第一章 【康時】
僕が先輩の蹴りを喰らい、仰向けに倒れたのとほぼ同時に、リンチを見ていた群衆の中から突然、一人の少女が飛び出してきて僕のもとに駆け寄ってきた。あまりにも唐突な出来事に呆気に取られたのか、先輩達も手や足を止める。
「大丈夫!?しっかりして!」
少女は僕の上半身を起こすと、意識がちゃんとあるのを確認するためか、両肩を掴んで大きく揺する。
僕はようやくしっかりとその少女の顔を見た。歳は僕よりも少し上だろう。髪型はポニーテール。度の高い眼鏡を掛けているせいか、かなりキツい印象があり、他者を寄せ付けない感じではあるが、なぜだか僕は、何となく彼女に親しみを覚えた。
「よかった…」
僕の意識がちゃんとあるのに安心したのか、彼女は微笑した。
「あなたは…うわっ!?」
僕は思わず声を上げた。そう問う前に、彼女は突然僕の手を右手で掴むと、身体の大きな僕をなんて事も無いかの様にヒョイッと立たせてみせたのだ。
「歩ける?」
「えっ…?ああ、ハイ…」
少女がそのまま僕の手を引いてその場から立ち去ろうとした時、やっと我に返った先輩の一人が少女と僕の行く手を阻んだ。
「おいテメェ…」
「なぁに?」
何があったのかは分からない。ただ、先輩の動きがビクンと止まり、振り上げていたバットを地面に落として、自身も腰を抜かしてしまった…という事だけは分かった。
何をしたんだ…
少女と僕は黙って、腰を抜かしてしまっている先輩の脇を通り、何事もなかったかの様にその場を立ち去った。
「さっきは、助けてくれてありがとうございました」
校門の前で誰も追って来ていない事を確認すると、僕は深々と少女に頭を下げた。
「別に…私はただ当たり前の事をしただけだから…」
凛とした態度をとっているが、やはり感謝されて嬉しいのだろう。口元が僅かにほころんでいる。
「それじゃあ、私はこれで…」
「ちょっと待って下さい!」
クルリと後ろを向いて立ち去ろうとする彼女を、思わず僕は呼び止めていた。
「あなたの名前を…教えてくれませんか?」
「名前?」
やはり、失礼だっただろうか?
少女は少し考えているようだったが、すぐに口を開いてくれた。
「…佐々木昌子」
それだけを言うと、彼女は逃げる様に去っていった。
これが、僕と【佐々木昌子】との出会いだった。