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王子と花嫁候補の令嬢が婚約期間なしで結婚したわけ

作者: 月迎 百
掲載日:2026/05/16

どうぞよろしくお願いします。

一万字ちょいの短編になります。

「私は王家の花嫁探しである『竜の卵』には参加しません!」


 ヨーク公爵家の執務室に公爵令嬢のアナスタシアの声が響き渡った。

 ヨーク公爵は困ったように目の前の妹のエルディラと娘のアナスタシアを見てから、ため息をついた。

 

「次の『竜の卵』は25年後になる。その時、アナ、お前は参加できないよ」

「そんなのわかってます。

 年齢的にも無理でしょう!」


 アナスタシアは笑う。


「はい、それで結構です。

 好きで花嫁候補になったわけじゃないし、髪を短く切らなければ、王家の血筋の方とつがわなくても生きていけるのでしょう?

 なら、私はす、いえ、自分で自分の好きなように、生きたいです」


 王家の花嫁候補。

 この国では25年ごとに王家の花嫁探し『竜の卵』と言われる顔合わせの儀式が行われる。

 王家は古代から竜の血を継いできた。その血が薄まらないで今まで繋いで来れた理由に、花嫁候補の存在がある。

 王家に王子のみが生まれるように、この国の貴族の女性には竜の花嫁候補が生まれる。

 その判別は……、髪だ。

 竜の花嫁候補は髪に特別な力を宿し、陽の光から『生力』を生成することができる。

 その力のおかげで人間の身体でありながら、竜の血を継いだ子を胎内で育み、必ず竜の血を受け継いだ王子を産むことができるのだ。

 しかし、花嫁にならなくても生きていく道はある。

 昔から花嫁候補は王子の数より多く生まれ、王家と結ばれない者もいる。そのような者は普通に貴族令嬢として王家以外の家に嫁ぐ。

 ただ、ひとつだけ気をつけなければならないことがある。

 もし、王族以外に嫁ぐ場合は短く髪を切ることができない。

『生力』が身体を守る反面、花嫁候補の人間としての身体は弱い。花嫁候補は髪から生成される『生力』のおかげで生きていられるという面もあるのだ。

 王家の血筋の男子はその『生力』を体内に持っているため、つがうと花嫁に自分の『生力』を受け渡すことができる。だから、王家の血筋の夫がいれば、花嫁は万一髪を失うようなことがあっても、生きていける。が、夫が普通の人間であれば……『生力』が欠乏し、彼女は衰弱し、死ぬ。

 過去に王族ではなく、貴族に嫁いで、そのようなことを理解しない嫁ぎ先で髪を切られて亡くなったり、義父が事件を起こして連座で修道院に送られ髪を切られたことで亡くなった花嫁候補もいるのだ。

 そのため、花嫁候補の父や母は彼女が王家や王族に嫁ぐことを願う……。


「エルディラはもちろん参加するのだね?」

「はい、お兄様。私は参加致します」


 ヨーク公爵の年の離れた妹であるエルディラは微笑んだ。


「ふむ……。わかった……。

 まだ期限まではもう少しある。返事はもう少し待とう」


 ヨーク公爵はそう言いながら、エルディラを見た。

 エルディラは頷いた。

 



   ◇ ◇ ◇




「ヨーク公爵家のアナスタシアが『竜の卵』に参加するのを渋っている?」


 王城の王弟ユリウスの部屋で、第二王子シルラドの声が響き渡った。


「なんでまた……。

 花嫁候補として生まれたのなら、王家に嫁ぐのが一番……」


 王弟のユリウスが笑った。


「どうやら、彼女は好きな人がいるらしい」

「好きな人?

