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11話 おねしょの恐怖


「今日はお昼からママと一緒に、クランちゃんの服のための布を一緒に選びに行きましょうね。パパに許可をもらっておかないと。」


 話が終わると食事の時間になった。奥さんが祈りをささげ食事が始まる。

フィルスとマリーは給仕係のようで、俺と奥さんの隣に立って飲み物をついだ後は後ろに控えている。

俺は自分の食事を眺めた。ふんわりした真っ白いパンと見たこと無い葉っぱが入ったサラダ、それにスープといった普段食べているものより断然豪華なのだが、おままごとか?と思うくらい少ない。


 俺がガキの頃はもっと食べていた気がするけどなぁ。


 そんなことを考えながらパンをちぎって何口か食べる。さすがにいつものようにかじりつくことはしない。

あれ?パンを半分食べたくらいで何か満腹感が来た。


 うそだろ? 幼女ってこんくらいしか食べらんないのか。まだスープもサラダにも手をつけてないんだぞ!?

これじゃ全部食べきれねぇ!


 俺の手が止まっていることにすぐにマリーが気付いた。

「クランさま、お腹がいっぱいになりましたか?これでごちそうさまをして食後のお飲み物をお出ししましょうか。」

「いいえ! 全部いただきます!」

「クランちゃん、お腹いっぱいなら無理しなくていいのよ?」

孤児院育ちの俺に、残すなんて選択肢はないっ!!


「おーう、食ってるか? フィル、軽く食ったら傭兵団のほうに出かける。支度を頼む。」


 俺がどうにかして完食しようと四苦八苦していると、おやっさんがローブ姿で食堂にやってきた。

すでに空になっている奥さんの食器と、ほとんど残っている俺の食器を見比べて豪快に笑った。

「お前、無理して食うことはねぇ。あんなことがあった昨日の今日だ。普通に食えるほうがおかしい。残すのが嫌ならマリーが華麗な昼飯に変身させてくれるからまかせとけ。」


 おやっさんは笑って言ってくれたが、奥さんとおばちゃんはハッとして俺を見た。

「クランさま、ご無理はいけませんよ。大丈夫、これはサンドイッチにしておやつかお昼にお出ししますので無駄にはなりませんよ。さ、お飲み物をお持ちしましょうね。」

「いやだわ。私ったらついはしゃいでしまって、クランちゃんが疲れていたことを失念していたわ。ごめんなさいね、クランちゃん。今日はおうちでゆっくりしましょうね。」


「どっか出かける予定があったのか?」

おやっさんがフィルスから飲み物をうけとりながら奥さんに尋ねる。

「クランちゃんのズボンにする布を買いに行こうと思ったの。でも今日はゆっくり過ごすわ。」

「だったら商人に布を持ってきてもらえばいいさ。クランだって家に缶詰じゃ退屈するだろう、気分転換にいんじゃねえか?傭兵団で過ごすんだ、あまり上質だと扱いに困るからタコルんとこでいいだろ。傭兵団に行く途中で寄っていくから、客が引いた頃にいくらか持ってくるように声をかけとくさ。」

