第四章 【昌子】
私がベンチに座ってから三分後に康時は来た。
「どうも。話って何ですか?」
数十分前と…いつもと変わらぬ様子の彼…
「事件の事で、あなたを呼んだの」
私はあえて康時の方を向かずに言った。
「事件?何言ってるんですか。さっきも言った様に、あの事件はもう…」
「赤城の死は自殺なんかじゃない。殺されたのよ。美花を殺した犯人に…ね」
私がそう言うと、彼はフッと馬鹿にしたように笑った。
「何を根拠に…奴が書いたとされる遺書だってあるんですよ?」
「筆跡なんてどうにだってなる…あの遺書は確かにうまく書かれた物だけれど、あの遺書を書いた人物…すなわち犯人は、とんでもないミスを犯しているの」
「ミス?」
私はバックから紙と鉛筆を取り出した。
「康時君、今からあなたに一番最初に殺された女の子の名前を教えてあげる」
「いや、言われなくても分かっていますよ。彼女の名前は中山…」
「うるさい!」
私は書いたその名前を、馬鹿野郎の顔面に突き出した。
【仲山美花】
「あっ…!」
康時の顔色が変わった。はっ、ざまあみろ。
「そう。【中】の字の横ににんべんをつけて【仲山美花】。だけれどこの遺書に書かれているのは…」
私はカメラに写した遺書も彼に見せてあげた。
【中山美花を殺したのはこの僕、赤城努です。なので、死をもって償います。】
「私、以前に赤城が美花の名前をフルネームで書いている所を見た事があるの。だけどあの男はちゃんと間違えずに名前を書けていた。だから、あの遺書を書いたのは別人だって分かったの…小野寺君や岬さん、神尾先生が正しく彼女の名を書けるかどうかは分からない。だけど確実に一人だけ、彼女の名前を正しく書けていない人がいる」
私は彼のメモ帳を取り出して、仲山の名前が載っているページを見せた。
「呆れたものね康時君。あなた、自分が殺した人間の名前もちゃんと書く事が出来ないわけなの?」
康時の血の気が完全に失せた。私は話を続ける。
「あの日、私と別れた後、ずっとこの公園で美花を待っていたんでしょう?そして、やって来た彼女を殺害した。乗り物を使って追いかけたとか、共犯者が居たとか、そんなのよりも元々その場に犯人が居たっていう方が一番考えやすいんじゃない?」
康時は何も反論する事なく、わなわなと震えている。だらしのない子…
「赤城の殺害に移りましょうか…」
私は康時の脇を通り、彼の背後に回った。
「私が帰った後あなたは赤城の住んでいるアパートに行き、彼を殺害した。そして、自殺に見せかける為に出て行く際、ちょっとしたトリックを仕掛けた」
「…トリック?」
「扇風機をドアの正面に置いて、その扇風機の羽に糸を付ける。そして自分はその扇風機のリモコンと糸の先端、部屋の鍵を持って外に出て部屋に鍵を掛ける。そして、部屋の中から伸ばしてきた糸に鍵を付け、扇風機のリモコンを作動。鍵は扇風機の回転によって巻き取られて隙間から再び部屋の中へ…使い終えたリモコンをポストに放り込んでおくんじゃなくて、どこか遠い所に捨てれば良かったのにね」
「確かに、僕がそのトリックを使ったとしても現場には糸が残るはずだ。でも、その糸は現場には落ちていませんでしたよ?まさか自然消滅したとか言うんじゃないでしょうね」
「ええ、そのまさかよ」
本当に馬鹿…自分で答えを言うなんて…
「仕付け用の糸ってあるじゃない。小説や詩で言う所の下書きみたいな物ね。だけど、あくまで下書きだから最後にはちゃんと取ってしまう…でも、いちいち手で取っては手間が掛かるからこの糸を使う人もいるの。水や湿気に触れると簡単に溶けてしまう、仕付け糸をね」
あの赤城の部屋はなぜだか知らないけれど湿度が物凄い所だった。康時はその湿気をも利用してこのトリックを使用したのだ。