 王家の? 王子以外に?」


 ユリウスが掲げて見せた右手には手紙が握られている。


「エルダから?」

「ああ、ヨーク公も困ってしまったようでね。

 エルダに理由を聞き出すようにお願いしたってわけだ」


 王弟ユリウスと公爵の妹エルディラは既に顔を合わせて、婚約をしている。

 25年に一度の『竜の卵』。

 たまにこのように時期が外れてしまうケースもある。

 そのような時には、例外として個別に顔合わせをして婚約が結ばれるのだ。

 エルディラとユリウスはもう婚約して5年になる。そして、今回の『竜の卵』直後に結婚式を挙げることになっている。

 今の王の息子達、王弟より年下の王子達は3人もいて、今回、花嫁候補の数も多い。

 そのため、今回の『竜の卵』の花嫁探しに影響が出ないように、花嫁候補は王子達や貴族令息と事前に顔を合わせないように、注意を払って育てられてきた。


「アナスタシアがいないなんて……」


 がっくりするシルラド。

 

「まあ、待て。

 手がないわけじゃない。

 どうやら……、アナには好きな人がいるらしい」

「え?

 それは、王家以外の!?

 でも、そんな機会は!?」

「アナがそう言っているそうだ。

 エルダにもどこの誰だか、言わないらしい。

 でも、アナにもどこにいるかわからないようで、彼を探したいと。

 そのためには王子達に選ばれるわけにはいかないんだと」

「わからない?」

「ヨーク公も困ってしまい……。

 でも、エルダとふたりで、王城には送り込もうとしているようだ」」

「送り込む?」

「ああ、ヨーク公爵令嬢アナスタシアとしてじゃなく、ね」




   ◇ ◇ ◇




 王家の花嫁探し『竜の卵』が始まった。

 それぞれの花嫁候補が王城の中に一室を与えられ、一週間過ごす。

 その間に王子三人と交流を図るのだ。

 そこで、花嫁が選ばれ、選ばれなかった花嫁候補は次に高位貴族令息と順に顔合わせをしていくことになる。


 ヨーク公爵家のエルディラ(22歳)はもう王弟ユリウス(27歳)と婚約しているため、この儀式は儀礼的なもので、この後、すぐに結婚することが決まっている。


 王子三人。

 第一王子バーニス(18歳)

 第二王子シルラド(16歳)

 第三王子エルメイン(14歳)

 この3人に対しての今回の花嫁候補は5人いた。

 今回、19歳から13歳の花嫁候補が5人参加していた。

 アナスタシアがいれば6人になるはずだった。


 王弟ユリウスは婚約者であるエルディラの部屋を訪ねた。

 愛しいエルディラに近づき、頬に軽く口づけをする。

 

「エルダ。やっと結婚できる」

「はい、楽しみにしております」


 エルディラが幸せそうに微笑んだ。

 エルディラは長い髪をきれいに下ろしている。

 髪が窓から差し込んできた陽光にきらめき、不思議な輝きを放っている。

 ユリウスが部屋を見回した。

 ひとりの年若いメイドが奥に控えている。髪をメイド帽で隠している。

 ユリウスはエルダを見た。

 エルダが頷いて言った。


「私のメイドの、シアと申します。

 まだ年若いのですが、王城での仕事を見て勉強して欲しいと思いまして」


 ユリウスが頷く。


「シア、よろしく頼む。

 お茶のワゴンが外に来ている、受け取って入れてもらえるかな?」


 シアが「はい、かしこまりました」とドアの方へ……。


「あれがアナか?」

「はい、いろいろ話した結果、その好きな人を探す手掛かりがあるのではと王城に来ることは納得したのですが、花嫁候補ではない、ということにこだわりまして……」


 ドアがノックされ、お茶のワゴンを押した『シア』が部屋に入ってくる。


「ありがとう、シア」


 ユリウスの言葉に、シアは小さく礼をしてから、お茶を入れ始めた。




   ◇ ◇ ◇




 バーニス王子、シルラド王子、エルメイン王子は、花嫁候補の5人と最初の顔合わせ中だった。

 公爵令嬢、侯爵令嬢、辺境伯爵令嬢、伯爵令嬢、子爵令嬢。

 年齢ではなく、家の家格から紹介されたのに、シルラドは苦笑した。


『竜の卵』

 この儀式は政略結婚による悲劇を防ぐため考え出されたものだという。


 昔、髪に力を宿した貴族令嬢の中で一番家格が高い者を王子の婚約者と決めていた時期があり、その後に心から惹かれ合う髪に力を宿した令嬢が現れ……、王子とその娘が王家を出て、国を捨てて逃げ出してしまったことがあったのだそう。

