第二章 【康時】
「それで、この事件を調査する宛てでもあるんですか?」
僕が昌子先輩の熱烈な説得に負けて、事件の調査を手伝う約束をしてしまった次の日の昼休み。僕は昌子先輩と共に学校の廊下を歩いていた。
「ええ、だから今からそこに行くのよ」
能天気楽な僕に対して、彼女の方は真剣そのものだった。無理もない。友達が無様に殺されてしまったのだから…
しばらく歩いていると、昌子先輩は階段のそばにある部屋の扉の前で足を止めた。扉には【写真部】と印刷されたA4サイズの紙が貼られている。
「この写真部の部長が、事件を見たって噂なの」
「へぇ…」
あれに目撃者がいたのか…僕の胸は心なしかドキリとした。
先輩がドアをノックすると、中から「どうぞ」という、男の声が聞こえてきた。
「行くわよ…」
彼女はドアのぶに手を掛けて「失礼します」と一言声を掛けた後、ドアを開いた。
写真部の部室の中は異様としか言いようがなかった。部屋の四方の壁や天井には様々な人種の人間の顔をアップで映した写真がほとんど隙間なく無造作に貼り付けられていた。しかも、どの写真に写っている人物の顔も無表情だったので、それが一層に異様さをましている。
「ようこそ、写真部へ…」
部屋の外で聞いた声の主かと思われる男子生徒が、床に散りばめられている写真を踏みつけながら、ツカツカと僕達に歩みよってきた。髪は肩にかかるほど長く、痩せ型で背も高く、顔立ちも良いイケメンであるが、僕はなぜだか彼に、この部屋以上の訳の分からない異様さを覚えた。
「写真部部長の伊藤英太です」
伊藤はニタリと微笑すると、僕達に会釈をした。
「私は文芸部部長の佐々木昌子。そしてこちらは部員の霜田康時」
先輩は軽く自己紹介をして、さっそく本題を切り出した。
「私達は一昨日あった、仲山さんが殺された事件について調査をしているの。少し、調査に協力してもらえないかしら?」
「あの事件についてですか…」
伊藤は顔をしかめた。あまり事件の話をしたくはないらしい。ならばここは、僕が出て行こう。
「この昌子先輩と、殺された中山先輩は親友同士だったんです」
僕が一歩前に出て言うと、そのとたん、伊藤はゾッとするような不適な笑みを僕に返してきた。
「お友達の敵討ちですか…面白い。いいでしょう」
何がおもしろいんだ!
喉まで出かかった言葉であるが、昌子先輩の為になんとかその言葉を飲み込んだ。
「一昨日の六時半頃でしたね。僕があちこち散策をしていて、ふと通りかかった小さな公園に目をやったらこの学校の制服を着た女子がブラブラと歩いていましてね」
伊藤は首に提げているカメラをいじりだした。
「何となく目をそのままやっていたら、今度はこの学校の制服を着た男がスルスルッと彼女の方に近づいてきまして…」
「この学校の…」
「ほんの一瞬の出来事でしたよ。男が手を振り上げたと思った瞬間、彼女の首から大量の血が噴出してきましてねぇ。いい死に様でしたよ?あなたのお友達」
いつの間にか僕は両手に拳を作っていた。それに気づいたのか、昌子先輩はそっと僕の拳に手を添える。
「伊藤君。その学校の制服を着た人物は、どんな顔だった?」
今まで黙っていた昌子先輩がようやく口を開いた。
「さぁ?暗くてよく見えませんでした。でも、体格的に男である事は確かですね」
素っ気のない態度で伊藤は先輩の質問に答える。
「事が済むと彼はすぐに走って逃げていきましたよ。話は以上です」
伊藤は言う事はちゃんと言ったのだから、さっさと帰ってくれとでも言いたげな目で僕達を見据えた。
「行きましょう先輩。聞きたい事は全て聞きました…先輩?」
「………」
先輩は遠くの方を見つめているようだった。
「どうしました?お嬢さん」
伊藤がニタニタと笑いながら言った。
「伊藤君あなた、仲山さんの遺体を写真で撮ってるんでしょう。少し私達に貸してくれない?」
伊藤の顔から笑みが消えた。
「…そんなもの、撮ってる訳ねェだろ」
「本当にそうやってごまかしたいのなら…」
先輩は伊藤の脇をスルリと通り抜けると、大きな机の上に置いてある数枚の写真の中から一枚を手に取って伊藤に突き出した。
「こんな分かりやすい所に置かない事ね」
「ぐっ…」
伊藤は唸ると、魂が抜けたかのように、がたんと近くの椅子に腰掛けた。先ほどまでの笑みはもう顔にはない。ざまあみろ。
「これは少しの間預からせてもらうけれど、いいかしら?」
「…勝手にしろ」
昌子先輩は軽く鼻で笑うと、「行きましょう」と僕に言って、軽い足取りで部屋から出て行ったので僕も急いで彼女に続き、部室から出て行った。
「ずいぶんと酷くやってますね… 」
拠点である図書室に戻ると、僕は手に入れた写真の感想を述べる。写真に写っている中山美花は喉をバッサリと真一文字に切り裂かれていた。
「この写真を見て、何か気がつく所はありますか?」
「ええ、切り口の方向や角度からいって、この子を殺した犯人は左利きね。私も含めてほとんどの人は右利きだから、これでかなり犯人を絞り込めるんじゃないかしら?」
すごい…たった一枚の写真でこの事を…僕はあらためて先輩を尊敬した。
「それで…次は何をしましょうか?」
「それじゃあ、手分けをして美花と関わりのあった人から話を聞きにいきましょうか?」
そう言うと先輩は鞄の中から一枚の紙を取り出して、僕に差し出した。そこには、二名の名前とその人が所属しているクラス、そして、中山美花との関係が書かれている。
「あなたはこの人達から話を聞きに行って」
「了解しました」
先輩と別れると僕は紙を握り締めて、それに書かれている教室に向かって走り出した。




