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12話 脳筋幼女



「何だ、コレ…」


 今度は俺も寝る前の状況をしっかりと覚えており、無様に取り乱すことはなかった。

いつの間にか着替えさせられていたネグリジェ姿に頭を抱えたのは別だが。

そして同じくネグリジェ姿で、先に起きて俺の顔を眺めていた奥さんに気付いたときもわりかし冷静でいられた。


 だが俺が奥さんに背を向け反対側を見ると、視界をフカフカの毛が占めていた。

身を起こしてよく確認すると、赤ん坊と同じぐらいの大きさの熊の人形だった。

「何だ、コレ…」


「それはね、ママが前に作ったクマのベティちゃんよ。」

それがなぜ寝ている俺の横にあるんだ?


「お兄ちゃんたちに見せたら、投げ飛ばすわ馬乗りになるわで私の部屋に飾っていたの。クランちゃんとベティちゃんが一緒に寝ていたら可愛いだろうと思って持ってきちゃった。」


 あえて俺は何も突っ込まず、黙々と室内着に着替えた。

布屋が到着したそうだ。応接間に入ると色とりどりの布が並んでおり、俺と奥さんは感嘆の声をあげた。

「あれ?」

布はたくさんあるが商人の姿がない。

奥さんのほうを見ると、商人は隣の部屋でマリーさんのお茶の接待を受けており、俺たちだけで布をゆっくり見れる設定のようだ。

俺はまだ心身ともに疲労が激しいため、人と接するのは極力避けたほうがいいだろうという執事さんの計らいだった。



 数日前まで平民街で暴れまわっていたのに、今じゃまるで深窓の令嬢だ。

あまりの境遇の違いに思わずため息をついていると、「疲れたらすぐにお部屋に戻っていいからね。」とすかさず奥さんに気を使われた。

やれやれ。


 俺は本来こういう買い物などに興味はないのだが、俺のためのズボンの生地を選ぶということで最後まで奥さんの買い物に付き合った。

奥さんも俺の希望を理解してくれており、幼女にはどうかと思うような俺好みの渋めの生地を選んで俺にどうか尋ねてくれた。

おかげで思っていたよりも早く、また楽しく買い物することができた。


「クランちゃん、疲れたでしょう? お昼にしましょう。」

買い物が終わり、満足げな奥さんが問いかけてきた。

「今日はお天気もいいし、マリーがサンドイッチを作ってくれているからお外で食べましょうか。」

「はい。」

俺も外に出たかったのでちょうど良かった。


 外に出るとメーベルさんがパラソルとテーブルと椅子を準備していた。

テーブルにクロスを敷き、マリーさん特製のサンドイッチが出てくる。

朝食の残りには全く見えない。すげぇぜ、マリーさん!


 昼食を楽しみながら、まだ顔を見ていないおやっさんの二人の息子さんのことを尋ねた。

二人とも貴族の子息が通う寄宿学校に行っているらしい。

寄宿学校は10歳から15歳まで通い、年に二度ある長期休暇以外は寮で過ごすのだそうだ。

長男が15歳で卒業試験のため長期休暇も家には帰らず、次男は10歳で今年から学校に行きだしたため奥さんは寂しい思いをしていたらしい。

俺が来たおかげで最近ふさぎこんでいた奥さんが元気になったと聞いて、俺も悪い気はしなかった。

のどかな昼食を済ませると、奥さんに一緒に部屋に帰るよう促された。


「あ、いえ、少し体を動かしたいのでこのまま庭にいたいです。できれば一人で…。」

結構失礼な申し出かなと思ったので、つい声が尻すぼみになってしまう。

だが奥さんは少し考えた後「カールさんお手製のお花畑もあることだし、ゆっくりと散策していらっしゃい。でもあまり無理しちゃだめよ。」と快く送り出してくれた。


 確認したところ思ったとおり、庭は建物をグルッと囲む形であった。

「よしっ」

俺は軽く体を伸ばして柔軟体操を行う。


 俺は先ほど眠たくなったことで、自分の体力に物凄く不安を感じた。

ということで、この幼女の体がどれだけ体力があるのか、庭を走りこんで試そうと思った。


「ふっ!」

俺は軽快なスタートダッシュを決め、…足をもつれさせて盛大にすっころんだ。

「うおっ、足がみじけぇ!!」

思えば移動も着替えなどもほとんど人にしてもらっていて、自分の体の把握なども全くしていなかった。


 俺は体の感覚をつかむためごくごく軽いランニングを行い、あろうことか一周でばててしまった。

なんて体力がないんだ、この体は!!