 その時から、王子の婚約者候補は生まれた時から存在を把握され、大事にそだてられた。家同士の探り合いや不公平感をなくすため、公平を期して『竜の卵』で王子と初めて会って過ごすという儀式になったのだ。

 ここにアナスタシアがいれば、公爵令嬢はふたりになったわけだが……。

 ただ一人の公爵令嬢となったラクト公爵家のカミーユ嬢はとても余裕に満ちた表情をしていた。

 なんとなくこの場を支配している様子のカミーユ。

 彼女はシルラドと同じ16歳。

 バーニス王子ともシルラド王子とも似合いの年齢である。

 必ず、どちらかとは……。周囲も本人もそう思っているのが伝わってくる。


 顔合わせのお茶会後、シルラド王子はすぐに退席してしまった。

 バーニス王子も同い年の辺境伯爵令嬢となかなかいい感じで話が弾んでいる。

 それを忌々しそうに見ている19歳の侯爵家のイザベラ嬢にカミーユは近づいた。

 

「イザベラ様、素敵なお召し物ですね」

「ほほほ、カミーユ様。

 私達もバーニス王子にご挨拶しましょうか」

「ええ、そうですわね!」

 

 お互いにそう言い合いながら、動かないふたり。

 エルメイン王子は歳の近い、まだ幼い感じもする伯爵令嬢と楽しそうにおしゃべりしている。その側に、そのおしゃべりに参加しているのかしていないのかという感じの子爵令嬢がいる。

 子爵令嬢はカミーユと同じ歳だったはずだ。

 カミーユは「ルイーズ様、こちらでお話ししませんこと?」とそんな子爵令嬢に声を掛けた。

 ルイーズがホッとしたようにこちらに来て、でも、少し警戒した様子で礼をした。


「声を掛けて頂き、ありがとうございます」


 ルイーズのその言葉が終わるか終わらないかのタイミングでイザベラが「第一王子殿下に声を掛けて、皆でお話ししましょう」とにっこり微笑んだ。

 ルイーズは頷いてから、イザベラとカミーユが自分を、待っているかのような雰囲気でずっと見つめているのを見て、慌てたように言った。


「わ、私なんて!

 直接、王子殿下に声を掛けるなんて……」


 カミーユがにっこり笑った。


「『竜の卵』の期間は家のことや身分は問われないのよ」


 ルイーズは顔色が悪くなる。

 彼女は悟ったのだ。イザベラとカミーユの希望を王子や王城の者達に進言する役目を、自分がやらなくてはいけなくなったことに。




   ◇ ◇ ◇




 第二王子シルラドは今回の『竜の卵』で一番奥の部屋を与えられている前公爵令嬢、今は公爵の妹のエルディラ嬢を訪ねて挨拶しようとしていた。

 ユリウスからアナスタシアが、エルディラのメイドになって王城に来るらしいとは聞いている。


「アナ……」


 シルラドは呟いた。

 実は5年前、ユリウスがエルディラと婚約した頃、ユリウスにくっついて、ヨーク公爵家を訪ねたことがある。

 すぐ終わる用事で、この後、郊外の森の散策に付き合ってもらう約束で、馬車でじっとしているように言われた。

 でも、退屈で、庭がきれいで誰もいないし気持ち良さそうに見え。つい馬車から出てしまったのだ。

 そして、庭で同じくらいの女の子と出会った。



「ユリウス様の従者の方?」


 低い木立を抜けたところに急に現れたような少女はそう聞いてきた。


「そ、そう。じゅ、従者の……、シ……」


 シルラドは草の上にふんわりと座ってこちらを見上げる同じくらいの年齢の少女にドキドキした。

 下ろされて柔らかく広がっている髪がキラキラと輝いている。

 少女は再び聞いた。


「お名前は?」

「シ、シドです」

「シド様。私はアナです。エルダお姉様のこと、どうぞよろしくお願いします」

「……はい。お任せ下さい!」


 シルラドは傍に片膝をついて、大人っぽく返事をした。

 アナスタシアが微笑む。

 思わずシルラドは手を伸ばし、髪を撫でた。

 シルラドの手とアナスタシアの髪が触れ合うと虹色の光が生まれ、飛んだ。


「わあ、きれい!」

 

