第34話:青空
秘術書は、呪詛の声を遺して灰となり、風に舞った。
それと同時に、書物の奥深くに封じられていた夥しい数の魂が、眩い光の粒となって解き放たれ、天へと昇っていく。
ベルクートを縛り続けてきた甲冑もまた、内側からぼんやりと光を放ち始めた。一つ、また一つと、彼の中に宿っていた魂が、確かに解放されていく。
その光の渦の中で、懐かしい声たちがベルクートに語りかけてきた。
最初に現れたのは、あの巨人の姿をさせられていた親友だった。
『やっと、解放されるぜ。待たせやがって……ありがとよ』
ぶっきらぼうだが、根は優しい男だった。子供の頃からの喧嘩友達。その魂が軽やかに宙に舞う。
次は、厳格だった父の姿。
『ベルクート……立派になったな。誇らしいぞ、我が息子よ』
そして、愛しき婚約者、ラプタ。
『頑張ったわね……。あの一時だけでも、あなたと一緒になれて幸せだったわ。……どうか、幸せにね』
さらに、かつての王が穏やかに微笑む。
『我が友よ……信じていたぞ。私たちは天でお前を見守っている。……さらばだ』
最後には、数多の部下たちが声を揃えた。
『隊長! やりましたね!』『あんたの部下だったことが、俺たちの誇りだ!』『お元気で! 隊長!』
最後に残ったのは、ラミレスの淡い光だった。
『ベルクート……最後まで、迷惑をかけっぱなしだった。……すまない……』
「まったくだ。昔から言っていただろう? 一人で背負い込むなと」
ベルクートが少しだけ口角を上げて応えると、ラミレスの光が驚いたように揺れ、そして嬉しそうに輝いた。
『……! ああ、すまない。ありがとう。ベル……』
すべての魂が、吸い込まれるように高く、高く、天へと昇っていく。その光の河は、これまでの凄惨な戦いを忘れさせるほどに美しかった。
「綺麗……」
隣に立つレノアが、一言だけ、祈るように呟いた。
やがて光が収まると、ベルクートの身を包んでいた甲冑は、その役目を終えたかのように音を立てて崩れ去った。錆びた鉄屑が地に落ち、後にはボロボロになった服を纏った、一人の男としてのベルクートが立っていた。
見上げた空からは、いつの間にか不浄の雲が消え失せていた。
そこには、数百年ぶりにこの地を照らす、どこまでも澄み渡るような青空が広がっている。
ベルクートは、去っていった友たちの行く末を見送るように、いつまでもその空を見上げていた。