頭はいまいちだが身体能力にはかなりの自信がある、というか身体能力しか取柄のない俺にこの事実はかなり深刻だ。


 よし、おやっさんちで厄介になっている間に体力をつけてやる!

そしていずれは元のような筋肉のついた肉体を取り戻す!と俺は決心をし、息が落ち着くとまた走り込みを再開した。


 そして限界まで走りこんだ結果、疲労困憊で動けなくなって芝生に倒れていたところを、お茶とお菓子を持って来てくれたマリーさんに発見された。

マリーさんは俺を見つけるなり水筒とお菓子の入ったバケットを落とし、悲鳴を上げながら俺を抱き上げ屋敷に駆け戻った。


「…すいません、ただ走りすぎて疲れただけです…。」

俺はベッドの中で申し訳なさと恥ずかしさで半分だけ布団から顔を出し謝った。

そんな俺の横で奥さんが腰に手をあてて怒っている。

「もう、クランちゃん、無理はしないでって約束したのに…。ご飯は食べれそうなの?」

「すいません…、今固形物を食べる自信がありません…。」


 奥さんはそっとため息をつく。本当にすいません。

「マリーにスープを作ってもらうから、それはちゃんと食べるのよ?パパには全部お話しておくから、しっかりと怒ってもらいますからね!」


 その後、具だくさんのスープをどうにか全部食べ、日が沈む前に俺は眠ってしまった。

夜はこれからなのに!この体になってから眠ってばかりのような気がする。

はぁ、情けない…。





 その夜、俺は寝苦しさにうなされて目が覚めた。

「!? 」

暗闇のなか、俺を覗き込む人影があった。

恥ずかしいことだが、俺はまた自分が幼女になったことを忘れ錯乱していた。


 こんなに近づかれるまで気付かないなんて、今までなかったのに!


 焦りつつ寝たふりをしながら、いつも枕の下に忍ばせているナイフを手探りで探す。

無い!ナイフはどこに!?この侵入者に取り上げられたのか!?


 俺はもう演技する余裕もなく、相手を引きずり倒して組み伏せようとすかさず人影の襟元に手を伸ばす。

首に手が届く直前に、やんわりと手をつかまれた。

「ばぁか。」


 その声で俺は今がどこで、どうして眠っていたかを思い出した。

「おやっさん…。」

俺を覗き込んでいた人影はおやっさんだった。

よく見れば枕元にランタンが灯しており、ぼんやりと部屋の中を照らしていた。


「お前な、昼間に無理しすぎて熱出したんだよ。」

どうりで寝苦しかったわけだ。額に濡れた布が乗っているのに気付いた。

そんなに動いたつもりもないのに、どれだけこの体は弱っちいんだろう。


「もしかしておやっさん、俺の看病を?」

「馬鹿言え。大の男が熱出したぐらいでどうして俺が看病しなきゃなんねぇんだよ、気色わりぃ。」

「そうっすよねぇ。」

俺は力なく笑う。ぜってぇおやっさん、看病してくれてたな。


「ハニーから話きいたぜ。何でまた無茶したんだよ。」

俺は体を起こそうとしたが、おやっさんに止められ横になったまま話す。

「この体があんまりにも体力ないもんで、走りこみでもして体力つけようと思って…。」

今の熱を出している現状ではあまりにも馬鹿みたいで、説明する声も尻すぼみになってしまう。


「ばぁか。お前な、その体(幼女)を受け入れろとは言わねえよ。だが現状把握は基本中の基本だっていっつも言ってんだろうがよ。」 

「すいやせん…。」

…返す言葉もない。


 おやっさんは大きくため息をつくと、俺の頭をグシャグシャとかきまわした。

最近だれやかれやに頭を撫でられている気がする。


「今のお前はどうやったって冷静じゃねえから、現状把握なんて無理だ。お前のことだ、その体に筋肉を付けるとか言ってそのうち筋トレおっぱじめそうだしな。」

おう、バレてら。


「体力つけてぇんだったら、俺が計画を立ててやるから。もう無茶すんじゃねえぞ。」

「わかりました…。」

俺が力なくうなずくのをおやっさんは満足そうに確認し、俺の額の布を取り替えてくれた。


「よし、もう寝やがれ。」

そう言っておやっさんは部屋を出て行った。


「お前、明日は家から出るの禁止な。」

…出る前に釘を刺すのも忘れなかった。



 その後の数日間は体を動かしたりたまに腕立て伏せや腹筋運動をしようとして怒られたり、奥さんに身だしなみなどを教えてもらったり、懸垂をしようとして怒られたりしながら過ごした。




 そしてついに、傭兵団に戻る日がやってきのだ。



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