 アナスタシアが歓声を上げた。

 その時、メイドが母屋の方から戻ってくる気配がして、シルラドは慌てて「では、アナ様、御機嫌よう」と言って、その場を離れた。


 さすがにヨーク公爵家のアナスタシアが花嫁候補であり、『竜の卵』に参加するために、箱入り娘として王子や貴族令息から離されて育てられているということは知っていた。

 今回、シルラドは叔父であるユリウスに無理を言って、馬車から降りないと約束して付いてきただけである。存在は内緒にしなければならない。


 そのまま、馬車に戻り、おとなしくしていた。

 ユリウスが戻ってきて「もしかして、庭に出たか?」と聞いた。

 シルラドは首を振る。


「そうかあ、少年の従者がいるのかと聞かれたんだが……。

 もしや、お前かと思って『はい』と答えてしまったよ」



 シルラドはそんなことを思い出しながら、エルディラの部屋の前に到着しノックした。


「誰だ?」


 ユリウスの声がした。


「シルラドです。エルディラ様にご挨拶を!」


 ドアが開いた。

 アナだ! 髪を隠し、メイド服を着ているが、アナがドアを開けてくれた!

 シルラドはドキドキする心を抑えつつ、部屋に入り、ユリウスとエルディラに礼をした。


「第二王子シルラドです。

 エルディラ様……、お会いできて光栄です」


「ふふふ、シルラド様、いつものようにエルダでいいですわよ」


 エルディラがやさしく言ってくれる。

 ついついアナを目で追ってしまう。

 エルディラがそれに気づき、微笑んで「紹介しましょう」とメイドに手招きする。


「私のメイドの『シア』ですの。

 シア、シルラド第二王子です。ご挨拶を」


「ヨーク公爵家のメイド、シア、と申します」


 メイドのシアは深く礼を取り、なかなか頭を上げない。


「よろしく、シア」


 そう声を掛けると、顔を上げたが、エルディラを見て頷くと、さっと後ろにに引っ込んでしまった。

 シルラドを見ようともしない。


 シルラドは気持ちがゆっくりと冷えてくるのを感じた。

 ユリウスに言われていた。

『この一週間でアナの気持ちを変えればいい』と。

 そして、それはとても難しそうだということに……。




   ◇ ◇ ◇




「ねえ、気づきました?」


 イザベルがカミーユに言った。


「シルラド王子、メイドの子を見ていることが多くてよ」


「メイド!?

 どなたの?

 メイドを通じてその令嬢にコンタクトを取ろうとしているんじゃ!?」


 慌てたようなカミーユの言葉にイザベラが笑う。


「いえいえ、ヨーク公爵家のエルディラ様のメイドだもの。

 それはないわ。

 ……カミーユ様より、そのメイドの方がお好みなのかしらね」


 イザベラがわざとらしく笑い、その笑いに反応してつい微笑んでしまったルイーズが『しまった!』という顔をする。

 カミーユは内心焦っていたし、面白くなかった。

 バーニス第一王子はウィトゲン辺境伯爵家のクラリオーネ嬢と過ごすことが多く、なかなか間に入ることができない日が続いている。

 シルラド第二王子は挨拶には来るが、ほとんど話をせず、退席してしまう。

 エルメイン王子は幼い伯爵令嬢と恋というより友情のようなものを育んでいるようだ。

 となると、イザベラ、カミーユ、ルイーズは、シルラド王子と話して仲を深めるしかないのに、シルラド王子がさっぱりこちらに興味を持っていないようなのだ。

 今日を入れて、残り三日である。何とかしなくては。

 カミーユはルイーズを見た。


「ルイーズ、ヨーク公爵家のエルディラ様とお茶会の約束を!」


「えっ! わ、私がですか!」


 顔色を変えるルイーズをイザベラが面白そうに見た。


「ふふ、がんばって!」


 ルイーズは目を閉じ、何かを考えてから、思い切るように目を開け、立ち上がると部屋を出て行った。

 イザベラが薄笑いを浮かべてその姿を見送る。


「あの子ちゃんと約束を取り付けてくるかしら?