「以上。何か反論はある?」
「………」
康時はまるで糸の切れた操り人形の様に、ぐしゃりとベンチに崩れ落ちた。本当は、何か反論してほしかった。私が言った推理を全部覆してしまう…そんな反論を…だけれど、彼は何も言ってくれなかった。
「ふぅ…」
私は彼の隣にそっと座った。
「空江さんとあなたは、実の姉弟でしょう?」
康時は驚いた様に私を見た。
「なぜその事を…?今じゃもう、姓も違うのに…」
「あなたの家に行った時、あなたの部屋のドアに星型のホワイトボードが掛けてあった。そして、隣の部屋にも同じ様にハート型のホワイトボードが…もしかしたら、あなたには大して歳の違わない兄弟か姉妹が居て、その子の部屋なのかと思った。だけど男の子でハートを好む子なんて余り居ないから、この部屋は姉か妹かの部屋だと想像できる。でも知り合って約一ヶ月…私はあなたから一度たりとも姉妹の話を聞いた事がないから何か人には言えない様な事情があるのかと思ってね」
「そして丁度、西村空江という少女が自分達の調査している事件に絡んできて、その上僕が犯人だったから、そう思ったって所ですか…」
康時は苦笑しながら立ち上がった。
「空江…姉さんは、楽しい話を毎日の様に話してくれて、休日にはよくこの公園に遊びに来た。そしてあの暴力親父から僕を守ってくれた…」
「…いいお姉さんだった?」
「ええ。優しくて美人で賢くて…だけど僕が小学四年生の時に、離れて暮らさなくちゃならなくなった」
「…両親の離婚ね」
「それから三年の月日が経って、僕が姉さんと再会したのはお通夜の席で、彼女がもう物言わぬ遺体になっていた時でした。そして僕はそこで、ようやく姉さんが親父から三年前以上の虐待を受けていた事や、入学した高校の部活動で陰湿ないじめを受けていたということを知ったんです」
「それであなたは…」
康時は私の方を向いて大声で言った。
「そうさ!だから僕は仲山と赤城を殺してやったんだよ!いずれ、いじめに加担していた当時の先輩達や極限まで虐待し続けた親父も殺す。姉さんこそ僕の天使。そんな彼女を死に追い込んだ奴等なんて皆…」
「もう止めて!」
彼は、その顔のまま口を開けた状態で黙った。まるで、時間が止まったかの様に。
「空江さんは父親から虐待を受けていたって言ったわよね。でも思い出してみて。一度でも彼女は父親に対して陰口を言ったりした?」
「いいえ…だけど…」
「いいから話を聞きなさい。彼女は自分を傷つけた人達の事を少しも恨んではいない。本当に彼女が恨んでいるのは、自分自身なんじゃないかな?」
「えっ…?」
康時は目を丸くした。
「彼女にも自分を大切に思ってくれている人が居た。でも自ら命を絶ってしまい、その人達の心を深く傷つけて、果ては愛する弟が自分の為に人殺しにしてしまった…」
気がつけば、私の目からは次々と涙がこぼれていた。なぜだろう?どうして…
「私があなたが犯人だって確信に至ったメモ帳だって、あなたが私に持ってろって…もしかするとその言葉、あなたの心のどこかが私に自分を追い詰めてくれって望んで、あなたに無意識の内に言わせたんじゃない?だからお願い康時君。これ以上自分や私を苦しめないで」
康時は目を瞑った。何かを考えている様子である。やがて彼は、大きな溜息を吐いて言った。
「あなたの言いたい事はよく分かりました。自首します」
「…ありがとう」
良かった…これで本当に…
「ですがその代わり、一緒に行きましょうよ。警察に」
あれっ?
「…つまり、警察署まで送ってくれって事?それなら別に…」
「何素っ頓狂な事言ってるんですか。僕はあなたに一緒に自首しようって言ってんだ」




