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9話 キスとママン

やっと10部まできました。

途中でやめないで読んでいただいてる皆さん、本当にありがとうございます。



「おぉ、クライ…じゃねぇ、クラン起きてたのか。朝から騒々しい奴だなぁ…」


 俺の絶叫におやっさんが目を覚まし、あくび交じりに身を起こす。

「お、お、お、おやっさん!奥さんが、『昨夜は激しかったって』っっ!?」


「…あ~、そのことか…」

おやっさんは気まずそうな顔をして俺から目をそらす。


 もうナニが、いや何がどうなってんすか?幼女になっただけでもいっぱいいっぱいなのにこれ以上何が起きたっていうんだ!!


 そんな俺たちの様子を見て失言したと思ったのか、奥さんの小さく「ごめんなさい、つい…」と謝る声が背後から聞こえた。

そんな愛妻の姿を見ておやっさんは「いや、ハニーは悪くないさ。」といたわるように声をかけ、俺の目を見つめて続けた。


「クラン、お前な、昨夜に何回か夜泣きしたんだ。」


 は?夜泣き?

小さい子がする、夜泣き?



 俺はザッと血の気が引くのを感じた。

体は幼女になったが、精神は俺のままのつもりだ。

だが夜泣きするなんて成人男子のすることじゃない。

無意識下で精神の幼女化が起きているのか?このままいくと見た目同様に言動まで幼女になってしまうのか!?

冗談じゃない、俺はクラインだ。成人の男だ。そのつもり…なんだよ…。



 頭を抱えてうなだれる俺を見て、「お前がそうやって気にするだろうから黙ってようと思ったんだがな。」とおやっさんは頭をボリボリとかいた。

「もちろん、ずっと心配してくれた優しいハニーだからこそ俺は愛してるんだぜ。」そう言って俺の頭越しにウインクしてみせた。

…おやっさん、俺が間にいるのを考えてくれ。


 少し気が抜けた俺の頭をゆっくりとおやっさんが撫でる。

「あんなことに巻き込まれりゃ、誰だって取り乱すさ。俺だって正体無くすぐらい酒をかっくらってどっかで寝転んでるか、だれかれかまわずに八つ当たりしまくってたかもしれねぇ。

疲れて寝ちまったお前の、その小さい体がお前の精神を守るためにできた唯一の行動が夜泣きだったんじゃねえのか?ほら、あれだ、自己防衛本能ってやつだ。くそっ、兄貴ならもっとうまく言えるんだろうがな。」


 最後のじこなんちゃらはよく解らなかったが、おやっさんの言いたいことはよくわかった。

おやっさんの顔を見て力強くうなずく俺に、二人は安心したように笑顔を浮かべた。

「何があろうとも、お前はお前だよ。」

「ありがとう…、おやっさん。」


 そしておやっさんは、俺が寝ていたシーツをチラッと眺めて笑った。

「ま、寝ションベンしなかった分、夜泣きのほうがいいだろ!」


「ぐほっ!」


「あなたっ、女の子になんてこと言うの!あぁ、クランちゃん、たとえオネショをしても誰もあなたを怒ったりする人なんていませんからね!」


 寝ションベン漏らしてシーツや衣服をおやっさんに世話してもらっている俺が頭に浮かんでゾッとした。

そんなことになったら、俺生きていく自信ない…。

寝る前はちゃんと済ませてから寝ようと固く心に誓った。



「…それにしても、『おやっさん』だなんてずいぶん仲がいいのね…。」

不意に奥さんが俺たち二人を眺めてこぼした。

やばい、馴れ馴れしく感じたか?奥さんの顔は不満げだ。

団長とか、ライオネルさまって呼んだがいいか?


「あなただけずるいわ!ねぇ、クランちゃん。私のことはママンって呼んでね!」

えぇ~~っ!?ちょっと待ってくれ!

いくら何でもとうに成人を過ぎた男の言うことじゃないだろ!


 助けを求めておやっさんのほうを向くと、おやっさんはにこやかな笑顔でうなずいていた。

「そうだな、クラン。俺のことはおやっさん、ハニーのことはママンと呼ぶようにしよう!」


 おやっさん!さっきこそ『お前はお前だ』って言ってくれたばっかじゃねえのかよ!!

奥さんも手を叩いて喜ばない!


「クラン、ハニーはお前の夜泣きに夜通しずっと付き合ってくれたんだ。」

「あなた、そんなこと言わなくてもいいのよ…。」

俺はその言葉にハッとして奥さんのほうを見る。

奥さんは気遣わしげな顔で「気にしないの」と俺の頭を撫でる。


「そんな優しいママンに、ありがとうのチューをしなさい!いいか、ホッペにだぞ。間違えるなよ!」

「おやっさん!」

「あなたっ!」


 前者は抗議の声で、後者は喜びにはずませた声で叫ぶ。

おやっさん、あんた部下の男を自分の妻にキスさせて何が楽しいんだ!

あれか?NTRプレイか?

俺のうさんくさいものを見る目つきに、おやっさんは意地悪げに笑って答えた。

「俺はハニーが喜ぶならナンだってするぜ?ほらクラン、ママンが待ってるぜ!」


 奥さんのほうを見ると、頬をばら色に染め目をキラキラと期待に輝かせてじゃっかん頬を突き出した姿勢で俺をひたすらに見つめていた。

うっ、そんな純粋な子犬のような眼で見つめるのはやめてくれ!!


 俺は深呼吸をして心を落ち着けた。

孤児院で他のチビを見ていたから知っているが、夜泣きってのはただひたすらに泣き叫ぶだけでこちらの声なんてまったく入らず厄介なものだ。

それを落ち着くまで、しかも何回も面倒を見るのはとても大変なことだっただろう。

二人の顔を見ればほとんど眠れてなかったのがわかる。

そのお礼が、キスひとつであんなに期待してもらえるならお安いものだ。


 俺はぎこちなく奥さんに近づくと、恥ずかしさに薄目を開けた状態で顔を近づけた。

完全に目を閉じて間違えて口にいったら、いろいろと怖いからな!


 軽く唇を押し当てるだけのキス。

すぐに離したが、顔に火が付いたように熱い。

何だよ!こんな恥ずかしいキスしたのは初めてだよっ!!



「ああっ!!」

心の中で激しくもだえていた俺を、奥さんは感極まったような声とともに抱きしめた。


「女の子が欲しかったけど、もう子どものできない体になってしまってあきらめてたのっ!bそれなのに、それなのにっ憧れのママンにチュ!が叶うなんて!!」

…奥さん感動しすぎだよ、おやっさんも感慨深げにうなずいてんじゃないよ。


「これは奇跡だわ!! あぁ、神よ! この奇跡に感謝いたします!」



 この場合、感謝するのは神じゃなくてサルバンのアホになるのか?

勘弁してくれ…。


 その後、奥さんの興奮が醒めるまでのかなりの時間を俺は抱きしめられた姿勢でいたのだった…。





 あ! おやっさん、いつの間にか二度寝してやがる!!


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