 相手は王弟の婚約者で公爵家の方よ」

「くるでしょ? もちろん」


 カミーユは不敵に笑った。

 この際、お気に入りのメイドでもなんでもいい。

 とにかく、シルラド王子と同席になるチャンスを作るしかない。




   ◇ ◇ ◇




「はあ、疲れた……」


 夜、シアはメイド帽に手をやり、外しながらため息をつく。

 髪を陽に当てたい。

 でも、日中、それはできない。


「まあ、何もしないよりかは……」


 エルディラの部屋の隣のメイド部屋の窓を開けて、月の光を浴びる。

 月の光は反射した太陽の光であるから、陽光よりは弱いが、身体の中にゆっくりと少しだが力が溜まるのを感じる。


「ああ、シド様は……、どこにいるのかしら?

 ユリウス様の従者をやめて……、どこへ行かれたんだろう……」


 アナは初恋の男の子である『シド様』を思い浮かべた。

 初めて、家族以外で自分の髪に触れた男の子。

 嫌じゃなかった。そして、すごく綺麗な虹のような光が生まれ……、この人だと子ども心にわかった。

 あまりにも短い時間。

 黒髪で青い瞳で……、顔はもう朧げだけど、成長されて、かなり変わっているだろうし。

 でも、きっと、髪に触って貰ったらわかる。

 この人かも! という人がいたら、とは思っているが、全然出会わない。

 王子達には用心している。

 自分の身分とこの髪のことがバレたら、花嫁候補のひとりに加えられてしまう。

 だから、極力、顔を見ないようにしているし、目を合わさないようにしている。

 明日はエルダとユリウス王弟も花嫁候補達と王子達と一緒にお茶会に参加することになったそうだ。

 いつもより規模が大きいから、まだ会ったことのない使用人も駆り出されるかも。


「うん、シド様を見つけなきゃ!」


 アナは、月を見上げて祈った。


「シド様、私に気がついて。

 いえ、私がシド様に気づけますように!」



 次の日、とてもいいお天気で、庭でお茶会が開催されることになる。


「シア、顔色が悪いわ。

 髪を陽に当てていないからではなくて?」


 エルディラの言葉にシアは答えた。


「月の光には当ててるんですけど。やはり足りないみたいで……」

「……今日はいいお天気だから、髪を外に出したら?」

「でも、光が……」

「そうね……。

 ではこうしたら?」


 エルディラはシアを座らせると髪を梳かし、その長い髪を一本の三つ編みに編んだ。


「こうしてメイド帽を被って……。

 どう?

 おさげの部分だけだけど、陽の光が当たるわ。

 編み込まれているから……、輝きも抑えられてる。

 これで、会場の中心を見て立っていれば、背中の方は見えないわ」

「……大丈夫かな……?」

「大丈夫よ。お茶会は王家のメイドが動いてくれるし。

 あなたは端っこで私を見守るのが仕事でしょ。

 あと二日!

 このまま、帽子を被って室内にいたら、倒れてしまうわ」

「……はい、では、そうします」


 エルディラの後をついて、庭に出ると、おさげの部分に陽の光が……、気持ちいい。

 シアは大きく息をついた。

 

 エルディラを始め、他の令嬢方も髪を下ろして陽の光を受けることにしたようだ。

 その場がキラキラとした輝きに満ちる。


「これは見事だな。美しい!」


 バーニス第一王子が感嘆の声をあげ、そしてクラリオーネを見た。

 クラリオーネはにっこりと微笑む。ふたりの間に光の粒子が飛び交っているように見える。

 それはエルディラとユリウス王弟も同じだった。

 ユリウスはエルディラの髪に触れる。虹色の光が飛んだ。

 シルラドははっとした。


「同じだ……」


 アナスタシアの髪に触れた時と。

 アナスタシアもあの時、自分に好意を持ってくれていたのでは!?

