第29話:大魔導士ラミレス 後編
爆炎の渦が収まったあとの地下室は、瓦礫と焦燥感に満ちていた。
「レノア! 大丈夫か!」
ベルクートは咄嗟に身を投げ出し、レノアをその身で庇っていた。至近距離での爆発を受け、肩の鎧が大きく欠け落ちる。そこから溢れ出すのは、呪われた魂の淡い光と、生身の人間としての赤い血だった。
再びラミレスの手が上がり、大気を震わせる不吉な詠唱が始まる。
「レノア! 聖の魔法は使えるか?!」
「は、はい! 基礎的なものなら!」
「俺の剣に、全ての聖なる力を乗せろ!」
「わかりました――祝福せよ!!」
レノアが叫び、杖から放たれた清浄な光が退魔の剣に吸い込まれていく。刀身は太陽のように眩く輝き、実体のない魔を断つ「断罪の刃」へと変貌した。
ベルクートは鋭く踏み込み、閃光の一閃でラミレスの左腕を斬り飛ばした。
傷口から飛び散ったのは、血ではない。乾燥した砂の粒が虚しく舞い、聖なる力に焼かれた傷口から不気味な煙が立ち上る。
「ぐっ……ああああっ!!」
苦悶に歪むラミレスが、無理やり魔法を捻り出す。
「――燃えよ!!」
ベルクートの全身が、地獄の業火に包まれた。
「ぎああああああ!!」
「ベルクートさん! ――水流よ!!」
レノアの放った激しい水流が炎を鎮めるが、ベルクートの身体は至る所が焼け爛れていた。それでも彼は剣を杖代わりに立ち上がる。
「負けるわけには……負けるわけにはいかんのだ……!」
ラミレスは必死の形相で、欠けた腕を押さえながら叫ぶ。
「俺は……これ以上、友を失うわけにはいかんのだ!」
「ラミレェェェス!!」
咆哮と共に放たれたベルクートの一太刀が、ラミレスの肩を深く切り裂いた。溢れ出す砂が床を白く染めていく。
だが、ラミレスの狂気は止まらない。
「――炸裂せよ!!」
今度は広範囲ではなく、ベルクートの胸一点を狙った凝縮された爆破。
凄まじい衝撃に、ベルクートの巨躯が遥か後方の壁まで吹き飛んだ。胸の鎧の中央に、蜘蛛の巣状のヒビが走り、黒い焦げ跡が刻まれる。
「ベルクートさん!」
「……だい、じょうぶだ……!」
それは、あまりに無理のある強がりだった。
足は痙攣し、感覚を失った手からは退魔の剣が零れ落ちそうになる。視界は霞み、一歩を踏み出すことさえ絶望的だった。
すると、ベルクートに向かって、ラミレスが震える声で告げた。
「ベルクート……逃げろ……」
「俺は、逃げん!」
『逃げろ!』
ラミレスの嗄れた声。それに重なるようにして、地響きのような、おぞましい「何か」の声が響き渡った。
それはラミレスという男の意志を超えた、深淵からの叫びだった。




