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14話 愛読書とエプロン幼女

 俺は深呼吸をおこなうと、目の前の手にしっくりなじむドアノブを慎重にまわす。

カチリと音がし、そのままゆっくりと木の扉を押すと見慣れた俺の部屋が出迎えてくれた。


「いやっほ~い!帰ってきたぜぇぇ!!」

俺は部屋に飛び込むと、すぐさまベッドの下から分厚い本を取り出し熱烈なキスをした。


『The 巨乳 愛蔵版』


 これは無名の画家が巨乳の魅力を余すことなく描きあげた、至高の芸術がつまった本である。

計算され尽くしたその構図は裸婦画でないのにも関わらず、裸婦画以上にその巨乳の芸術的なエロティシズムを表現することに成功していた。

あまり過激にはしると取締りの対象になり発禁処分をくらうのだが、そのような恐れはいっさい感じられずむしろ果敢にギリギリの限界に挑戦するその姿勢に感動を覚える。


 俺のお気に入りは、巨乳の女騎士の鎧が支給品なため胸元がきつくて、巨乳を押しつぶされる苦しさに悩ましげな顔をしながら戦っている絵だ。

りりしい顔つきの中に浮かぶ恥じらいがなんとも言えない。


 本がとても高価で普通は貴族しか買わないなか、情報屋からその本の情報を仕入れた俺は発売の半年前から仕事を増やしたり酒を断ったりして金を貯めようやく入手した思い入れのある本である。



「…残念な姿だな。」

俺がベッドの上で胡坐をかいて本を抱きしめていると、いつの間にかドアの外におやっさんが立っていた。

「ノックぐらいしてくださいよ。」

「したのにお前が気付かなかったんだよ!そんな姿、よそで見せるんじゃねえぞ…。」

「そんくらいわかってますよ!」


おやっさんが寮に顔を出すのも珍しい。

「ほれ、お前にハニーからだ。」


 さっきおやっさんちを出たばかりなのに何だ?と思いながら、おやっさんの放り投げた包みを受け取る。

中から出てきたのは色とりどりのエプロンだった。

装飾品のないシンプルなものからフリル満載のものまでいろいろとある。


「これから仕事を頑張るクランちゃんに、だとよ。さっき届け屋が持ってきた。」

なるほど、新入りの下積み時代は汚れてもいいように下穿き一丁で掃除などしていたが、この姿(ようじょ)だとそれは無理だもんな。


 ありがたい気遣いに頭をかいていると、「そのうちのどれか着て、またハニーに顔を見せてやってくれ。」とおやっさんに声をかけられた。

「了解っす。」

依頼を受けれるようになったら、クランとしての初給料でなんかお土産を買って会いに行くかな。



「それじゃ、ハニーお手製のエプロンを着たら洗濯物を頼むな。屋台でお前の弁当を買っておくから、昼の鐘がなったら部屋で食うといい。」

「はい。」


 だいたい傭兵団の連中は昼飯を、昼は食堂も兼ねる『俺の台所亭』でガッツリと済ます。

俺はまだそこらをうろうろするわけにもいかないので、当分は屋台の弁当で済ませることにした。

弁当といっても黒くて固いパンにタレで味付けした肉や野菜を少しはさんだだけのもので、前の俺ならちっとも食った気がしないのだが、今はそれだけで満腹になるのである意味便利だった。


「その後は次の鐘がなるまで昼寝してろ。いいな、絶対に寝とくんだぞ。」

「…はい。」

おやっさんちで過ごしている間に思い知ったが、この体は一日に最低一回は昼寝が必要だった。

何度か狸寝入りしてごまかしてみたが、その結果夕暮れどきにはフラフラになり晩飯前か途中で寝入ってしまうことはザラだった。

フォークを握り締めたまま舟をこぎ、フォークの先端で額を刺しそうになっておやっさんにどやされたのはいい思い出(?)だ。


 おやっさんは必要事項を伝え終わると団長執務室へと戻っていった。


「うし!」

荷解きの時間を『The 巨乳 愛蔵版』を堪能することに全て費やしてしまったため、そのまま仕事の身支度をしようと髪をねじって髪留めではさみ後頭部で固定し、エプロンをすばやく身に着け……ることができなかった。


「これどうやって着るんだ?」



 結局着方がわからず執務室のキースを尋ね、これまたお坊ちゃんでわからないキースと二人で四苦八苦しながらどうにかエプロンを身に着けることができた。


 あ、キースの野郎!リボンを背中でむちゃくちゃ固く結んでやがる!どうやってはずすんだよこれ!


 俺が裏庭に出ると、籠に野郎どもの汗と埃にまみれた洗濯物が山のように積んであった。



 あぁ、懐かしいな。

俺は新入り時代を思い出し笑みを浮かべる。


 裏庭の井戸に行き水を汲み上げる。

ただでさえ重労働なのにこの小さい体にはかなりくる。

だがこの作業のひとつひとつがおやっさんからの幼女となった俺への試験なんだろう。


 新入りは掃除や洗濯を行い、忍耐力や能力を試される。

これを完璧にこなして初めて一人前とみなされるのだ。

幼女だから力仕事はしないとか、舐めたことを言っていたら傭兵団にいる資格は無い。


 桶に水を移したあと、洗濯物を一枚一枚揉んで洗っていった。

ははっ、あいかわらず目に染みるぐらいくせぇや…。


 裏庭にはったロープに踏み台に乗りながら洗い終わった洗濯物をかけていく。

全部かけ終わったところで昼の鐘がなった。


「ほーう、昼前に全部終わったのかい?こりゃたいしたお譲ちゃんだ。」

振り返るとデルトが弁当を片手に、感心したように風になびく洗濯物を眺めている。


「団長がいきなり洗濯物を全部お前さんひとりに任せたと聞いてな。手伝うなら昼の鐘がなってからにしろと言われて来てみたが、団長の言う通りお譲ちゃんには必要なかったな。」

「俺はお嬢ちゃんなんて立派なものじゃないっすよ。クランで結構です。」


 デルトのおっちゃんの気遣いとおやっさんの信頼が気恥ずかしくてついぶっきらぼうな口調になってしまう。


「そうだな、クラン嬢ちゃん。こりゃいつまでもお嬢さん扱いじゃいかんな。ほい、お前さんの弁当だ。昼からは自由にしていいと団長からだよ。でも昼寝は絶対にするようにとさ。」

「おっちゃん、ありがとさん。」


 俺は弁当を受け取ると、ビシッと起立した。

「それでは新入りクラン、ここでお先に上がらせていただきます。お疲れっした!」

「おう、お疲れさん。」

いったん裏庭から建物に入ったが、あることを思い出し裏庭にもどった。


「デルトのおっちゃん、この固結びしたエプロンのリボンを解いてださい…。」




 俺は部屋に戻り弁当を食い終わると疲れからそのまま着替えもせずに寝入ってしまい、翌朝まで一度も起きることなく眠り続けた。


 夜明けの鐘の音で飛び起きて、尻の下のシーツが濡れてないか確認したのはご愛嬌だ。

そうして、俺の傭兵団での一日は終わったたのだった。


最後まで呼んでいただきありがとうございました。

『The 巨乳 愛蔵版』の魅力をもっと表現できる力が欲しいです…。

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