 アナの……、シアの姿を探す。

 いた、メイド服で会場の方を見て壁を背に立っている。

 その時、隣のメイドがシアに話しかけ、シアの髪が一本の三つ編みにされてメイド帽から出ているのが見えた。

 優しく輝いているおさげ髪……。


 その時、イザベラとカミーユが立ち上がった。

 そして、ルイーズに何か言った。

 ルイーズは顔を顰めて、でも、近くの王城のメイドに何か囁いた。メイドが頷き、走り去る。

 イザベラとカミーユはシルラドの席の方へ来た。


「シルラド王子、私達とお話をして下さい。

 このままでは『竜の卵』を得ることなく、一週間が終わってしまいます」


 カミーユが遠回しに、イザベラかカミーユかと迫るように言った。

 シルラドは困った顔をし……、視線を『シア』の方へ向けた。

 その時、ルイーズの元にメイドが戻ってきて、ルイーズがカミーユに近づくと手に持っていたスカーフに包まれたものを手渡した。


「嫌だわ。あなたがやるのよ」


 カミーユの言葉にイザベラが笑い、ルイーズの表情が引き攣る。


「そ、そんな、できないです!」

「私の命令でも?」


 カミーユの言葉には有無を言わせない強さがある。

 ルイーズは項垂れ、それでも、微かにいやいやして見せる。


「意気地がないのね。

 なら、イザベラ、やりなさい!」


 イザベラは不敵に微笑むと「公爵令嬢の御命令なら」と言って、ルイーズの手からその包まれたものを取ると歩き出す。

 

「……何を?」


 シルラドは不安に思いながら、イザベラが歩く様子を目で追った。

 エルディラが不安げに立ち上がり「ユリウス!」と叫ぶ。

 イザベラの狙いはシアだ。

 シルラドは駆け出そうとしたが、カミーユに腕を掴まれた。


「君は何を……」

「王子殿下がいけないのですわ。

 花嫁候補がいながら、ただのメイドに熱い視線を送るなんて!」

「彼女は!」


 その時、イザベラがシアの前に立った。

 シアは驚いて目を丸くしている。


「あなたの髪、すごく長いわね。私達と同じくらい。

 なに? 花嫁候補気取りなの?」

「っ! そういうわけではっ! 申し訳ありません。すぐ帽子の中にしまいます……」


 シアは謝りながら、頭を下げた。

 イザベラがシアのおさげを左手で掴み、右手を上げた。

 するりと落ちるスカーフ。右手には大きな裁ち鋏が銀色に光っている。


「花嫁候補じゃないのに、目障りなのよ!」


 ジャキン!


「いやっ! やめて! やめて下さいっ!」


 シアの悲鳴のような懇願の声。

 蹲って逃げようとするシアのおさげをイザベラは鋏を三回鳴らして、切り取った。


 静寂……。


「いやーっ!! アナ!!」


 エルディラが叫んで、ユリウスとともにシアに駆け寄る。

 シルラドもカミーユを突き飛ばす勢いで振り払い、駆け付ける。


「アナ! しっかりして!」

 

 エルディラは半狂乱だ。

 ユリウスがイザベラの手からおさげをひったくるように取り上げる。


「どうしたら!?」

「どうしようも……!! どうしたらいいの!?」


「アナ!!」

 

 シルラドがアナを抱きしめ、頬に触れた。

 切られて不揃いにばらけている髪が痛々しい。

 長いところでは肩ぐらい、みじかいところは首の辺りに……。

 頬に触れたシルラドの指がアナの髪に触れ、弱々しく虹の光を飛ばす。

 アナが驚いたような顔して、シルラドをじっと見た。


「シド……様?」

「ああ、アナ、ごめん。

 私がちゃんと君に会ったことをユリウスに話していたら……。

 私がシドだ。

 あの時、君に、シドと名乗った!」

「お会いできて、うれしい……。

 まさか、王子だったとは、全く、思ってなくて……」


 アナスタシアの顔色が白くなる。


「アナ!