それでいいだろ、ハニー?とおやっさんは奥さんにウインクしてみせた。

朝からお熱いこって、いや、もう昼前か。


 おやっさんの提案に顔を輝かせる奥さんに気を良くしたのか、おやっさんは更に続ける。

「明日は装飾品商でも呼んで髪留めを見てみるか?」

あ~、この無駄に長い髪のことか。


「おやっさん、この髪手入れするのも面倒だし動くのにも邪魔だから、バッサリいっちゃおうと思うんだが。」

向かいと隣の女性陣から断固反対の声があがる。


 そんな声に逆らえないのかおやっさんまでもが渋い顔をして、「俺もやめたほうがいいと思うぞ。」と言い、ちょいちょいと俺を手招きした。

俺はおやっさんの側に立ち、そのタテガミのような頭を見ながら「おやっさんならわかってくれると思ったのに…。」と小声で抗議する。

おやっさんは俺に顔を寄せると、俺にもようやく聞こえるぐらいの声で囁いた。


「クラインのときのみじけぇ髪がその長い髪になったんだろ?今短くしたら元に戻ったときどうなるかわからねえぞ?」

「うおっ!? 」

そのとき俺の脳裏には、ピッカピカに光る頭で爽やかに笑う元の姿が浮かび頭をかかえた。

そしてなぜかその隣には、同じく爽やかに笑う「俺の台所亭」の親父の姿もあった…。


「このままの髪でガンバリマス…。」

「さすがパパね!素敵!!」

「「旦那様、ナイス説得です!!」」

「任せとけ、ハニー!俺は頼れる男だ!」



 そんなこんなで俺は自分の席にもどり、マリーさんからもらった飲み物に口をつけた。

さっぱりとした果実水で、食後の口の中をスッキリとさせてくれる。さすがマリーさん、できる女だ。


 人心地ついて落ち着いてくると、俺は無性に眠たくなってきた。

おいおい、今起きたばかりだぜ?

そりゃ朝からいろいろあって疲れたってのはあるかもしれないが、これはないだろう。


 必死に眠気と格闘する俺をみて、おやっさんは苦笑した。

「お前は疲れてんだ。そうでなくてもその年頃のこどもは昼寝が必要だ。布屋がきたら起こしてやるから無理なく休め。」

「クランちゃん、ママと一緒にお昼寝しましょうね。」

う~ん、上司の人妻とひとつのベッドで寝るってのはどうなんだ?とおやっさんのほうを見ると、いい笑顔で親指を立てていた。


 いや、それだけじゃさっぱりわからねえよ。

「一緒に寝ろ。」なのか「言わなくてもわかるよな?手ぇ出すなよ、断れよ。」なのか。


 そう悩む俺の上で、奥さんがおやっさんに親指をたててウインクしていた。

あ、俺じゃなくて奥さんへの合図?

二人で何をしてんだか。


 奥さんは俺と手をつなぐと、おやっさんに退室の挨拶をして食堂を後にした。

もう俺は半分夢の中のため奥さんのなすがまま、じゃっかんふらつきつつ歩くのに必死だった。

そんな俺に気付くと奥さんは俺をサッと抱き上げ、「女の子は軽いわね。」と軽い足取りで歩き続ける。

くそっ、おやっさんならまだしもレディに抱っこしてもらうなんて何たる不覚!


 俺はゆらゆらとした意識の中で、これだけは譲れないと必死に訴えた。

「…あの…、寝る前におトイレに…」


 寝ションベンへの恐怖は半端じゃない。



 奥さんはにっこりとうなずくと、俺を女性用トイレに連れて行ってくれた。

孤児院や傭兵団の寮のトイレは男女兼用で木の台に穴が開いており、そこにしゃがんで用を足した後汲んでおいた水で流すようになっている。

汚物はその後下水路を通って王都外の川に流れこむ仕組みだ。


 この仕組みは戦乱後に魔導士が発明したといわれている。

その前は貯めておいていちいち王都外に運んでいたらしいから手間と臭いも凄かったのだそうだ。

それを考えりゃ、魔導士の功績ってのももっと認められていいような気はするが、サルバンみたいなのがいる限り無理だろうな。

ちなみに流すための水は、使った奴が責任をもってまた汲みなおしておく。

傭兵団の寮で汲んでおかなかったり流してない奴がいたら寮の全員からボコボコにされるしきたりだ。


 ここの家の女性用トイレは、おっしゃれな模様の入った陶器の腰掛けるタイプのトイレだった。

俺は寝惚けてトイレの中に落ちないように奥さんの見守る中で用を足し、奥さんが大きな甕からひしゃくで水を流すようすを夢うつつに見ていた。


 俺のプライドのために言わせてもらうが、食事に行く前は自分で全部したんだぜ?

あぁ、もう何も考えられねぇ…。考えたくねぇ……。


 その後、俺は寝室にたどり着く前に奥さんに抱っこされたまま眠ってしまった。



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