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32話 コイバナ

 


 この際だから俺は前から気になっていたことを聞いてみた。


「どうしてエアリアスさんはクラインのことを?貴族なんだから貴族の良い人がいると思うんですけど…」

エアリアスは、口をつけていた紅茶に盛大にむせた。

さすがに吐き出すまではしないが、しばらくの間せきこんでいた。


 やがて咳は落ち着いてきたが、逆にその顔はまっかっかだった。

「ク、ク、クラインのことかい? そ、そうだね、妹さんだから、き、気になるよね!」


 じゃっかん暴走しかけたが、奴は軽く咳払いをすると深呼吸をして落ち着きを取り戻したようだ。

…いや、顔はまっかっかのままだが。



「う~んと、クラインと知り合ったきっかけは、本屋の前で彼とぶつかったことだな…。」

それは俺も覚えている。


「その日私は夜勤明けでボロボロだったが、愛読書の軍記小説の新刊が出る日だったため無理を押して本屋に向かっていたんだ。私はぼうとしていたために、本屋から出てきたクラインとぶつかってしまってね。無様に地面に尻餅をついてしまったんだが、恥ずかしいことに状況がよくわからなかった私はすぐに立ち上がることができなかったんだ。」

だからあんなに鈍かったんだな。普段の奴なら俺にぶつからずによけていたはずだ。


「彼は呆けていた私の手をとって立ち上がらせてくれたんだ。私は女扱いをされたのはあれが始めてだった…。」

いや、あれは面倒くさかったからさっさと立ち上がらせただけで…


「そのまま驚いてよろけてしまった私を、彼はその逞しい身体で受け止めてくれたんだ。」

いや、あれはお前が勝手に倒れこんできただけだろ…。


「そしてひとこと『よし、大丈夫だな』と私に微笑むと、名を名乗ることもなく爽やかに去っていったんだ…。」

いや、それは『The 巨乳 愛蔵版』を心配しただけで、お前のことなんてちっとも…。

しかもお前に微笑んだことなんかないし…。


「私はその後、上の空で本屋に入り、気付いたときは軍記小説ではなく、それまで読んだことも無かった恋愛小説を買ってしまっていたんだ…。」

それはどうでもいい。つまり、奴が俺に惚れたのは全て勘違いの結果というわけか…。

これは全てを正直に話して、早めに奴の熱を冷ましてやる必要があるんじゃないだろうか。

今なら、男慣れしていない貴族のお嬢様の恋の熱病って感じでいけるんじゃないだろうか。

平民の男なんかに熱を上げたとなれば、外聞だって悪いだろう…。

 俺がどう打ち明けるべきか悩んでいるときだった。


「きっかけはそれだったが、彼を調べるうちにその魅力にはまっていってね。軟弱な貴族の男にうんざりしていた私には、彼はとても魅力的な男だよ。何の後ろ盾もない立場でありながら、己の力のみで今の副隊長の地位についたんだからね。貴族という立場に縛られている私にはとてもまぶしく見えるよ。」

「…それは買いかぶりすぎでは…。っていうか、調べたってどういうことですか!? 」


 奴はこともなげに笑った。

「そうだよ、貴族として、更に軍に所属するものとして情報収集と分析は基礎の基礎だからね。

父も、ようやく私が男に興味をもったかと喜んで、権力の限りをつくしてクラインのことを調べてくれたよ。」


 親子そろって何をやってくれっちゃってるの!! 

裏も何もないタダの平民のちっぽけな情報をつかむのに、権力の限りとかアホだろ!! 


「あ、わけありの君のことを詮索するつもりはないよ。安心していいからね。」

奴は俺を安心させようと穏やかな笑顔で言った。


 バカ、俺が心配しているのはそんなことじゃねえよ!いや、クランのことを調べられたらこまるけど。

俺の巨乳好きとか、「The 巨乳 愛蔵版」のこととか、何を知られてるのかこえぇよ!



「…お父さんは相手が平民の男で反対しないんですか…?」

「今までの私への償いとして、婚姻ぐらいは身分関係無く好きな相手とさせてやりたいんだそうだ。跡取りは弟がいるし、私がどんな相手と婚姻を結ぼうが家名に傷がつくような半端な家でもないしな。私が今まで男に興味がなかったから、狂喜乱舞して自分の権力をつかって強引にクラインと私の婚姻届を出そうとしたくらいだよ。私や母やライオネル殿や王が必死でとめたけどね。」


 誰かこの暴走親子をどうにかしてくれよ!っていうか、俺の知らないところでそんなことが起きていたのか!!

俺は自分の身体を抱きしめて身震いをした。


「やはり結ばれるのなら、お互いの気持ちがないと駄目だからな。」

お前もうっとりと言わないの!


「…お母さんはどうなんですか?」

最後の砦だ!


「早くクラインを家に連れてこいと、いつも言っているよ。」

俺の心の中の砦は、爆破され粉々に砕け散った…。



「いやあ、しかしお茶やお菓子を楽しみながら、話に興じるのも楽しいものだね。いつもレディたちが話ばかりしているのもわかる気がしたよ。また良ければ私とデートしてもらえないかな?」

店を出て楽しげに話すエアリアスの顔は、そこらの女の子と変わらない笑顔だった。

そんな奴の誘いを断れるほど、俺は無粋な男ではない。


「そうですね、また私が休みのときにでも誘ってください。」

俺がそう言うとエアリアスは微笑んで、騎士のように膝を突きながら俺の手にキスをした。

そのまま俺を見上げて甘く笑う。


「私のお姫様、そのときを心からお待ち申し上げております。」


 …なんだろう、俺は顔が熱く火照っていくのを感じた。



 エアリアスはそのまま立ち上がると、来たときのように俺の手を握った。

「さて、日が暮れだす前に帰ろうか。」


何だか俺は、このまま帰るのがもったいないような気がしてしまった。

俺の手を握るエアリアスの手を、無意識に強く握り返す。

エアリアスは俺のほうを見てまた微笑んだ。


「本当はこの後君を我が家に招待したいのだけど、初対面でいきなり君を連れ込んで緊張させてしまうのは可哀想だからね。また今度遊びにおいで。」


「え、家に?」

俺はエアリアスの顔を見上げた。



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