 髪をしばらく隠して、陽の光に当ててないから!

 アナスタシア! しっかりして!」

「イザベル嬢とカミーユ嬢を拘束しろ!」


 ユリウスの声が響き、ふたりの令嬢は護衛騎士達に拘束される。


「私は、カミーユ様の命令で!」


イザベルが慌てて叫んでいる。


「あなたが髪を切ろうって!

 それに、鋏を持って来させたのは、ルイーズよ!」


 カミーユがその言葉に被せるように叫んだ。

 ルイーズが腰が抜けたように座り込んで、独り言のように言った。


「え、アナって。

 ヨーク公爵家のアナスタシア様?

 花嫁候補の?

 なら、髪を切ったら……、死んでしまうのでは?」


 その声に弾かれたようにシルラドがアナスタシアを抱き上げて「医者を!」と叫んで走り出した。


 自分の部屋にアナスタシアを連れて行き、ベッドに寝かせる。


「アナ! アナ! 医者が来るからな!」


 ユリウスにエルディラを駆けつけ、医者も来た。


「花嫁候補の彼女の髪が!」


 シルラドが訴える。

 アナは目を閉じて荒く息をしている。


「息苦しいようですね。

 シルラド王子の大切な花嫁様でしょうか?」

「ああ、そうだ。私の、花嫁だ!!」

「ならば、すぐにご結婚を!

 そうすれば『生力』を王子から送り込むことができます」

「えっ? しかし……」

「一刻の猶予もなりませんっ!」

「えっ!?

 わかった!

 結婚の書類を!」

「書類は私が用意してくる! 

 シルラド、どうすればいいか医者の指示に従え!」


 ユリウスが飛び出していく。


「お、送り込むって、どうすれば?」


 エルシドが真っ赤になって聞いた。

 医者が「キスを! 口づけを!」と言った。


「は? それでいいの?」


 シルラドが拍子抜けしたような表情をしたが、すぐにアナスタシアの頬に手を伸ばし、キスをした。




   ◇ ◇ ◇

 



『竜の卵』の最終日。


 バーニス第一王子は辺境伯爵令嬢クラリオーネ嬢と婚約し、エルメイン第三王子は伯爵令嬢アイリス嬢と婚約した。

 そして、公爵アナスタシア嬢はすでにシルラド第二王子の王子妃となっていた。


「速攻でしたね」とユリウス王弟が笑い、エルディラが「私達、追い抜かれてしまいましたわ」と笑った。

「彼女達のおかげですかね……。

 いや、でも……、許せません……」


 あのキスの後、書類が揃って、その日の夜に無事に妻とすることができた。

 今はもう、元気に隣で微笑むアナスタシアを見て、シルラドは呟いた。


 カミーユとイザベラは『竜の卵』の儀式から強制的に退去させられた。

 何か王家に対して非常にまずいことをしでかした、ということが、貴族社会に知れ渡った。この先、望んだような嫁ぎ先は得られないだろう。

 ルイーズは最後まで参加はしたが、選ばれずという結果を持って家に帰ることになった。



「明日はエルダとユリウス様の結婚式ですね」


 王城の庭、陽の光を浴びながらアナスタシアが微笑んでシルラドを見た。


「ああ、ずっと彼らの結婚式を追い抜いたと言われるんだろうな……」

「そういえば……、なんで私が髪を切られて、座り込んだ時、シドの部屋まで連れて行ったんですか?」

「え?」

「……応急的にキスで良かったのなら、あの時は別にあの場でも……。

 抱っこして走るの大変だったでしょう?」


 シルラドが真っ赤になって、不揃いのまま、下ろしているアナスタシアの髪を撫でた。

 

 虹色の光が飛んだ。

読んでくださりありがとうございます。

すれ違いの初恋を書いてみたいなと思って書き始めたのですが、男の子のちょっと先走ってしまった気持ち(後から指摘されると恥ずい)まで書けて、ふふふと笑っちゃうほのぼのとした話になったかな、と思います。

楽しんで頂けたらうれしいです。

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