LINGERING SCENT
Hの後、彼がいそいそと背中を向けて下着を身につける姿を体をベットに預けて眺める。
男の人のそんな姿を見ると、すごく愛が冷める。
なんか出すもの出して終わらせたって感じというのが伝わってくるし、なんとも情けない姿に見えてくる。
それ以前に彼は私を愛してなんていないけど。
偽愛で虚しさを抱き合ってうめる関係。
もごもごしながら下着を付けると彼がおいでと私の腕を引っ張って近くに引きよす。
『腕枕疲れちゃうよ?いいよ。』
『いーの。俺がくっつきたいから』
Hする時にしか愛がないはずなのに、彼は優しい人だと思う。
本当の君はどんな人なの?
何を考え、私を見ていながら誰を愛してるの?
私は君が好きなのに。
彼の腕にしがみつくと彼は男の人とは思えないぐらい甘い香がした。
彼の車もそうだ。
すごく心地良い。
香水とか車の芳香剤の匂いとかではない。
そういうものの匂いは私自身苦手で具合が悪くなってしまうからだ。
『良い匂いするね』
クスリと笑い猫のように甘えながら私が言った。
『亜美も同じ匂いがするよ。てかシャンプー、パンテーンでしょ?』
身を少し起こして私の顔を覗き込んで目を輝かして聞いてきた。
『ううん、ヴィダル使ってる』
『なんだー。でも亜美も良い匂いするよー。』
お互いにクスクス笑いながら布団の中で抱き合っていたら彼は眠りについてしまった。
こんな関係いつまで続けるんだろう?
彼は私を思ってくれてはいるけど、私を通して誰か他の人を強く思ってる。
こんな事が長く続くと悲しくなくなってきて涙もでなくなってしまった。
彼の寝顔をじっと見つめる。
高い鼻、長いまつげ、額、唇。
どれもきれいに整っていて見とれてしまう。
華奢に見えるけど実際肩幅も広いし、手だってこんなに大きい。
けれど私よりも3つも年上なのに、子供っぽくって甘えてくる事が多い。
それを不快とは思わない。
むしろ可愛いと思う。
彼の顔を見ていたら、すごく目の前の彼が愛しくなって唇にそっと触れてみた。
『んっ…ごめん。寝ちゃった』
彼を起こしてしまった。
『ごめん。きれいな顔だなーと思ってぺたぺた触っちゃった』
『亜美は鼻低いし童顔だもんなー。まだ中学生に見えるもん。』
そう言うと彼は私にキスをした。
『私そろそろ帰らなきゃ。明日も仕事あるし。』
夢から覚める。
『泊まってけば?朝送るよ。』
それ以上優しくしないで。
『着替えもないし、今日はごめんね』
『今日はっていつも泊まっていかないじゃん』
帰りの車内は無言だった。
彼の優しさが時々ものすごく辛くなる。
普通に付き合って彼の彼女なら嬉しいだろうけど、所詮あたしは本当に愛されていないもの。
私の好きが止まらなくなってしまう。
優しくされて辛い夜は長く一緒に居ないことにする。
私も割り切る事が出来ればいいけど、そんな器用な女じゃない。
男の人は器用だ。
家の前で車が止まった。
『今度はいつ会えるの?』
子犬のような切ない顔で彼が問い掛ける。
この人はこういう事して…確信犯ならかなり質が悪い…
『また予定が解ったら連絡するね』
『…うん』
不安そうな彼の顔を見送った。
ソファに身を沈める。
ぼーっと彼との出会いを振り替える。
『あの、すみません』
『?、何か?』
『リルケ、好きなんですか?』
市立図書館の司書の私は当時リルケを良く読んでいた。
『…えぇ』
私は愛想よくにっこりと微笑んだ。
『俺もリルケ好きでよく読むんですよ。なんていうか生きてる事の不安とか心細さが解るっていうか、自分の中の影と光…みたいな』
私と彼はすぐに打ち解けていった。
彼を好きだと思った。
抱かれても嫌じゃないと思った。
けれど彼は愛してるとは言ってくれるけど、私を見てはくれなかった。
私は彼にとってなんなんだろう。
理由が解るのはそんなに長くはなかった。
彼の部屋の一枚の封筒。
中には9号の指輪と手紙と一枚の写真。
手紙の内容は彼の彼女が亡くなったという事。
唯一の形見の指輪の事。
写真に写る彼女は華奢で可愛らしい人だった。
見て私は心の中のドロッとした感情が増殖した。
封筒ごと全て捨ててしまった。
彼は私が帰った後気付き、探していた。
ゴミ置場を探しながら泣いていた。
なぜ君は私を観てくれないの?
私はあの人には叶わないの?
『……夢』
いつのまにか眠ってしまった。
嫌な夢……。
彼の心はあの人に縛り付けられてる。
なぜ彼をこんなにも苦しめるの?
わたしなら彼を幸せにできるのに。
あの人さえ居なければ良かったのに。
けどもうこれで終わり。
このままじゃ私も彼もダメになってしまう。
『引き際…なのかな…』
一言ため息混じりにつぶやいて彼に電話を書けた
あれから彼とは会っていません。
毎日仕事に明け暮れています。
今度違う町の図書館に配属されたので、これを期に引っ越しをしようとおもっています。
毎日忙しさで追われています。
けどふっとした時、彼の香を思い出します。
そんな時涙かとまらなくなる。
きっと私も彼のように彼に心を締め付けられ続けるでしょう