坊は俺と手をつないだままベッドに飛び込んだ。

「ううふっ、僕、下の兄弟が欲しかったから、クランがいてくれて嬉しいなっ!」


 孤児院でも今まで甘ったれの泣き虫だった奴が、自分より年下の子が入ってきたとたんにお兄さん、お姉さんぶるので、俺もなんとなくわかる気がする。


 トルーはさすがにエル坊のような子どもじみたことはせず、一人がけのソファにゆっくりと腰掛けた。

トルーもエル坊も黙っていると、貴公子って感じで決まってるんだよな。


 二人ともおやっさんや奥さんから何か聞いているのか、俺の生い立ちについては何も聞いてこない。

ただ二人のいない間の奥さんがどうだったかとか、傭兵団でのおやっさんの仕事ぶりや、俺の趣味などを興味深げに聞いてきた。

俺はボロが出ないように慎重に、そしてさりげなくおやっさんの株が上がるように話しをした。


 ちなみにトルーのことを『お兄様』、エル坊のことを『に~に』と呼ばされている。

二人ともちょっと暴走気味なところはあるけど、思慮深くてとてもいい子だ。

だからこそ少し気になるところがある。


 食堂で気になったことのひとつに、エル坊の態度がなんだかおやっさんに冷たいような気がした。

はっきりと思ったわけじゃないんだが、なんかたまにあれ?って思うようなことがあった。


 俺の気のせいか?それとも男親と息子ってこんなものなのか?

10歳っていろいろ多感な頃なんかね?

俺が10歳くらいのときは……シスターの下着を手に入れることとか、いかに偶然を装ってシスターの水浴びや着替えを見るかしか頭になかったような気がする……。



 う~ん、家庭の事情に部外者である俺が口を挟むべきじゃないんだが、俺は部下としておやっさんを尊敬している。


 少し理由を聞いてみるだけならいいかな?

軽く話を振ってみて、反応が微妙ならそのまま突っ込まずに流そう……。

俺は話のきりのいいところでおそるおそる切り出してみた。


「あのぅ…、エルに~に(・・・)は、団長のこと、どう思ってるの…?」

エル坊とトルーがキョトンとした顔で俺のほうを見た。



 あぁ、もっとうまい言い方すりゃよかったんだろうけどさ、俺の頭ではこれが精一杯だったんだよ!!




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